part.1
登場人物紹介
賀茂 京介
主人公。語り部。
七瀬 杏乃
文芸部部長。賀茂の幼馴染み。
岸 あかり
文芸部員。1年生。
平城 京
賀茂が1年生の時の担任。
毎月22日は、ショートケーキの日。
図書館の外階段を上った2階に、文芸部の部室はある。週に一度くらいしか訪れないその部屋の扉を、俺は開けた。
「あ、カモちゃん!」
「こんにちは」
中にいた部員二人が俺に顔だけを向ける。いや、一人はすばしっこく駆け寄ってきた。
「『カモちゃん』はやめろ、七瀬」
その女子の頭に軽く、空いている方の手でチョップを入れる。ごめーん、と屈託のない笑顔を浮かべた彼女は、2年生の七瀬杏乃だ。ふわふわした雰囲気を漂わせてはいるが、これでも部長。潰れかけの文芸部に、なんとか存続できるだけの部員を集めたその手腕は確かだ。
実は俺とは幼馴染みの関係でもある。「賀茂京介」の名字にちなんだ「カモちゃん」というあだ名はその頃に付けられたのだが……学校では控えていただきたいものだ。
「なにか、ご用件があるみたいですね」
そう言って微笑んだのは、古びた長机の上で小説のプロットを練っていたらしいもう一人の部員だ。ピンと伸びた背筋と、軽くウェーブのかかった長い髪が特徴的な1年女子。岸あかりは、今日も気品を漂わせ、お嬢様然としている。
「鋭いな、岸」
俺が片手を後ろに回していることを見抜いていたか。その言葉で七瀬もようやく、俺が何かを隠していると気付いたらしい。背伸びして覗き込もうとする。
ふふ、驚くなよ。俺は手に持った紙袋を掲げてみせた。
「ほい」
「それは……神亀庵の!」
案の定、七瀬は表情を輝かせた。「かみかめあん」という、舌を噛んでしまいそうな名前のこの店は、高校の近所のケーキ屋である。人の良さそうなおじさんが切り盛りしていて、味は絶品と評判だ。
「これどうしたの、カモちゃん!」
「文芸部の話をしたら、平城先生が分けてくださったんだ。ありがたくいただくんだぞ」
岸の方も見ると、顎に手を添えて、なぜか腑に落ちないような表情を浮かべていた。一見大げさな仕草も、彼女がすると自然な風にも感じられる。1年生とは思えない風格だ。
「では平城先生は、どうやって手に入れたのですか?」
ああ、それが気になったのか。まあ、確かにケーキなんて学校ではあまりお目にかかれないからな。
「教え子が挨拶しに来たそうだ。これはその時の手土産」
「なるほど。平城先生は人望のあるお方なのですね」
そうだとも! 俺が1年生の時の担任、平城京先生。今はお隣の2年10組の担任を務めている。あの時は、どれだけお世話になったか、感謝してもしきれない。それは一生変わらないだろう。
思わず回想に沈みかけた俺は、七瀬の声で我に返った。箱を覗き込んで歓声を上げている。
「わあ、ショートケーキ! ……あ、岸ちゃん、今日は何日だっけ?」
「22日です」
「やっぱり! その教え子さん、良いセンスしてるぅ!」
一人テンションの高い七瀬に戸惑い、俺は岸に顔を向けた。彼女も同様に困惑顔だ。うちの部長は、つくづくマイペースなのだ。
「七瀬先輩。OBの方々のセンスが良いとは、どういうことでしょうか」
「ふふん、岸ちゃん。毎月22日は、ショートケーキの日なんだよ!」
腰に手を当て胸を張り、七瀬は答えた。
「カレンダーで見ると、22日の上には15日が来るでしょ? 『15』、つまり『苺』が上にあるから、ショートケーキ」
「なるほど、15足す7は22。何月であってもその法則は崩れませんからね」
岸が頷く。そうか。7日後、つまり1週間後はカレンダーでは真下の位置に来る。ショートケーキの日なんて、誰が言い出したのか知らないが、上手いこと考えたものだ。平城先生を訪ねた元生徒がそれを知っていたかどうかは定かではないが。
と、七瀬はいつの間に用意したのか両腕に紙皿と紙コップを抱えている。
「カモちゃん、岸ちゃん。早く食べようよ!」
部室にそんなもの置いてあるのか。まったく、食い意地が張っているところは、昔からあまり変わっていないな。
「俺は先生に用事があるから、もう戻るよ。ちゃんと片付けておくんだぞ」
「はーい」
七瀬は元気よく返事をすると、目を輝かせたままプラスチックのスプーンを握った。子供時代の光景が思い出されて、頬が緩む。
岸は、いつも水筒に入れて持ってきている紅茶を紙コップに注ぎ始めた。部室はちょっとしたお茶会の様相を呈していた。俺はそういうガラではないので、退散することにする。
かさばる箱くらいは処分しておこうと思って、改めて中を覗いたその時。俺は思わず動作を止めてしまった。
なんだろう、これは。
箱の底に、はがきサイズの紙が残されていたのだ。一面紺色で、何も書かれていない。いや――。
思い違いをしたかもしれない。手にとって裏返すと、予想通り、白地に絵が印刷されていた。こっちが表面だったのだ。
「カモちゃん、どうしたの?」
端から見れば、俺は突っ立って箱を見下ろしている恰好だ。七瀬の目には奇妙に映ったことだろう。俺はカードをかざして見せながら二人の所まで歩いて行き、そのまま机に置いた。
「わ、かわいい! 赤ちゃんだ!」
そこに描かれていたのは、赤ん坊のイラストだった。テーブルを前にして、機嫌良さそうに笑っている。1,2歳くらいだろうか。奥の壁には簡略化されたカレンダーがかかっている。濃い青で塗りつぶされていた裏面とは違い、こちらは白を基調としたデザインだ。
「こちらも、ショートケーキですね」
岸が言ったのは、赤ん坊が手にしていたケーキについてだった。手にしているというか、赤ん坊はスプーンを握っていて、その先にそのケーキが突き刺さる恰好になっている。赤ちゃんにしては絶妙なバランス感覚だな。
箱に入っていたのと同じタイプの苺のショートケーキ、なのだが、七瀬達が食べているものとは少し違っていた。苺の上に、なにやら琥珀色の液体がかけられていたのだ。また、「1」の形をしたろうそくが突き立てられている。
そしてひときわ俺達の目を惹いたのは、カード上部に印刷された文字だった。
『この子は何月生まれでしょう?』
「これ――なぞなぞかな」
七瀬のつぶやきに、岸が反応した。
「おそらく、先輩の見立て通りです。判じ絵のようにも思えますね……」
「ハンジエ?」
そういう発想にすぐさま向かうのは、さすが、岸らしい。彼女はクイズが好きなのだ。ほんの少し得意げに、判じ絵の説明を始めた。
「判じ絵とは、江戸時代に流行った、絵を使ったなぞなぞのことです。例えば……」
そう言って机の上をざっと見渡してから、岸は筆箱から赤ペンを取り出し、カードを裏向けて絵を描き始めた。人の足、そしてすぐ横に「`」が2つ。……なんだこれ?
頭を悩ませる俺と七瀬を見て岸は満足げに「ヒント。魚の名前です」と言った。
「うーん……あ、分かった。アジだ!」
「正解です! 『あし』に濁点を付けて『アジ』」
ああ、これは濁点なのか……ダジャレじゃねえか。
「じゃあ、この絵にも何か意味があるってこと?」
「はい。神亀庵のご主人は遊び心ある方と聞いています。こういったクイズの書かれた紙を入れているそうですよ」
記憶を辿ってみると、そんなことを聞いた覚えもあるような。
それにしても、岸は色々なところにアンテナを張っているな。この部室に来たのだって、「休み時間探偵」という噂を聞いてのことだったし。まあ、それはいいとして。
「岸なら、これをどう読み解く?」
「そうですね……。この液体、なんでしょうか」
ショートケーキにかかった黄色いタレのようなものを指さす。
「ハチミツじゃない?」
七瀬が、カードの一部を指さした。そこにはさっきのとは違う文が書かれていた。
『ハチミツは1歳になってから!』
それは印刷ではなく、恐らく人の手による注意書きだった。また、よく見ればテーブルの上にミツバチのマークが入った瓶が置かれている。これはハチミツだろうから、やはりショートケーキにかかっている液体もハチミツなのだろうが……。
「この一文も謎だよな」
「これ、神亀庵のおじいさんが直接書いたのかな?」
「え、ええ……そうみたいですね。達筆です」
これもヒントなのだろうか。どういう意味だろう。岸もしきりに首を傾げている。
すると、背後から聞き慣れた声がかけられた。
「賀茂くん。そんなことも知らないの?」
だいたい全3,4部分で、今週末くらいには完結予定です。
……大ざっぱですみません!(>_<) 作者