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再帰性の殺人  作者: みのり ナッシング
探し物ゲーム~部室から消えたのは?~
5/11

part.5

 

(()……って、身長のことか? 確かに七瀬の身長は失われたように低いが……。あ、もしかして(みやこ)先生の言ってた、「大切な男性」という意味か?)


『ああ、そう捉えてしまいましたか。無理もありませんが、私が言ったのはただの「せ」、五十音の「せ」のことです』


 探偵の言葉(実際に発せられたわけではない。頭の中で思い浮かべた言葉だ)に、俺は頭を小突かれた思いがした。まさか……。


『私たちだけで話していても仕方がないですから、岸さんに説明しますね』


 探偵は、再び意識を岸に向けた。





「……やっぱりキョウさんには敵いませんね」


 岸はそう言って、力が抜けたように笑った。


「確かに、答えはそれであっています。どうして分かったのか、教えていただけますか?」


「ええ、もちろん。謎を解くのが、私の役目ですから」


 俺の身体でこんなことを言われるのも、もうすっかり慣れてしまった。


「まず、最初に感じたのは岸さんの言葉の違和感でした。先輩である七瀬さんや、それからカモさんのことを『杏乃あんのちゃん』『カモちゃんさん』と呼んだことです。……出会い頭の『カモちゃんさん』には驚かされましたよ。あれは良いですね。これからもカモさんのことをそう呼んでみてはいかがですか」


 おい、だから俺を差し置いてそんな了解を出すな。


「私も、呼んでみて、けっこう良いなと感じていたところなんです」


「やっぱり、カモちゃんはカモちゃんなんだよー」


 岸も七瀬も勝手なことばかり言う。


「私もこのことについて、疑うほどでもないと思いました。みなさんが仲良くなることは、私も賛成ですから。もちろん、カモさんもね」


 俺が何もできないことを良いことに、好き放題言いやがる。まったく。岸や七瀬だって、今の俺が俺ではないことぐらい分かって言うだろうが、見た目はどうしたって俺なのだ。変なイメージを植え付けてしまったらどうする。


 探偵は俺の言葉に気付いているはずだが、何の反応も示さず、言葉を続けた。


「私が不思議に思ったのは、挨拶のあと、岸さんが部室から数歩出て七瀬さんに耳打ちした内容です。『七瀬先輩・・、よろしくお願いしますね』と、貴方はそう言ったのです。これは、あとでルール説明や七瀬さんから言及されているとおり、七瀬さんがこのゲームの主催者側であることを示唆する内容ととれます。


 ですが、私は岸さんが七瀬さんのことを『先輩』呼びしたことを不思議に思いました」


 岸は探偵の話に耳を傾ける。微笑みの表情を浮かべているが、感情は読み取れない。視界の外にいて見えないが、七瀬はどんな表情をしているのだろうか。


「また、言葉遣いの違和感は、呼び方だけではありませんでした。ところで七瀬さん」


 急に探偵が振り返った。七瀬が視界に入る。七瀬は驚いたような顔をして、少し頬を赤らめた。


「な、なんでしょう」


「私たちが聞いた、岸さんのスマホに録音されていた音声に名前を付けるとしたら、七瀬さんは何と表現しますか?」


 七瀬は目線を少し上げて――それと同時に首も傾いた――考えてから、返事をした。


「ルール説明、かなあ」


「そう……ルール説明や、解説といった言い方が一般的でしょうね。事実、ルール説明の前、部室から一歩外に出て・・・・・・・・・・スマホをカモさんに渡した時、岸さん自身が『ルール説明』と言っています」


 それを聞いて、俺も探偵の言いたいことが分かったような気がした。


「ですが、部室に入ってからは・・・・・・・・・、岸さんはそのような言い方はしませんでした。普段と異なる呼び方、不自然な言葉遣い……私はそれらのことから、部室の中では、岸さんはある言葉を避けているのではないかと思いました」


『この部屋からなくなった――』


文芸部室の中では・・・・・・・・、もし答えが何か分かっても口に出すことは許されない』


 確かそう言っていた岸は、今は穏やかな表情のまま、沈黙を守っている。


「そして、スマホに録音されたあのルール説明。もちろんあの中でも、説明や解説といった言葉は使われていませんでした。呼び方も、『カモちゃんさん』や『杏乃さん』で統一されていました。


 それと、一つお尋ねしたいのですが、岸さんはなぜスマホをその机に(・・・・)置いたままだった(・・・・・・・・)のですか?」


 そういえば、俺たちが部室に入る時にスマホを受け取った後も、岸はそれをポケットなどに直さず、引き戸付近に移動させた机の上に置いたままだった。だが、鞄に入れるほどでもないから、置いていただけじゃないのか?


『机は、わざわざ移動させてあったんですよ? あの机がこのゲームで何か役割を果たしたとは思えません』


 探偵は、律儀にも俺の質問に頭の中で答えてくれた。なるほど、確かにそうだが、俺が前回来たときから何かあって、机がこの位置に置きっぱなしだったと言うことはないのか?


『もしそうだとしても、使わないのなら元に戻しておくはずです。少なくともこの「探し物ゲーム」の直前までには。録音を聞いてもらっている間、岸さんには空きの時間があったのですから」


 なるほど。あの机は、スマホを置くために移動させてあった、と。……ああ、だからあの質問か。なぜスマホを机の上に置いたのか。


「さっき、録音を聞かせてほしいとキョウさんに言われて、もしかして、って思いましたが、やっぱりそれも分かっていたんですね」


 岸が話し始めたので、俺たちは再び岸に注目する。


「要望があれば、ルールをもう一度お聞かせするためだったのです」


「やはりそうでしたか。スマホを鞄にもポケットにもしまわず、準備していた机の上に置いたのは、私たちに録音を繰り返し聞くことを認める、意思表示だったのですね。


 そして、もしそうだとしたら、それはルール説明の録音にヒントが隠されているという意味に他なりません」


 これまでの事件でも分かっていたことだが、探偵は、俺と記憶を共有している。でなければ、登場と同時に謎が解けるなんてできるはずがない。ルール説明をもう一度聞かなかったのは、こいつにかかれば、一度聞いた録音を頭の中で精査するなどたやすいことだったからだろう。


 だから、岸が迷いなくルール説明を再生しようとしたことで、ルール説明が重要だったと確認できれば、それで良かったのだ。


「そのルール説明ですが、ここでも言い回しが気になりました。特に、『探し物』のことを『失われたそれ・・』と表現したことです。『失われた』も独特な言い回しではありますが、私が注目したのは『それ』と言った部分です。


 岸さん、貴方は今回『探し物ゲーム』を仕掛けましたが……貴方が隠したのは、もの・・だったのでしょうか?」


 ……そう、これが、俺がまさかと思ったことだ。


「岸さんは『もの』という言い方をできるだけ避けているように感じました。それは、今回の答えが物質ではなく、概念的な存在だからではないか、と私は考えました。


 避けられた言葉。物質ではない『失われたそれ』。これらのことから、私は、答えに見当がつきました。『輩』『七』『ルール明』……。答えは、五十音の『せ』だったというわけです」


 ここで探偵は、時計を気にした。ゲームが始まって、もう十分が経過している。俺が探偵と『交代』したのはゲーム開始から三分くらい経った頃だったから、急がないと謎解きが間に合わない。


 探偵は急にパソコンの方に歩み寄ると、マウスを指さした。……いや、そうではなく、指さしたのはマウスパッドとして使っていた、五十音のローマ字変換対応表だ。


「これをご覧ください」


 岸と七瀬も近づいて、小さいひょうをのぞき込む。


「あのルール、実は『せ』以外の全てのおんが使われていたのですよ。カモさんは、岸さんと会話することで『失われたそれ』のヒントを得ようとしたみたいですが、実は、ルール説明の時点で答えに大まかな見当をつけられるようにはなっていたのです」


 ここで、七瀬が質問をした。


「あの、キョウさん……最後に岸ちゃんに言ってた『蚊と我』って、何だったんですか?」


「ああ、それは濁音は別の文字扱いか、確かめたかったのです」


 そう言って、五十音表の「濁音」――「が行」や「ざ行」――が書かれたところを指でなぞった。ああ、そうだったのか。


「あ、『蚊と蛾』って、『』のことだったんだ。てっきり、虫のことかと思っちゃった」


 七瀬が納得したような声を上げた。そう、俺も同じ勘違いをしていた。


「岸さんは首を横に振って否定してくれました。これで私は、『せ』と『ぜ』はことなるおんの扱いを受ける――つまり、『ぜ』は使っても良いと確認できたのです。ルール説明中に、『以』という単語が出ていたものですから」


(一つ良いか。このひょうにあるような、「う゛ぁ」「しゅ」などの文字は、ルール説明中にはなかった。答えがそういう文字だったという可能性はないのか}


『鋭いですね。ですが、よくご覧になって。このひょうの中で「せ」という字が含まれるのは「せ」「ぜ」の二字のみです』


 再び七瀬が尋ねた。


「それじゃあ、岸ちゃんが言ってたヒントの『ぱぴぷぺぽ』っていうのは……」


「ルール説明で使われなかった『ぱぴぷぺぽ』の五文字を埋めるために・・・・・・言った・・・のでしょう。言葉に意味はなかったのです


 ……これで、謎解きは終わりです」


 探偵が言い終わった時、俺は意識の海から浮上するのを感じた。探偵がこちらにやってくる。


『後は任せましたよ』


 任せるって、謎解きはもう全部終わったんじゃないのか。俺の言葉に返事はせず、探偵は意識の奥深くへ沈んでいった。


 俺は・・時計を見た。探偵が現れてから十分が経過していた。身体が動かせるようになっている。


「あ、カモちゃんだ! おかえりー」


 七瀬が笑ってそう言った。な、なんで俺だって分かるんだ。


「カモちゃんがぼんやりしてる時は、唇が歪むの」


 こうやって、と言って七瀬はひょっとこのような顔をした。おお、これまた間抜けな顔だ。気を付けないと。


 岸が興奮した様子で言った。


「やっぱり、凄いです! こんな言葉遊びのなぞなぞまで完璧に解いてしまうなんて……私自身、無理ゲーだと思っていたのですが……凄いです!」


 そんなものを人に解かせる気だったのか。まあ、あいつ・・・は普通じゃないから良かったが……。いや、待て。良くないぞ。


「おい、岸。それで、まさか今日のことをそのまま文集に載せるわけじゃないよな。こんなの、誰も解けんぞ」


「あ、それは一応考えがあるんだ-、カモちゃん」


 七瀬は授業中答えが分かった生徒のように、元気よく手を挙げて言った。そして、岸に目配せする。


「あ、はい。これは叙述トリックの部類に入るので、まあ前例はいっぱいありますから、アレンジすれば何とでもなります。今回のゲームで、さらに着想を得られそうなんです」


「ああ、そっか。それは良かったな。頼んだぞ」


「はい!」


「あのー……」


 七瀬は授業について行けなくなった生徒のように、おずおずと手を挙げた。


「岸ちゃんが今回のゲームの打ち合わせをしてくれた時にも言ってたんだけど、その、じょじゅじゅトリック? ってなんなの?」


 分かってなかったのか。さっき勢いよく手を挙げたのはなんだったんだ。


「言えてないぞ。『叙述じょじゅつトリック』だ」


「じょじょじょ……」


「……もういい。叙述トリックってのは、小説自体に仕掛けられたトリックのことだ。登場人物の立場や性別を、読者に勘違いさせたりする」


「性別を勘違い……って、そんなことできるの?」


「できるさ。一人称が『私』だと、男でも女でも違和感はないからな。お前がよく読む『ラノベ』にも、『僕』が一人称の女の子が登場したりするだろう」


「友ちゃんのこと? 正確には『僕』じゃなくて――」


「ああ、脱線するから言わなくていい。『僕』じゃなくても、『』が一人称で、男口調・・・の女性っていうのもありだ。考えられないほどではないからな。


 それで最後に『実は女の子でした』とやると、読者は驚くわけだ」


「なるほどー」


 七瀬が納得したようにうなずいた。時計を見ると、そろそろ引き上げなければならない時間だ。


「七瀬先輩、今日はご協力ありがとうございました。原稿はまた後日持ってきます」


「あ、岸ちゃん、ありがとね。いやあ、岸ちゃんが書いてくれるおかげで、文化祭に出す文集はなんとか間に合いそうだよ」


 そうだろう。七瀬は、文集のことでずっと悩んでいた。一人では・・・・、さすがに文芸部として文集は出せない。岸が来てくれなければ、どうなっていたことか。一人と二人では倍違うが、この場合、意味はもっと大きく異なる。


 岸は最後に、俺に向かって頭を下げた。


「今日もありがとうございました」


「礼には及ばん。それに、謎を解くのはあいつだからな」


「キョウさんは名探偵で、凄いですが、あれはキョウさんだけの力ではありませんよ、カモちゃんさん。名探偵には、助手が必要なのです。大事なことを見落とさない、助手が」


 岸はまだ言葉を続けようとしたが、俺はそれを遮る。


「おい、もういいだろ、その言い方は。七瀬にはちゃんとした呼び方をしていただろう」


「てへ、つい」


 だから舌を出すな。そんなキャラだったか、お前。


「本当に感謝しています――賀茂先生・・






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