訓練だけど…2
「体力は何事にも通用する資本です。まずはそこから鍛えましょう。」
「ソウデスネ…」
かたや全身鎧を着用したままフルマラソンを息一つ切らさず走る異世界人、かたやなまりきった肉体をどうにか根性…いや惰性で動かし前に進むゾンビめいた日本人。
「…あの人も人間なんですね。」
「そうだね、軽く衛兵を殺し尽くせる人外めいた何かかと思ったりもしたけどやっぱり自称一般人らしく普通さを感じるね。」
「…というかそれでもあの守護騎士様のペースであれだけ走れるのが衛兵に何人いるか…って感じだけどな。」
それを見るのは昨日付であの日本人の世話係兼監視兼従者となってしまった哀れな元隠密と元王城メイドと元戦士長、まだ元が付くのは隠密だけだがその内彼がこの街を、王城を出るとなれば彼についていくのはやぶさかではない彼らは王の命令である前に一人の人間としてある一定の興味を向ける彼を見定めようとして居た。
そして、そこで見たのは彼の日本人らしからぬ、いや戦いのない世界にあって相応しくない才能とそれを活かし切る姿だった。
始まりは模擬戦、守護騎士は勇者候補様として一人頭五十人程度の人間の魂、この世界でいうエネルギー、魔法を付与されている彼の今の戦闘力を見定めようとした。
勿論五十人分がそのまま力となっているわけではない、その身体をこちらの物に近づけたり、本来備えて居ないはずの魔法を備えさせるための処置ではあるのだが、今回はその数が極めて少なかったために正しく『勇者』と呼べる様な強化をなされているのだ。
そしてそれ以上に…彼の異常性は城を守って居た彼女だからこそわかって居たのだ。
(下級とはいえ奇襲を仕掛けてきた魔族を拘束し、あまつさえ暫定的に中級と思われる魔族とそれが作り出した自動人形を殺害するなど…戦いが身近な世界であるこちらでもそんな勇士はそう居ない、というかおかしい…)
彼女は騎士らしい全身甲冑の様な魔法を解除し最初から着ているボディスーツの様だとよく言われるそれを露わにした。
魔族とは基本的に人類種たるものが邪悪に侵された結果生まれる人外であり、その身に魔法に近いもののこの世界の理に反する外法を宿している。
それは肉を使った自動人形であったり、認識をずらす隠密の術であったりと何かを何かに変化するという力の動きが原則である世界においてすら不可思議と言わざる得ない物ばかりである。
しかしてそれを倒せなくて何故今までこの人類の生活圏を守れたのだろうか、邪悪に侵されたとはいえこの世界のものであるアレらは一人で相手をするならまだしも複数人できちんと武装すれば奇襲されてもどうにか対処できるレベルのものでしかない、だが、そうだとしても鉄槍やましてや徒手空拳などで倒すなど眉唾物である。
例えるならクマをひ弱な一般人が殴り殺す様な…そんなあり得ないものであり無謀である。
つまるところ今自分が走るペースに無様ながらも追い縋って来れた彼は、常人なら穴あきチーズどころかそれ以前に背後から刺し殺されて居た彼は紛れもなく一般人とは言い難い何かであり、それは勇者とも勇者候補とも言えない不確定な、しかし強大なナニカである。
最初から強いというのは完全に制御できれば良いことだが、残念なことに、というよりも当たり前の様に人間を完全な傀儡とするのもまたこの世界の理である魔法に反するものだ。
故に協力を得たいのであり『信頼』を築きたいのであり…助けを乞うのだ。
多少思考に偏りのある者を召喚するという手法をとってはいるものの結局のところ我々が今立ち向かっている敵というのは、邪悪というものはなにがしかの理由で現れた別世界の理である。
それに立ち向かえるのはこの世界の住人ではない、この世界にいるものへの対策を講じたあの憎き侵略者はこちらよりも上位の存在であり、別次元のモノなのであり…布の表面に広がるのがこの世界だとするならアレはそこに突き刺さる針である。
横軸しかない世界に突然縦軸が発生しそこから一方的に攻撃を加えられている…努力も、分析も、研究もした。その果てにたどり着いてしまった結論が異世界人の呼び出しでありこの世界に点在する『転生者』、異世界より来た魂の漂流者の確保である。
勿論罪悪感も、おおよそ人が持ち合わせる善性に照らし合わせた自分たちの外道具合もわかっているし認識しているが…それ以上に私の胸を渦巻くのはこの世界を我々の世界を我々自身の手で護れないという無力感だった。
「…武器を取ってください、模擬戦をします。」
「模擬戦(意味深)…すいません剣でツンツンしないでください、ていうかなんで思考が読めるんですか!?あ、やめて!」
…そして少し、というかかなり失礼だが目の前の彼に対する疑念と嫉妬がなかったとは言えない、模擬戦で力を図るよりもキチンとした方法はいくらでもあるのだ。模擬戦、つまるところ戦いを選択した私の胸中が穏やかでなかったのは明らかである。
ついでに言えば彼が少々…というかかなり正直な…欲望に真っ直ぐな発言をする人間だというのはそれをさらに加速させた。
まあ、端的に言えばイライラして居たのである。
彼を剣先で、といっても木刀でだが突き回し、いやその不躾というか胸や尻に向けられる視線を外そうとしているのもイライラ故であり…彼女自身は本来穏やかな人間性を持った騎士である。
そんなヘイトもいざ知らず、というか気にしない勇者候補様でありながらすでにその異常性を見せつけている彼が選んだ武器は短剣、動きの節々からはそんな気配はなかったがいざ持ってみるとなかなか様になっている。
「では…かかって来てください。」
彼女は出来るだけ煽る様に、戦闘意欲を持たせる様にいった。
だが、彼女は忘れて居た。
何せ彼は兵士を殺し魔族を殺したイレギュラー、殺されていった彼らが魔法による強化、守護騎士である彼女がやっているのよりは劣るといっても人間そのままの能力以上を持った兵士をそしておそらくは人間以上の能力の上に魔法による強化をしている魔族を魔法も何もない状態で、物理で寄ってのみ打ち倒したのだ。
「へぇ…じゃあ…」
膝から力が抜ける様に、まるで崩れ落ちる様に低姿勢になった彼はほんの一瞬、瞬き一つと持たない間彼女の認識から外れた。
そしてその一瞬が致命的だった。魔法という今までなかった力によるアシストを使った彼は残像が出そうなほどに…否、残像を出しながらまるで流体の様にしたから突き上げる様にタックルをした。
「かっ…はっ!?」
肩が彼女の鳩尾に減り込む。見た目こそ幾何学模様の入ったボディスーツだがこの世界の最新技術でもって物理的にも魔法的にも高い防御力を持つ鎧である。しかし彼はその上から彼女体に致命的なダメージを与えたのだ。
まるで枯れ葉の様に吹き飛んだ守護騎士は自分が彼の力量を見極め損なったというのを認識しゴロゴロと転がって態勢を立て直そうとした瞬間、突如背後から組み付かれ彼女の首にチョークスリーパーが掛かる。認識外からのそれは容易に彼女の細首を締め上げ彼女は自分が負けたというのを認識しながらも捥がくがそのまま意識を失った。
彼がやったのは単純なことでタックルの勢いに合わせて彼女の張り付く様に自分も回転したのだ。
まるで影の様に、枯れ葉を転がす風の様に彼女にぴったりと張り付いた状態で彼女の背後を取ったまま勝負を終わらせたのだ。
「ふむ…先手を許すなんてさすが騎士…ご馳走様でした。」
彼は表情を変えず背後から密着したことで感じられた女性特有の柔らかさに感謝を示し…すっ飛んで来たロリメイドの鉄拳が容赦なくその顔に突き刺さったのであった。
彼が最後に聞いた言葉はロリメイドのゴミを見る様な目とともに放たれた。
「変態…」
という一言だった。
我々の業界ではご褒美…です…
かくてさまざまな思惑…というよりは彼の異常性を見誤った守護騎士と少しばかり変態な彼の最初の戦闘訓練は終わったのであった。