ふたり。
短い小説を無理くり繋げたので、話の流れが気になるかもしれません。
前半はふたりの初めてで、涼子視点。
後半はその後に親密になり、千里視点からになります。
【ホテルにて】
私は雨に濡れた服を乾かすために脱いだ。
天気予報では1日中晴れのはずなのにいきなりのゲリラ豪雨、傘なぞ持っているわけも無く私はずぶ濡れになった。
折角のデートは中止、今はホテルで服を乾かせ中だった。
『まだ、止まないねー』
さして残念そうでもない声がベッドルームの方から聞こえてきた。
『ゲリラ豪雨なのにー?』
私は声が届くように答える。
『今は小雨だけど。』
声が近づいてきた。
私は浴室乾燥機能を使って服を乾かしているのでほとんど何も着ていなかったので慌てて、ローブを着た。
『着ちゃったの?』
残念そうなイタズラな笑みを浮かべて彼女は現れた。
5つ以上も年下の彼女。
この私のどこが気に入ったのか、都内の本屋で本を読んでコーヒーを飲んでいる時に声を掛けてきた。
同性に興味はなかったけれど人懐っこい印象に少し警戒が薄れる。
暇だったので話だけでもと思っていたら、趣味が似ているようでどんどん話込んでしまった。
そして彼女の手が何気なく私の手に触れると、私の心臓は跳ね上がった。
なぜ、私は顔を赤くしているのだろう?! ただ手に触れられただけなのに。
狼狽を悟られないように席を立とうとした私は1枚の名刺を手に握らせられた。
『気が向いたら連絡を。』
悔しいかな、その落ち着いた様子に彼女の方が年上のように思えた。
『連絡をもらった時は嬉しかったな。』
浴室へ入る前室で私は移動しようとした所で彼女に捕まってしまった。
私より2センチ以上も高いので私の方が抱きかかえられてしまう。
『私は・・・』
『いつも返答率は半分くらいだし、涼子さんみたいなタイプはもっと返答率は下がるから。』
彼女は私の髪に顔を埋めた。
貰った名刺は捨てようと思いながらずっと手元に置いていた。
連絡を取ったらどうしようもなくなるという事は分かっていたのに私は誘惑に負けてしまった。
それに、彼女にとって私はその他大勢のうちの一人に過ぎないというのに。
それでも私の胸のうちに住みついた好奇心ともいえる部分が私を彼女へ近づけさせる。
危険だと分かっているのに近づいてしまう、傷つくかもしれないというのに。
『今日はこのまま泊まらない?』
『・・・泊まるの?』
『雨は止まない、きっと。』
彼女の唇が私の耳に触れる。
びくりと、私は身体を震わせた。
『雨に濡れた涼子さん、綺麗だった。』
囁きながらローブ越しに私を愛撫し始める。
『や・・・だ・・・』
『こんなに興奮しているのは久し振りかな。』
興奮している? そうには見えない。
『涼子さんとしたいんだけど・・・いい?』
聞いているクセにすでに片手はローブの合わせ目から入り込んでいた。
『アっ・・・』
『・・・涼子さんが欲しい・・・』
ちろりと舌が耳に挿し込まれ、挿し込まれた手は触れた胸を包んで緩やかに揉んでいる。
全身の血液が一気に頭に上って来たかのように頭がぼうっとなった。
力が入らずに彼女に身体を預けるような格好になってしまう。
身体が熱い、囁かれる言葉に反応する。
『・・・いいわ。』
かすれるような小さな声で私は応えた。
ベッドに組み伏せて彼女は私に「初めて?」と聞いた。
・・・・彼女がひっかける人は初めてじゃない人が多いのだろうけれど、私は考えもしなかったし。
まさか自分がそうなるとも思いもしなかった。
『初めてよ。』
正直に答える。
『ほんとに?』
『女性はね。』
苦笑してみせる余裕は出てきたようだ。
『後悔させないから。』
『うん・・・』
唇が近づいて重なる。
私は最初はおずおずだったけれど次第に自分から求めるようになった。
互いを求める舌は絡み合い、深くさぐり合う。
自分がこんなにも激しく応えているのには驚く、彼にすらないのに・・・。
息を継ぐのすら惜しい。
ローブは前をはだけられ、彼女の手が触れて回る。
私は自分の身体を撫でる彼女の手に触れていた。
話す時に見ずにはいられなかった少し大きめな手がゆっくりと肌を滑ってゆく。
『んんっ』
胸に手がかかると唇が離れた。
彼女はそのまま、軽く唇に触れるようにキスをしてから顎、頬、首筋に唇を落としていった。
『・・・・・・』
意識がぼやけてぼーっとしている。
私は仰向けで、薄い掛け布団だけ掛けられているだけ。
身体がダルい。
特に下半身が重くて、どうしようもない。
動かせる上半身、右腕を動かすとそこには何も無かった。
寝ているはずであろう彼女の身体がそこには無いのだ。
溜息が漏れた。
居ない事の安堵か、居ない事への不安なのか分からない。
どれくらい寝ていたか分からないけれどまだ、身体を休ませたいと思った。
多分、このまま身を起こしてもきちんと立てないと思う。
ここまで追い込まれたのは初めてだった。
私がうろ覚えで覚えている限り、彼女はずっと冷静で変わらなかった。
自分だけが乱れて声を上げていた。
呆れられたのかも・・・。
好奇心から連絡を取って、彼女とこの様だもの。
後悔半分で両手で顔を覆った時、バタンと遠くで音がした。
『?』
誰か居る、居るとしたら・・・。
手をどけ、首を音のするほうへ向けた。
『涼子さん? 起きたみたいだね、良かった。』
彼女が歩いて来た。
髪が濡れている、バスローブを着ているところを見るとシャワーでも浴びたのか。
『・・・あなた。』
『千里だよ、涼子さん。』
そう言って笑い、ベッドの私の横に腰掛けた。
『バスルームに居たの?』
『そうだけど、何か?』
私はゆっくり手を伸ばす。
『涼子さん?』
『・・・帰ってしまったのかと思ったの・・・』
『どうして? 涼子さんを置いて帰る訳が無いじゃない。』
なぜ? というような顔で見た。
私が考えていた事は起こっていなかったようで、ホッとする。
『もしかして、私がHだけしてサヨナラする人間だと思ってた?』
『・・・違う。』
『ちょっとでも考えなかった?』
いつもの悪戯そうに笑う。
『・・・少し、ごめんなさい。』
『ごめん、起きた時側に居てあげなくて・・・不安にさせてしまったかも知れない。』
私の手を取った。
『会社から連絡で、いつもは無いんだけど。せっかく寝ている涼子さんを起こすといけないからベッドを出て電話してた。』
服も乾いていたし、ついでに汗をかいたからシャワーを浴びていたという。
『何時?』
『21時。』
『もう、そんな時間?!』
結構な時間、私は気絶+寝ていたらしい。
『今日は帰れないよ、涼子さん。』
即、彼女は言った。
『服は乾いたんでしょう?』
元々は濡れた服を乾かす目的でホテルに入った我々、確かに最初の頃の会話では泊まる泊まらないの問答になったけど。
『フロントには宿泊の連絡入れたし。』
『えっ?』
『だって涼子さん、立てないでしょ?』
『う・・・』
ニャリとして取った私の手を口元に持っていく。
『だから今晩は、涼子さんとずっと一緒に居られる。』
『千里。』
その言葉にドキリとして、胸が熱くなる。
彼女の唇が軽く手の甲に触れた。
『もう、涼子さんをいじめないよ。ただ抱きしめてるだけでもいい。』
『・・・そうしてくれると嬉しいわ、身体がだるくて困ってるの。』
『ごめん、やりすぎた。止めてって言ってたのに・・・』
『いいのよ、もう。』
私は口付けられた手を引くと彼女もその手に惹かれるようにベットに寝ている私に上体を覆いかぶせてきた。
『シャワー浴びたんでしょう? 私、汗臭いわよ。』
キスをしようとする手前で彼女を止める。
『また浴びればいいし。それとも、身体拭いてあげようか?』
うん、と首を縦に振ったら本当に身体を拭きかねないわね、彼女(苦笑)。
『この年になって、人に身体を拭かれるのはちょっとね。』
『変。私にすべてを見せたのに、今更だと思うけど。』
裸を見られるのが嫌とかじゃなくて、言い表せない恥ずかしさがあるのよ。
近づいた彼女からふわりと良い香りが漂ってきた。
引いていた波が戻ってくるような感覚が私を襲う。
『・・・キスだけよ。』
『キスして、抱きしめるだけで我慢する。』
本当にそれだけで我慢できる? そう思うような雰囲気が私達の僅かな間に流れた。
彼女にまたそれ以上の事をされたら多分、拒否できない。
『我慢できるの?』
『意外と、我慢強いんだけど信用無いみたいだね。』
『じゃあ、今晩は実証実験ね。』
『実験て・・・ひどいな。』
ひどいなと言いながら彼女は待ちきれなかった様子で私にキスをする。
彼女の落ち着いた様子のやさしいキスに私は、穏やかな夜になることを確信した。
【ストーキング】
打ち合わせが終わって私はとあるビルから出た。
今日の打ち合わせは終了、空は既に茜色でビルの間から見えている。
朝から3つ、何時間も座っていて疲れた。
立ち仕事も疲れるが、打ち合わせも吸わないタバコの煙やそれぞれの意見の対立で神経も磨り減る。
これから会社に帰り、報告して帰宅か。
電車に乗るのも疲れるな、かといって経費削減といっている現在、タクシーをつかうのもはばかられる。
帰宅時のラッシュ電車に乗るのもうっとおしいので、歩く事にした。
人にもまれるより、少し歩いて気分転換でもしよう。
人を避けながら歩いていると人ごみに、彼女を見かけた。
少し、観察してから一人なのを確認する。
こんな時間に、珍しい。
もしかしたら誰かと待ち合わせかもしれない、そう思ったがその反対の可能性も残っている。
私はこのタイミングを逃すのを止めた。
会社に連絡を入れ、そのまま帰ることにする。
こういうことはよくあるので同僚は受け付けてくれた。
そのまま声を掛けても良かったけれど、私は携帯を取り出し、人ごみに紛れて前を歩く女に電話を掛ける。
一応、確認。
涼子さんの困る事はしないのが私の主義(本当に困る事は、であるが)。
「千里?」
「そう、今何してるの?」
後ろから付いて行ってるけど。
「こんな時間に・・・」
少し困ったような声、いつもならこんな時間に電話しないので戸惑っているのだろう。
「涼子さんの声が聞きたかったんだけど、迷惑だった?」
「そうじゃないけど。」
おっと、涼子さんが話すのに止まってしまったので私も少し離れて止まる。
「家?」
用事があるか探りを入れる。
家と嘘を言ったのなら用事があると思って声を掛けずにおこうと思う。
すぐに答えは帰ってこなかった。
「涼子さん?」
「あ、ごめんなさい。今日は友達と会う予定があって今、外なの。」
なんだ、用事ありか。
道理でちょっといつもと装いが違うと思った。
「そう、残念。」
「で、でも、ご飯を食べるだけだから・・・」
そう言いながら語尾が小さくなる。
その様子を離れて見ていると思わずクスリと笑ってしまうくらいカワイイ、涼子さん。
この間、会ったのは1ヶ月前か。
「旦那さんはいいの?」
「・・・電話するわ。」
「じゃ、連絡待ってる。」
余計な事は言わないで通話を切った。
さて、私はというとしばらく涼子さんをストーカーをするかな。
歩き出す彼女のあとを怪しまれないように、感ずかれないように後をついて行った。
涼子さんはとある高級中華料理店の前で友達らしき人たちと合流し、入って行った。
彼女個人の事は大体分かったけれど、その他の交友関係などはあまり知らない。
随分と華やかなお友達だった、顔を合わせた瞬間の笑顔からみるとかなり近い友人らしい。
私と会った時にもそれくらい笑ってくれればいいのに(苦笑)。
笑ってくれるけど、一瞬で雲ってしまう表情。
関係を考えると分からないでもないけど、もっとくだけて欲しいと思うのは欲張りなのだろうか。
私はというと丁度、目の前にカフェがあったのでそこから出口を観察して待つことにした。
待つのはさほど嫌でもない、カバンには厚い本が2冊度常備してあるし打ち合わせの宿題もやれるから時間つぶしは簡単だ。
ただ、出入り口を見ていないと涼子さんが出てくるのが分からないので集中力を分散する。
いつもなら周囲の視線に反応するところだけれど、今日はそんな気分ではない。
なんといってもこの後、涼子さんと会うのだ。
そっちの方に気がいっているから気が散らない。
私が気が散ることに関しては涼子さんは何も言わない、少しはヤキモチくらい焼いて欲しいんだけどと思う。
気が散るといっても涼子さんほどじゃないのにな。
本、1冊とコーヒー2杯位で2時間弱を消費した。
予測だともうそろそろ。
コースを頼んで、おしゃべりして、食後のお茶かコーヒーを飲んでお店から出て来る頃。
私は本を閉じ、コーヒーを飲み干した。
連絡が来てもすぐに対応できるように(涼子さんを驚かすために)道の反対側に移動する。
時計を見ると21時近く、まだ人々は街中を歩いている。
平日だというのに食べる場所を探しているのか、どこかの店に寄るのか、まだ1杯と思っているのか。
色々な人たちが目の前を通り過ぎる、携帯をマナーモードにして準備万端。
入り口から離れ、ガードによりかかる。
到着して、5分くらいで涼子さんたちが出てきた。
入る時より話が弾んでいる様子、一団はアルコールが入っているのか騒いでいる。
涼子さんはといえば輪に入っているものの、身を引いている感じに見えた。
もともとおとなし目な性格だしなあと思う。
その場に留まってなにやら話をしているようだ、ちょっとマテ、2次会の相談か?
2次会になるとちょっと困るな。
焦りつつ、様子見。
久しぶりに会った友人達と楽しいのは分かるけど、今日はやめて欲しい。
ぜひ、やめてくれと祈る。
涼子さんを見ても表情は変わらず、彼女達を微笑んで見ているだけで焦ってる様子も無い。
私と正反対だ。
電話した時の態度とも違う、その様子に納得できないものを感じた。
なんだろう、嫌な気分。
涼子さんは私に会いたくはないのだろうか、私は会いたいのに。
更に5分後、相談には結果が出たようである。
皆、手を振ってそれぞれ別れた。
ほっ、どうやら神様はこっちに微笑んでくれたようだ。
丁度いいことに、涼子さんだけ一人になる。
友人を見送って人ごみに紛れるくらいになり、やっと涼子さんは携帯を取り出した。
やっとお呼び出しか。
携帯が振動する、涼子さんは後ろを向いているから私の姿は見えないからまさか電話先の本人が近くに居るなんて夢にも思わないだろう。
「はい。」
「終わったわ、千里。」
「そのようだね。」
「え?」
「いや・・・なんでも、すぐ迎えに行くよ。」
「今は・・・」
涼子さんは居場所を言おうとしたみたいだけど言わなくても分かってるから言わせなかった。
背後に忍び寄って、『おまたせ』と言った。
彼女はビクンと身体を飛び上がらせた。
驚かすつもりは大いにあったけど、心臓をつぶすほど驚かすつもりはなかったんだけど。
携帯を持ったまま振り向いた涼子さんの顔は見物だった。
してやったり!って感じで。
「ち・・・」
あんまり驚いたらしく、声も出ないようだった。
「すぐ、迎えに行くって言ったよ。」
「どうして・・・」
「どうしてかな?」
理由はあとで教えてあげようと思う。
今は、さっさと場所を移動したい。
そして涼子さんを抱きしめたいし、キスもしたいから。
こんな場所じゃ目立ちすぎる。
今晩は涼子さんを自宅に招いてみた。
毎回ホテルっていうのも芸が無いし、本当はあまりリラックス出来ない。
自宅なら使い勝手がいいし、かゆいところに手が届く。
時間も気にしなくていいし、声も気にしなくてもいい。
久しぶりの情事の後、落ち着いた頃に涼子さんは言った。
「で、私をストーカーしてたの?」
「ちょっとだけね。」
私はそう言い、起き上がって水を取りに行くことにした。
涼子さんはむっくり上半身を起こして待つ。
コップに汲むのは面倒なので500mmペットボトルを2本持ってきた。
「はい、お水。断られたら大人しく引き下がるつもりだったけど。」
ペットボトルを渡してよいしょと彼女の隣に入り込む。
さすがに裸で移動するのは寒いな(笑)。
「あんな時間に電話をくれるからビックリしたわ。」
「それは涼子さんをあんな時間に見かけたから、いつもなら慮って電話なんかしないよ。」
パキッ。
冷蔵庫から取り出した水は冷たくて、室内の空気によりすぐに結露していた。
一気に半分くらいは飲んでしまった、それくらい喉が渇いていたらしい。
「開ける?」
ペットボトルを持ったままだった涼子さんに聞く。
「あ・・・、大丈夫。冷たいわね。」
「キンキンに冷えてる、冷たいうちに飲んじゃって。」
ペットを床に置いてベッドにまた身体を伸ばし、うーんと背伸びをした。
いつもは一人で広いと思っていたベッドは今日は二人なので手狭に思える。
そして少し、温かい。
空気もベッドも心なしか温かい感じがする。
「今日はお友達の集まり?」
「高校の時の子が上京して来て、久しぶりに仲良し組で集まろうかということになったの。」
「・・・なのに、いいの? こんな所に居て。」
意地悪な質問だと思いながらも言ってしまう。
「そうなの、自分でもよくわからないの。どうしてああ言ってしまったのか・・・」
「私とHしたかったからじゃないの?」
きっとそうだと思ってるんだけど。
「・・・だぶん、そうなのね・・・」
顔を赤くして涼子さんは言った。
「ずっと会ってなかった。」
「1ヶ月よ。」
「意外に長いよ、1ヶ月ってさ。」
すすっと涼子さんの太股に手を伸ばし撫でる。
「千里。」
「まだ、夜は明けないよ。」
くすぶる欲求が私に行動を起こさせる、昨日の不満もそれに拍車をかけた。
会った時に曇る笑顔と、私に会うことの期待感の薄さ。
「何事もなく帰れればいんでしょう?」
私は布団に潜り込み、涼子さんの両足を肩に抱え上げた。
「ちさ・・・!」
頭を押さえられたけれど、強引に顔を近づける。
そのまま唇を押し当てた。
私はお味噌汁の匂いで起きた。
自分の家での逢瀬で良い事がもう一つある。
それは涼子さんが朝ごはんを作ってくれるということだ。
自分だけだと殆ど外食になるけど、泊まった次の日の朝はかならず朝ごはんがテーブルに並ぶのでそれが嬉しかった。
さすが主婦だけに手際が良くて、美味しい物を短時間で作ってくれる。
昨晩あんなにいじめてしまったというのに、朝早く起きて作ってくれるなんて。
「おはよう、涼子さん。」
私はキッチンに立つ涼子さんを後ろから抱きしめてあいさつした。
「おはよう、パン派じゃなかったわよね?」
彼女を我が家に招いたのはそんなに無い、覚えていなかったのも無理は無いか。
「パンでも、ご飯でも涼子さんの作る物だったらなんでも食べるよ。」
「ホントに?」
「ホントに、旦那さんが羨ましいかぎり。」
「千里・・・」
ちょっと、間があいた。
以前、旦那と別れて一緒に住まないかみたいな事って言って困らせた事があるからそれを思い出したのかもしれない。
「お味噌汁、噴いてる。」
「・・・えっ、あっ!」
おわててお鍋の火を止めた。
ふー、二人で安堵の息をはく。
お味噌汁は噴かすと美味しくないから。
私は彼女の顎を持ち上げて、唇を奪った。
ちょっと驚いた涼子さんだったけれど、拒否もせず受け入れる。
でも、朝の空気が一変しそうなところでやめておいた。
仕事に行きたくなくなってしまいそうだし、このまま涼子さんをここに閉じ込めてしまいそうになるから。
唇が離れると同時にため息が漏れた。
彼女のそんな時の表情はドキッとするくらい艶やかで、性欲が刺激される。
「・・・朝から身体に悪いわ。」
身体を私にもたれさせて言う。
もう、ほとんど準備ができているから今崩れ落ちても大丈夫だけど。
「キスくらいいいと思うけどな。」
「千里のは、困るのよ。」
「どうして?」
「気持ちよくなるから・・・」
小さい声で言った。
嬉しい事を言ってくれるね、涼子さん。
「もっとする?」
「仕事でしょう、千里は。」
涼子さんは現実を思い出して離れようとした。
「1日くらい休んだって問題ないよ。」
「それがあなたの悪いところよ、社会人は責任を持って仕事をしないと。」
「ずるい、こういう時だけ年上目線?」
「ケジメはつけた方がいいわ。」
私の胸をポンと叩き、朝ご飯にしましょうと笑って言った。
やっぱり、涼子さんの作ってくれるご飯は美味しかった。
思わず時間すら忘れてしまいそうになる。
そしてついクセなのか、ゆっくりしてていいよと言われたにも関わらず私の出勤の世話までしてしまう。
玄関でのやり取り。
「ネクタイを付けないのは違和感があるわ。」
「私はサラリーマンではないので。」
パリッとしたスーツを着るのは稀だし。
「一度、あなたの入社式の写真も見てみたいわ。」
「なんで?」
「ずっと今のような感じだったわけではないでしょう?」
「・・・涼子さんは私のスカート姿を見たいわけね。」
今じゃ、面影も無いけど。
「好奇心で。」
「見せてあげない、笑うから。」
「笑わないわ、気になるから見てみたいって言ってるだけなのに。」
「過去は過去、今は今。」
バックの中の荷物を確認する、忘れ物は無いな。
「今、涼子さんの前に居るのが私。OK?」
「・・・・・」
「そんな顔しないで、いつか気が向いたら見せてあげるから。」
「いつかって、そんな不確定。」
「いつかは、いつかだよ。行ってきます。」
私は涼子さんの腰を引き寄せてキスをする。
今度は軽く触れるだけのキス。
「いつか、涼子さんを私だけのものにしたい。」
「千里・・・。」
「本気だよ、涼子さん。」
にっこり笑って私は腰から手を離した。
1日くらいこんな場面あったっていいと思う、今回は我慢して浮気しなかった自分へのご褒美に。
いつかは本当に涼子さんに毎日お出迎えをしてもらえる日がくればなと思っている。
それは結構、難しい事なのだけれど希望はあるから、諦めないで地道に進めて行こうかと思う。




