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再帰性の殺人  作者: みのり ナッシング
○月限定ハチミツ乗せ苺ショートケーキ事件
9/11

part.3

 

 放課後の部室に召喚された名探偵を、七瀬が弾んだ声で迎えた。


「あ、『キョウさん』の方だね!」


「七瀬さん、お久しぶりです」


 探偵が七瀬の方を向く。またぞろいつものわざとらしい笑みを顔に張り付けていることだろう。


 こいつは、俺にはどうしようもない疑問や謎に前にした時、「さて」と口にすると現れる、もう一つの人格だ。


 この交代現象には制限があり、それは十分(じゅっぷん)ほどしか続かないということだ。時間が切れると強制的に人格交代は終了する。


 しかしそんなものはこの「探偵」にとっては問題にならないようで、いつもたちどころに謎を解いてしまう。憎たらしい奴だが、推理力は本物なのだ。


 休み時間が終わる前に謎を解決してしまう。これが、普通の高校生だった俺が「休み時間探偵」なんて言われるようになった真相である。


「キョウさん、この謎が解けたんですか」


 岸が尋ねてくる。この「キョウさん」というのは、探偵が「キョウスケ」と名乗ったことから付いた愛称である。事情を知る文芸部のメンバーや平城先生は、俺と区別するためにこの呼び名を用いている。


「ええ、岸さん。面白いクイズ(・・・)でしたよ」


 ……探偵の奴、わざわざ「クイズ」と言い直しやがった。流石に付き合いは長いから、何を考えているのかは分かる。


(お前、あまり乗り気じゃないだろ)


『分かります? 子供向けのなぞなぞを解くのは、名探偵でなくてもできますからね』


 と、随分な物言いだ。


『まあ、カモさんに愚痴を言っても仕方ありません。始めるとしましょうか』


 こんなふうだが、その声は楽しげだった。探偵は改めて、3人に向けて解説を始めた。


「まず、ショートケーキが正解を表しているのは確かでしょう。そして、それを読み解くためのヒントはちゃんと描かれています」


 探偵はそう言って、机の上に置かれたカードの一部を指差した。そこにあったのは、例のカレンダーだった。


「カレンダー? でも、なんて書いてあるのか分からないんだよ?」


 七瀬の言う通りだ。それはさっき話題に上ったばかりじゃないか。


「そうですね。あえてぼかして描かれています」


 しかし探偵は自信たっぷりの態度のまま、唐突なことを言い出した。


「ところで七瀬さん。もう一度ショートケーキの日の由来を説明してくれますか?」


「え? いいけど……。22日はカレンダーで見ると、15(いちご)が上にあるから」


「では、その上には(・・・・・)何がありますか?」


 すかさず探偵が質問を重ねる。その上? ということは1週間前の日付だから……。


「15引く7は、8だよね。8日があるけど――」


 と、七瀬は言葉を途切れさせた。その目は、大きく見開かれている。


「もしかして、ハチミツ・・・・!?」


「ええ、その通り」


 探偵は微笑んだ。


 岸も平城先生も何かに思いあたったような顔つきをしていた。俺も、探偵が何を言いたいのか、分かった気がする。


「あの絵は、カレンダーを表していたのです」


 ショートケーキは22日、苺は15日、ハチミツは8日というように、それぞれ対応させることができる。そしてカレンダー上では、これら3つの日付は縦に並んでいる。


 赤ん坊が持っていたケーキは、この並びの再現だったのだ。


「ろうそくについても同様です。考えるまでもなく『1日』ですね」


「1」の形をしたろうそく。ハチミツは1歳になってから! という文言に関連付けてあるだけでなく、そういう意味合いもあったのか。いや、むしろそっちが本命か。


 考えるまでもなく、8引く7は1。カレンダーの縦の列が浮かび上がった。


「で、でも。それだけだと、答えは分からないよ。毎月同じ法則だもん」


 七瀬が口を尖らせる。彼女の指摘はもっともだ。まだ何月かを特定するには至らない。「そうね」と平城先生も頷く。しかし探偵はあくまで、余裕ある口調で続けた。


「ここからが重要なポイントです。七瀬さん、赤ん坊はスプーンを持っていましたね」


「うん。……あれ? てことは、22日の下に来るのは29日だから、スプーンが29になるの?」


「それは少し無理があるかもしれませんね。素手で持っていたら『にく』なので合っていたでしょうが」


 さらりとおぞましいことを口にする探偵。赤ん坊を肉とか言うな。


「よく見てください。スプーンはどういう向きですか?」


「えっと、縦向きだよ」


 赤ん坊の握るスプーンはまっすぐ立てられていて、その先にケーキが刺さっている。さっきも思ったが、見事なバランス感覚――いや、そういうことじゃないのか。


「不自然な光景だと思いませんか。こんな持ち方をすると、ケーキは落ちてしまう。しかし、無理をしても素手で持たせずに、そう描く必要があったと考えると、どうでしょうか」


 平城先生がハッと息を呑むのが分かった。思わず漏れ出た声が、俺の耳にも届いた。


「それも、『1』」


「その通り!」


 探偵が、我が意を得たりとばかりに両手を打ち合わせた。「縦向きのスプーン。ろうそく同様、これも『1』を表現していたのですよ!」


「ちょっと待ってよ、キョウさん。だとしても日にちを飛ばしすぎじゃないかな。そんなカレンダー……」


 あるわけない、と七瀬は続けようとしたのだろう。だがその言葉が最後まで発せられることはなかった。気付いたのだ、彼女は。平城先生も岸も、もう理解しているだろう。


「29日の代わりに、1日が来ればいいのです。そうすれば22の下に1があってもおかしくありません」


 29日がなくて、次の歴月れきげつが始まってしまう月。つまり28日までしかない月……そんなのは一つだけだ。


 探偵は答えを告げた。


「赤ん坊は、2月生まれです」 




『だからと言ってそれが誕生月になるというのは、やはり論理的とは言えませんがね。まあ、なぞなぞとしては良くできていると言っていいでしょう』


 探偵は心の中で、俺にだけそう付け加えた。どうしてそんな偉そうなことを言えるんだよ、あんたは。どこまでも嫌味な奴である。


 だが、そうは言いつつも、探偵は解説をしてくれた。意識の奥から出てきてくれた。もし、俺の疑問がメッセージカードに関するものだけだったなら。奴は現れただろうか。


『やはり探偵は、謎解きをしてこそです。賀茂さんが抱いたもう一つの疑問・・・・・・・、こちらは面白かったですよ』


 そう。まだ終わっていないのだ。探偵は口を開いた。


「では答え合わせに移りましょうか」


「おお、今から神亀かみかめ庵に行くの!?」


 七瀬は目を輝かせた。見ていて微笑ましいくらい喜んでいるところ残念だが、恐らくその必要はない。


「いいえ、七瀬さん。実は店主に聞いても意味がないのです」


「え?」


「なぜなら、出題者はこの場にいる・・・・・・・・・・のですから。


 そうですね、――」


 探偵の言葉の最後は、ある人物に向けられていた。ああ、やっぱり。そうだったのか。


 困惑したような表情を浮かべた七瀬が、彼女に顔を向ける。しかし当の本人は、静かに、そして少し寂しげに、微笑んでいるだけだった。


「メッセージカードを作ったのは、岸あかりさん。あなたです」






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