第1話 転生
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この夏、父が死んだ。
農民に生まれながら、持ち前の武勇で、下級ではあるものの貴族まで成り上がった男の生涯は、三十九年という短さで幕を閉じた。
父は長い間病に苦しんでいた。
強靭な肉体を持っていた父も、徐々に痩せこけて別人のようになり、最後には眠るようにして息を引き取った。
あれだけ苦しんでいたというのに、死ぬ間際は安らかな顔をしていた。
人間というのは死ぬ前は、苦しみが消えるものらしい。
葬儀の日、父の遺体は火葬された。
火葬が許されぬ地域も、このサマフォース帝国にはあるのだが、ここいらは火葬が主流であった。
メラメラと燃え盛る火と、立ち上る煙を見て、父が死んだということの実感が湧いてきた。
ある事情から、私は父を心の底から父であると、思ったことはなかった。
しかし、それでもこの世界で一番信頼し、一番尊敬していた人間であったことには間違いない。
涙が込み上げてくるが、グッと堪える。
泣いてはいけない。
私がこれからなすべきことを考えると、絶対にここで泣いてはいけない。
父の葬儀が終わったあと、私は父の部下だった者たちを集めた。
私は立派な衣装を身につけ、少しでも大人の男に見えるように気を配り、皆の前に立つ。
そして堂々と胸を張り、こう宣言した。
「今日よりこの私、アルス・ローベントが、父レイヴンの跡を継ぎローベント家の当主となる!」
それは、日本で一度死に、この世界に転生して、十二年目の出来事であった。
○
その日、私に訪れた死は、あまりにも呆気ないものであった。
私は、三十五年間、日本という国で実に平凡な人生を歩んできた男だ。
ごく普通の家庭に生まれ、小学校に行き、中学校に行き、高校に行き、大学に行き、そこそこの企業に入り、年収も四百五十万と平凡である。
普通じゃない点といえば、結婚していないことくらいだが、それも今の少子化の世の中にあっては、普通の事と言ってもいいかもしれない。
……まあ、彼女もまともに出来たことがないというのは、普通ではないかもしれない。
顔は自分では普通だと思っているのだが、やはり性格に問題があるのだろうか。
積極性に欠けるとは、色んな人から言われてきた言葉だ。常にぼんやりしているとも言われたことがある。
外れてはいない。確かに私は本気で好きになったこと以外、そこまで熱中したり積極的になったりしない性格だ。
彼女ができなかったのも、本気で好きになった女性が、今まで一人もいなかったからなのかもしれない。
さて、今日は月曜日だ。
昨日まで休日だったため、憂鬱であるが出勤しないといけない。
愛用しているビジネスバッグを右手に持ち、左手でドアノブを回し、扉を開け外に出る。
鍵を取り出して、鍵をかけようとした、その時、
ドクン!!
「!!?」
尋常じゃない痛みが胸に襲いかかってきた。
手が大きく震え、鍵とビジネスバッグを地面に落とした。そのあと、私は手で胸を押さえる。
あまりの痛みに息ができない、立っていられない。地面に倒れこんだ。
何だこれは、何なんだ。
痛みで頭が正常に働かない。何も考えられない。
そのまま、視界が暗くなってきて、意識が遠のいていく。
状況が何も理解できないまま、恐ろしいほどの苦痛とともに、私の意識は暗闇の中に落ちていった。
○
目覚めた時、私の目に映っていたのは、女性の顔であった。
状況が全く飲み込めない。
遡って一から考えてみよう。
まず、私はいつも通り出勤をしようとしていた。
それで、家を出て鍵を閉めようとしたところで、強烈な胸の痛みが襲ってきた。
気付いたら女性の顔が前に。
少し丸めの愛嬌のある女性の顔だ。
日本人ではない。白人である。
胸の痛みで倒れたとするならば、ここは病院か?
しかし、女性はナース服を身につけていない。
知り合いでもない。白人女性の友達はいない。
そもそも彼女の表情は、まるで、愛犬を愛でる飼い主のように、和やかな表情をしている。
倒れて病院に運ばれたものに向ける表情とは、違うだろう。
女性が口を開けて、何か話しかけてくる。
何を言っているのか全くわからない。
外国語だが、本当に全く聞き覚えがない。
一応メジャーな言語は、話せはしないが、聞けばどの言葉かくらいは分かる。
マイナーな国の女性のようである。
私も口を動かしてみる。動きはするが言葉はでない。
「あー」とか「うー」とかしか、発音できないようだ。
体を動かそうとしてみるが、満足に動かせない。
一応動いているみたいだが。
ん?
その時、私は自分の手を視界に収めた。
小さい。驚くほど小さい。
まるで赤ん坊の手である。
頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされる。
やっとの思いで出した、見間違いであったという結論は、もう一度自分の手を見たときにあっさりと、打ち砕かれた。小さいままだった。
何だこれは。
何の冗談だ?
それとも……。
私はあの時に死亡して、輪廻転生したのか?
輪廻転生とは、仏教における考えの一つで、死んだ魂があの世に行き、この世に何度でも生まれ変わるという、考えのことだ。
仏教の開祖ブッダは、生きる事とは即ち苦であると説いた。
人間の魂は輪廻転生を繰り返し、死んで転生し、死んで転生しを繰り返す事で、ずっと苦しみ続けているのだそうだ。
修行をして悟りを開く事で、輪廻転生の輪から解脱する事が出来るのだ。
私は悟りを開いていないから、転生してしまったという事なのだろうか。
仮にそうでも記憶があるのはおかしいと思うがな。
とにかく今の私の身に、尋常じゃない何かが降り掛かっているということだけは、理解をした。
理解はしたが、声も出せない体も動かせないのでは何をしようもない。
今は待つしかないか。
何だか急に眠くなってきた。
体が赤ん坊であるからだろうか。
強烈な眠気に抵抗する事が出来ず、私は眠りに落ちた。