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再帰性の殺人  作者: みのり ナッシング
○月限定ハチミツ乗せ苺ショートケーキ事件
10/11

part.4

 

「さて――ここからが本番です。これも簡単な話ですがね」


 探偵は一同をぐるっと見渡した。俺の目にもみんなの様子が映る。七瀬は口を開けてポカンとしているが、平城ひらき先生は驚いた様子もなく、薄く笑っている。


 そして岸は、やはり陰りのある表情で、目をそらした。


「今回のクイズは、岸さんの企画だったのです。いつもの推理対決ですよ」


 岸はミステリ好きが高じて、自分で考えたトリックを俺や七瀬に解いてもらいにくるようになった。いわば推理対決。


 俺も薄々勘づいていた。彼女が好きそうなこと、というのも理由のひとつだが、一番は岸の様子に違和感を感じたからだ。彼女の挙動について、少し気にかかることがあった。それが探偵の言う、俺が抱いたもう一つの疑問だ。


「岸さんは、一応手がかりを提示してくれました。3つあるのですが――」


「ちょ、ちょっと待って」


 指を3本立てた探偵の言葉を、遮った者がいた。


「本当なの、岸ちゃん?」


 七瀬だ。突然聞かされた事実の衝撃から立ち直ったらしい。そうせずにはいられないといった様子で、岸を問いただした。


 その岸はしかし、どこか投げやりな調子で、重たいものを吐き出すように言葉を紡ぐ。


「そうです。実は、ショートケーキの日のことも知っていて、それにちなんだサプライズを仕掛けました。なぞなぞを解くだけでなく、カードを作ったのは私だという事実に気付けるかどうか――それが今日の推理対決のお題だったんです。


 でも結果的に嘘を付くことになってしまいました。すみません」


 岸は深く頭を下げた。その謝罪には、ショートケーキの日について知らないふりをしたことも含まれているのだろう。七瀬は、むしろ慌てた。


「い、いいよ、そんなこと! 謝る必要なんかないって! 私もカモちゃんも楽しかったよ」


 だが、まだ納得いかないようにこちらに視線を向けた。


「でも変じゃない? カードは、カモちゃんが持ってきた箱に入っていた。岸ちゃんに入れる機会はあったのかな。もしそうだとしても、私が気付いたと思うよ」


「七瀬さんのおっしゃることはもっともです。岸さんも紅茶を入れるなどして準備を手伝っていたので、その暇はなかったと思います」


「なら――」


「カモさんが部室に持ってくる前から、メッセージカードは箱に入れられていたのですよ。そうですね、平城先生?」


 探偵は、突然先生の名前を口にした。七瀬は弾かれたように先生の方を見る。


「ええ。私が協力したの」


 平城先生はあっさり肯定した。やはり、先生が手を貸していたか。


 さっきわざわざ部室まで来たのも、様子を見るためだったんだろう。俺は先生の行動に得心がいった。と、同時に、探偵の発言に違和感を感じてもいた。今、あいつは、どうして平城先生がカードを入れたと断言したのだ? 俺が箱を受け取る前に岸が直接入れたとも考えられるのではないか?


 思考がそこまで至って、突如、俺は頬を打たれたような錯覚を覚えた。ああ、そういうことだったのか。だから岸はあんなにも――。


『気付いたようですね、カモさん』


 笑いを含んだ探偵の声が、頭の中で木霊する。


「うん。納得。邪魔してごめんね、キョウさん」


 平城先生までもが真相を認めたことで、七瀬は諦めたように肩を落とした。


「いいえ、構いませんよ。では、まずはその点から説明しましょうか。


 岸さんと平城先生は協力関係にあった――これに気付けたのは、岸さんのある言葉がきっかけです。それは、『OBの方々の』という表現です。


 どうして岸さんは、差し入れに来た教え子が複数人だと思ったのでしょうか?」


 俺は図書室で先生から、OBは二人だと聞いた。しかしそれまでてっきり一人だと思い込んでいた。だから部室でもそのつもりで「教え子が」としか言わなかった。七瀬も「その教え子さん」と言った。しかし岸はそう受け取らなかった。


「実際その場に出くわしたか、もしくは平城先生から聞いたのでしょう。どちらにせよ、平城先生とのつながりを示唆する発言には違いありません」


 先生が、いつも通りの落ち着いた声で補足する。


「探偵さんの言う通りよ。岸さんがカードを私にも見せに来た時、ちょうど差し入れがあったの。


 そこで、提案してみた。神亀庵のクイズということにしたら面白いんじゃないかって」


「じゃあ、もともと入っていたカードはどこに?」


「おじさんも全ての商品に入れているわけじゃないみたいね。特に今日のは贈り物用だし」


 ふふ、おいしかったでしょ? と楽しげに笑う先生。岸からメッセージカードを預かった先生は、箱に忍び込ませた。それからその箱を俺に渡したのだ。本当に、食えないお方だ。


「では2点目の手がかりに移りましょうか」


 探偵はおもむろに机の上のカードを裏返した。表の白っぽい画面とは対照的に、濃紺一色のデザイン。そこには、さっき岸が赤ペンで描いた判じ絵があった。足の絵に濁点を付けて「アジ」と読ませる図。


「シックな良いデザインだと思います。岸さんのセンスの高さが窺えますね。しかし、これが裏目に出たのです」


 そして、胸ポケットに入れてあるボールペンのキャップを外し、さらさらと文字を書いた。


『裏面が裏目に』


 ……くっだらねえ。


 だが、それを見て俺も分かった。確かに、あの時の岸の行動は妙だ。


「見にくい……」


 七瀬が目を凝らしながら呟く。それもそのはず、


「濃い青の面に、黒字で書くからこうなるのです」


「ああ、だから岸ちゃんは赤ペンで書いたのか――って、ああ!」


 彼女も気付いたようだ。


「そう。あの時岸さんは、筆箱から赤ペンを取り出してから、カードを裏向けました。最初から裏面が紺色であることを知っていたかのように。


 岸さん自身が作ったのなら、それも不思議ではありませんね」


「少し、あからさまだったかもしれません」


 岸が恥じ入るように、掠れた声で言った。あれも、彼女が俺たちへ与えたヒントだったのだ。隠された本当の問題の。


 探偵は、青地と赤線で構成された判じ絵を指さし、得意げに言った。


「まさに『足が付いた』わけですね」


 うるさいわ。そんなに上手くもないし。


「最後に、3つ目の手がかり。メッセージカードの問題そのものが、矛盾を孕んでいたのです」


「どういうこと?」


「七瀬さん、もしこれが本当に神亀庵のご主人が作った問題だったとして、不親切だとは思いませんか?」


 首をひねる七瀬。確かに、彼女にはピンと来ないかもしれない。七瀬は、最初から知っていたのだから。


「この問題は、ある事実を前提にして作られています。それは、22日はショートケーキの日だということです。このことを知らなければ、あのイラストをカレンダーに見立てる発想はなかなか出ないでしょう」


「あ、そっか。確かに……」


「不特定多数の客に渡すなぞなぞとしては、やはり不親切のように思えます。ショートケーキにかけられた黄色い液体をハチミツと特定するために、机の上にハチミツの瓶を置くほどの出題者なら、なおさらです」


 確かにショートケーキの日は、あまり人口に膾炙かいしゃしているとは言えないだろう。俺と平城先生も今日まで知らなかったわけだし。


「この3点目については、おそらく岸さん自身も意図せぬことだったと思います」


「……ええ、その通りです。まだまだ至らないことばかりです」


 いつも気品漂う振る舞いを崩さない岸には珍しく、自嘲気味にそんな台詞を吐いた。すっかり打ちのめされたようなその横顔に、胸が痛む。


 俺はある時点から、岸の様子が気にかかっていた。彼女は極端に口数が(・・・・・・)減っていた(・・・・・)。平城先生が部室に現れてからしばらく、ほとんど言葉を発しなくなっていた。探偵の謎解きの最中も、ずっと、何かを一人で考え込んでいるようだった。


 ――探偵に身体を明け渡してから、十分じゅっぷんが経過していたらしい。再び世界は反転し、耳鳴りが俺たちを包み込む。人格交代は終了だ。


『あとはカモさんの領分です。お任せしましょう」


 ああ。これは、俺がやらなければならないことだろう。


 探偵は再び眠りについた。身体の支配権が戻ってくる。岸はそれに気付いたようだ。疲れの滲む声で言った。


「キョウさんはお帰りになったんですね」


「ああ」


 俺は、岸に向き直った。


「岸。一人で抱え込まなくていいんだぞ」


 今度は俺自身の意思で、彼女と目を合わせる。






次回、完結です。

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