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再帰性の殺人  作者: みのり ナッシング
探し物ゲーム~部室から消えたのは?~
2/11

part.2

 

 (みやこ)先生と別れて文芸部の部室へ向かう間、七瀬の口数がやけに少ないのが気になった。具合でも悪いのだろうか。それとも、俺が何か七瀬の気に障ることをしてしまったか。


 俺は、さっきのことを思い出してみる。






『で、愛の告白なんて、誰に(・・)するんですか?』


『……』


 京先生が「背」の意味を説明した後、俺はそう尋ねたのだった。そしたら先生は黙り込んでしまった。なにか変なことを言っただろうか?


 俺はこう考えたのだ。「妹背いもせの契り」という言葉を指さし、真剣な顔をしていた七瀬を見て、京先生は「愛の告白」を連想したのだと。だが、誰が告白の相手なんだ?


 俺の知らないところで七瀬にも想い人ができていたのだとすれば、少し寂しい気もするが……。


 京先生は、七瀬を気にするように俺の耳元で小さく言った。


『賀茂くん、妹背の契りって、なんのことか分かってる?』


 当然です! 俺だってそれくらい分かります。うーん、でも、七瀬の前では少し言いづらいな……。


 俺も七瀬を気にして、小さい声で答えた。確かに、あんな意味があったのでは、七瀬が赤くなるのも頷ける。


『性的なことですよね』

『阿呆』


 一瞬、京先生がのたまうとは思えない汚い言葉が聞こえた気がしたが、幻聴だったようだ。先生は優雅に微笑したままである。


 『カモちゃんには、意味のない話だったかもしれないわね……』


 京先生はそう言い残して立ち去った。なぜか「カモちゃん」呼ばわりされてしまった。


 それで気がついたら、七瀬はよそ行きモードになっていたというわけだ。






「岸ちゃん、もう来てるみたいだねー」


 やっとこさ部室に着いて、七瀬がそう言った。その声からは、もう不機嫌さは感じられなくて、安心する。


 七瀬の指摘通り、文芸部の一年生、岸あかりはすでに到着しているみたいだ。部室の蛍光灯が点いている。


 実は今日、放課後に俺たちがはるばる部室まで足を運んだのは、この一年女子のためだったりする。いや、俺たちのためでもあるが。


「さて、今日はどんなお題が出されるのかね」


 そう言って、俺は部室の引き戸をガラッと開けた。そこにはやはり新入部員である岸あかりがいて、微笑を浮かべて立っていた。


 扉からほんの数センチ離れただけの、超至近距離に。


「うおお!」


 俺はそう叫んで身をよじった。岸は背が高いから、ほぼ真正面にその端正な顔が位置していたのだ。しかし我ながら、情けない声を立ててしまった。


 岸あかり。ピカピカの高校一年生。愛すべき、我らが文芸部の後輩……なのだが、これがなかなかクセのある女の子である。入部の経緯からして、そう言わざるを得ない。


「こんにちは、カモちゃんさん。それに、杏乃(あんの)さんも」


 驚く俺を見ても表情を変えず、岸はそう挨拶した。……なんだ? 今のは。一応は礼儀正しい岸は、俺のことを七瀬のように「カモちゃん」と呼んだりはしない。


 それに、七瀬のことを下の名前で呼んでいた。俺の知る限りでは「七瀬先輩」という呼び方だったはずだが。……俺の知らない間に、女子部員は友情を育んでいたのだろうか。


 すると岸はいきなり、俺の脇をぬるっとすり抜けて部室から数歩出ると、七瀬に耳打ちをした。その言葉は微かに聞きとれた。


『七瀬先輩、よろしくお願いしますね』


 ……なるほど、打ち合わせはバッチリというわけか。


 岸は再び素早い動きで元いた位置に戻って、そして、こう言ったのだ。


「カモちゃんさん、探し物ゲームをしましょう」






 そもそも岸あかりは、文芸部自体に興味があったわけではない。それがどうして部員になったのか。事の発端は、先月の新入生勧誘期間、七瀬に乞われて俺がたまたま部室に寄っていたあの日だ。原因は、「休み時間探偵」という、俺の不名誉な過去の称号だろう。


 岸は、入学早々おかしな噂を耳にした。この高校には、名探偵がいるらしい。なんでも、どんな謎も数分足らずで解いてしまうという。授業の合間の休憩時間に一つの謎を解決してしまうから、その生徒は「休み時間探偵」と呼ばれているーー。


 それが俺だった。


 アホか。何が探偵だ。そんなものは誤解なのだ。それにもう、過去の話だ。


 しかし岸はその話を間に受けた。探偵は文芸部にいるという噂を聞き、あの日、急いで部室に駆けつけた。岸は大のミステリファンで、常日頃から名探偵に憧れていたそうだ。自分でトリックを考えてもいたらしい。


 まあ、俺には関係のない話である。黒歴史を掘り起こしに来ただけの岸を、俺はうまくいなして帰らせようとした。だがそこで七瀬が動いた。


 現実を知って気後れしてしまった一年女子に名前を聞いた七瀬は、こう言った。


『ねー、岸ちゃん。名探偵さんと、勝負してみない?』


 七瀬はこの春、文芸部の部長に就任していた。文芸部は、文集の書き手不足という問題を抱えていたので、七瀬はその打開に頭を悩ませていたところだった。この日俺が呼ばれていたのも、それが理由だったりする。


 そこに、岸が登場した。


 この行動力のある、独特な女の子は使えそうだと思ったのか、七瀬は岸に、ある提案をした。岸が自ら考えたというトリックを、文章にして持ってくるように言ったのだ。題名は「問題編(仮)」といったところだろう。それを、「休み時間探偵」に解かせるという趣向である。まったく、人をなんだと思っているんだ。


 だが、七瀬の悩みを間近で見ていたところだったので、俺はつい情に流されてしまった。俺は、七瀬と岸のやりとりを静観することにした。


 岸は最初、七瀬の提案に対してポカンとした顔になった。次に俺を窺うように見て、俺が『好きにしろ』と両手を上げた刹那、顔を上気させ、叫ぶように七瀬に返事をした。


『それ、凄くおもしろそうですね!』






 その数日後、第一回推理対決は行われた。なかなか骨が折れたが、結果としては成功に終わったと思う。岸は文芸部への入部を決めた。


 七瀬はさらに、岸にその日の推理を「解決編」と題した文章にするよう頼んだ。ハイな状態になっていた岸は二つ返事で承諾、一週間のうちに七瀬は文集の原稿を一つ手に入れてしまった。


 これで、ひとまず問題は解消された。物は考えようだが、一と二では倍も違う。七瀬は喜んでいたし、俺も悪い気はしなかった。


 だが、岸は思いのほか、この推理対決を気に入ってしまった。岸は何度か、自前の推理小説を持ってくるようになり、それは次第に紙に書いた文章にとどまらない、今回のような「ゲーム」に発展していった。


 七瀬もここまでは予想していなかっただろう。俺は言うまでもない。


 まあ、七瀬にとっては大事な後輩だし? 文芸部が廃部になったりしないためにも、これも仕事と割り切って、岸に付き合ってやるとするか……。


 べ、別に、ちよっと楽しくなってきたとか、思ってなんかないからね!


 ……やっぱり、俺は疲れているのだろうか?






 扉を開けた部室の入り口を挟んで、俺と岸は対峙する。なんとなく部屋に入るのがためらわれて、扉に手をかけたまま俺は問いかけた。


「探し物ゲーム?」


「そう、ちょっとしたゲームです」

 岸は、一年女子とは思えないくらい落ち着いた態度で、にやりと笑った。






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