散る羽
ますます空のヒロイン化が進んでしまう……
作るとき、プロットでマイと空の二人分作っても、
マイ=泰吾の分もあるから悲壮感が少なめ
空=うわああああ!
となりました
空の頬に切り傷が走る。
地上から遥かに高い高度で、空は戦っていた。
相手のゴーレムは、鳥の形ゴーレム。ゴーレムに漏れない、青緑色の体を茶色の陶器が包んでいる形だ。
三十分前、マイからの連絡で、二体のゴーレムが、担当地域に出現したことがわかった。絵戸街のゴーレムはマイが、遠く離れたこちらは空が対応し、明日香は情報操作のためにあちらこちら駆け回っている。
逸夏先輩が参加してくれるなら、もっと効率よかったのに、と物思いにふけっていると、ゴーレムの翼に煽られ、体が回転した。
「痛っ!」
痛みをこらえながら、改めて現状に集中。
鳥のゴーレムは、何度も猛っては、こちらに向かって急速接近。音速もかくやという速度で、空を翻弄している。
「……っ! そこ!」
鳥が直線的にこちらへ滑空するところで、矢を放つ。しかし、鳥が無鉄砲ははずがなく、左に逸れることで躱されてしまう。しかし、完全には対応しきれていない。鳥の右翼には、矢が抉り取った傷跡が残っていた。
「よし、手応えはある!」
翼のバランスは繊細なものだったのか、ゴーレムはもはや飛行能力を有しているとは言えない。
少しずつ高度を落としていくゴーレムの上を取った空に、もう負けはない。
「いっけええええええ!」
空の手を離れた緑の矢は、古代の兵器の心臓にあたる中枢機関を射抜く。青緑の光が少しあふれ、鳥の体は爆炎にまみれて消えていく。
「やった!」
ゴーレムが完全に消滅したことを確認した空は、小さくガッツポーズ。後は帰るだけだが、なまじ空中で花火のような戦闘をしていたので、人目につかない着陸地点を探さなければならない。
「そう考えると、東京の人口って多いよね……」
結局、少し郊外の公園を見つけるまで、ゴーレムの戦闘と同じくらいの時間がかかった。休日だというのに、遊具のない殺風景な公園には、人っ子一人いない。
「ふう……」
ようやく地に足を付け、エンシェントを解除すると、体にどっと疲れが溢れてくる。
「あ~あ、シャワー浴びたい……」
汗でベトベトになった体をあおぎながら、近くの水道の水を開く。透明の水が喉を通るごとに、体に気持ちいい冷たさが満ちていく。
「ふう……さてと、電車賃電車賃……」
羊羹のような色の財布を引っ張りだし、中身を確認する。著名な医者が一人はいたので、帰りに困ることはない。
そう空が考えたとき、
「貴様、エンシェントだな?」
エンシェントなどという、普通は滅多に口にしない言葉が聞こえた。それが耳に入ると、反射的に身が縮こまる。
「え……?」
空の恐怖。それは、エンシェントという言葉でも、だれかが声をかけたということでもない。
気配も感じさせずに、自分の背後に回り込んだことだ。飛びのいて距離を取り、相手を見据える。
ボロボロのローブに、ボロボロの肌着。まだ初夏だというのに、へそ出ししている肌着は、女子としてはあまり直視するのは遠慮したい。真っ白な生気のない髪からは不健康な印象を受けるが、その顔は明らかに青年のそれで、その瞳にはむしろ活き活きとした強さが漲っていた。
「もらうぞ。貴様のオーパーツを」
「……!」
危険を感じ、空はその場から逃げようと考える。だが、それを実際に行動する前に、男の体が黒い光に包まれる。
「まずいっ!」
エンシェントになって、体の速度を上げていなければ、彼の格闘技の射程内だった。数メートルを一瞬で詰めた彼の動きを捉えられない自分の未熟さを呪いながら、空は尋ねる。
「オーパーツをもらう……? どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だ」
男性の目は、まるで狩人のように、まっすぐと空を、空の弓、雅風を見つめている。
空は彼の動きを今度こそ見逃すまいと凝視しながら、
「まさかオーパーツを二つ以上併用すればどうなるか、知ってますよね?」
オーパーツを使う、つまりエンシェントになるというのは、言葉ほど単純なものではない。
「エンシェントになるということは、体をエンシェント作り替えられてるということですよ。この翼だって、切れたら痛いですし、鎧を全部剝がされたら、当然出血だってします。そんなものを二つ以上使うと、体を別々の方向へ同時に作り替えるってことですよ」
「ふん」
しかし、空の説得に男性は鼻を鳴らすだけだった。空は続ける。
「最悪の場合、体がバラバラになってしまうかもしれないんですよ‼ あなたも、理解しているでしょう?」
彼女の知識をあらかた語ったところで、彼は頷いた。
「ならば、なぜ? エンシェントを増やすため?」
「ふ。まさか。力を他者任せにするなど、弱いものだけだ」
男は腕を鳴らしながら、
「オレは強い。オーパーツにも飲み込まれはしない」
「……あなた、ゾディアックの人間ではありませんね?」
男は答えない。ただ、黒い光が彼の全身から放たれていくだけだ。
光り方が、オーパーツの起動のそれと同一だと判断した空は、彼の敵意を認めざるを得ない。弦を弾きながら、
「あなたのためにも、ゾディアックのためにも、そのオーパーツをあなたの手に入れておくわけにはいきません。会って早々で申し訳ありませんが、回収させていただきます」
「いいだろう。勝った者が手に入れ、負けた者は奪われる。いいじゃないか。力がすべてを支配している!」
男は興奮したように体を震わす。すると、彼の腕に、黒いランスが出現した。
彼の手のすぐそばから、細長く伸びる円錐。まるで闇夜を凝縮したようなデザインに、空は少しだけ怯えを覚える。
ランスの男は、
「お前がオレに語るなら、言葉ではなく力で語れ! オレは弱いものの指図は受けない!」
「なら、私は、あなたよりも強くなり、私の言葉を語ります!」
「いいだろう! 決闘だ! その前に、せめて互いの名前を知ってこう。覚えるに値する強者であることを期待している!」
「……睦城空です」
空は弓を低くしながら名乗る。男は笑み、
「オレの名はアキラス。アキラス・タイザー。この決闘の後、貴様の名前を刻める強さを示せ! 睦城空!」
ゴーレム以上に気を引き締めなければならない。
空にそう感じさせたのは、アキラスと名乗った男の纏う雰囲気が原因だ。
ゴーレムのように、命がけの死闘を幾度となく繰り返していると、戦闘前でも相手の実力が雰囲気で分かる。彼は、ゴーレムだけではない。他の場所でも、多くのエンシェントを狩ってきたのだろう。
「はっ!」
小手調べとして、通常弾の矢を放つ。おそらく命中しない。躱されるか、弾かれるか。
しかし、結果は予想とは違った。彼は、高速で迫る矢を、
そのわずか一点を、ピンポイントで突き刺した。
「ええっ!?」
驚く空をよそに、矢はまさに真二つ。アキラスを避けるように、彼の左右へ飛んでいく。
「うそ……」
いくら小手調べとはいえ、まさかここまで簡単に打ち消されるとは思わなかった。同時に、相手が明らかに自分よりも上手だと理解する。
「どうした? 終わりか?」
涼しい顔をしながら、アキラスは挑発する。空は深呼吸し、
「まさか。ここからですよ!」
空は翼を広げ、空高く駆け上がる。緑の風とともに、いかなる建物よりも高く。
無論、アキラスも無策ではないだろう。だが、ランスで数キロ上空の相手にどうこうできるだろうか。
「ここからなら!」
上空からの矢の乱れ撃ち。ランスという地上での戦闘のみを可能とする武器ならば、こちらにもう手をだせまい。それに、エンシェントとして矢そのものも強化されている。放たれた矢は、空中で鳳仙花のように破裂し、矢の雨として、アキラスのいる公園へ降り注ぐ。
しかし、
「それ程度の姑息な手では、オレへの強さの証明にならん!」
まず一本。アキラスがスピアで、矢を叩き割る。
二本目。右上の矢を切り上げる。
三本目。中心と、左下の矢を切り落とす。
そして、それはやがて八の字を描く動きとなり、アキラスに触れようとする矢すべてを防御することとなった。
「嘘っ!?」
やがて矢が巻き起こした土煙により、アキラスの姿が消失するが、効果は期待できないだろう。
「!」
その時、土煙より飛来したものがあった。黒いミサイルのようなそれをアキラスが使っていたランスだと判別できたのは、避けて空中に消失してからだ。
「どうして?」
武器を手放したことを理解できない空は、ランスが消えた地点をじっと見つめている。その時、背中を貫く痛みで、血を吐いた。
「なに……?」
体制を立て直し、土煙へ振り向く。だんだんと煙が薄まり、アキラスの姿が明らかになっていく。
______敵から逃げるのは、弱者がすることだ_______
空の鳥目には、アキラスの口がそう動くのが見えた。
そして、彼は、
「第二のオーパーツ……」
アキラスは、今ランスの代わりに大型鳥銃を装備していた。長身のアキラス自身よりも長く、細いフォルム。鳥の姿が両側に彫り込まれた銅製の鳥銃は、鳥をモチーフとしたオーパーツの空に不安を与えるには充分すぎる。
(やっぱりオーパーツを二つ以上使えるんだ……)
さっきの会話から、彼がそのようなイレギュラーが行えることは察しがついていた。それでも、空は少し驚きを隠せなかった。
そして、
「きゃっ!」
彼の銃撃が、もうすぐで彼女に命中しかけた。もし、とっさの判断がなければ、彼女の翼は失われ、抵抗できない彼女は地に落ちていただろう。
「……っ!」
彼の鳥銃には、スコープが付いていない。肉眼で、彼女に狙い定めているのか。
早めに決着をつけるしかない。
空とアキラスは、互いに矢と銃弾を撃ちあう。時に外れ、時に相殺。
アキラスが、公園から近くの住宅の屋根に飛び移る。外した場合、空の矢が人の生活を奪うことになると考え、空は弓を止めた。
一瞬アキラスが不審がる素振りを見せたが、すぐに原因に気付いたのか、『付いて来い』と合図を送る。
そのまま確認もせずに去っていくアキラスに、空は少しだけ好感を持った。
同時に、必ず彼を止めなければならないと改めて感じた。
「行くよ、雅風!」
絵戸街まで続く海岸線でも、二人の撃ちあいは続く。変わったのは、アキラスが砂浜で時々波を浴びながら発砲しているということだけだ。
すでに乱れ撃ちに効果はないと判断した空も、単発式の連射に切り替えている。アキラスがばく転で狙撃をかわしたとき、思わず舌を巻いた。
だが、ばく転の時、彼が上を向いたまさにその時。一時のすれ違いに、
銅の鳥銃が火を吹いた。
「きゃっ!」
とうとう鳥銃が、先に鳥を射止めた。胸に命中した銃弾の痛みで、空は体が麻痺、真っ逆さまに落下した。
「きゃあああああああああああ!」
ぐんぐん近づいてくる地面に、空は強く目をつぶる。そして、
「しっかりしろ! 睦城!」
何かに支えられる体と、自分を背中と足から抱える、逸夏泰吾の顔がそこにあった。
「い、逸夏先輩!?」
やはり相当驚いているのか、空は驚愕の目で自分に見上げている。
「ど、どうしてここに!? ここは絵戸街から少し離れているのに!?」
「たまたまバイクの試運転中だったんだけどな。あれだけドンパチやっていたら、いやでも気付くさ」
「そうですか……て、この体制!」
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。顔を真っ赤にした空があまりにもジタバタするものだから、泰吾は空を落としてしまった。
「いたい!」
腰から落ちた空は、痛む箇所をさすりながら、敵と泰吾を交互に見返す。
「先輩、彼は、私たちのオーパーツを狙っています!」
「オーパーツを狙っている? どういう意味だ?」
以前マイから教えてもらった情報によれば、一人のエンシェントが扱えるオーパーツは一つだけだったはずだが。
「分かりません。でも、実際に彼はそれを可能にしました」
空の言葉を証明するように、目の前の敵は、マスケット銃を投げ捨て、新たに出現したランスを装備している。
「貴様も、エンシェントだな」
「……だったら?」
「ふん」
敵は口元を歪め、ランスの矛先を向けた。
「オレに渡すか、奪われるかのどちらかを選べ」
「……」
泰吾は数回白い拳を握り、返事をした。
「断る」
「ならば、貴様の強さを見せてみろ!」
敵は数回ランスを振り回し、
「オレという壁に、貴様の強さという矢を突き立ててみせろ!」
走り出した。
相手は空をも圧倒した。油断はできない。
泰吾も走り出し、
ランスの突きと、泰吾の蹴りが激突する。白と黒の雷が海岸を駆け巡り、大きな水しぶきが巻き上がる。
「なるほど……」
威力調査をしたのか、敵の言葉に泰吾は用心する。
「悪くないエンシェントだ。だが、」
ランスで泰吾の足を払いのけ、泰吾の体を宙に浮かせながら、
「本人が役不足だ!」
叩きつけようとするランス。しかし、それは緑の矢が命中するとともに、軌道が逸れて泰吾への狙いが外れる。
空の援護射撃はそれだけでは止まらず、無数の矢に敵はたまらず離れる。砂煙の中に敵が見えなくなったところで、泰吾は空によって敵から引き離される。
「先輩、ご無事ですか?」
「ああ、助かった……」
空に助け起こされながら、砂煙の中から敵が姿を現わすのを目撃する。
「なるほど。貴様の強さはないようだな」
敵は空を睨む。彼の表情に刻まれたのは、飽くなき強さへの欲求だろうか。
「だが、貴様の強さは不要なものだ。オレが手に入れる強さにするのみだ!」
「お前、一体なんなんだ……!」
右手で空を背に回しながら、泰吾は言った。
「いいだろう」と、敵は、
「オレはすべてのオーパーツを力にするもの、アキラス。貴様の名前も聞いておこう。弱者であれば、覚える価値はないだろうがな」
「……逸夏泰吾だ」
「ふん」
アキラスは、ランスを数回回転させながら、泰吾に迫る。
「睦城!」
「はい!」
空の矢が無数の壁となり、アキラスへ飛ばされる。しかし、アキラスはランスを回転させ、自分に来るところをすべて弾いている。
だが、ようやく矢の弾幕が終われば、泰吾の拳が続く。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
白く巨大な幻影を作りながら、その拳はランスの体を叩く。
自分でも驚くくらいの出力。アキラスの体を、足元ごと削り飛ばしながら押しつぶしていく。
「でりゃあああああああああ!」
やがて、足元を取られたアキラスは転倒。完全に泰吾の拳に飲み込まれる。
ドーム状に広がった光が消えるとともに、泰吾は完全に倒れたアキラスを見下ろしていた。手加減することのなかった全力は、謎のエンシェントを倒すどころか、再起不能までに追い込んでしまったらしい。
「やった……のか?」
ほんの数手のやりとりだったが、それでも彼の強さはなんとなく分かった。少なくとも、泰吾一人でも、空一人でも、決して勝てる相手ではなかったのは確かだ。
口から血を流し、乱れた髪型の彼を介抱するべきだろうか。とにかく、彼のエンシェントを安全のために取り上げるのが正解だろう。だが、
気付くべきだった。
アキラスの体が、さっきまでと変わっていることに。
黒かった服、白かった髪、褐色の肌。それ全てが、だんだん萎れるかのように白化していく。そして、最後はまるで風化していった。
「えっ……」
「弱者とは、力なき者ではない」
絶望を持ってきた声。それは、
「……アキラス!」
空の悲鳴。頭上の彼がランスを振り上げていることに気付いたときにはもう遅い。中腰の泰吾には、もう動けない。
「自らの弱さに勝てず、力に溺れる者だ!」
「危ない!」
だから、空に突き飛ばされる以外、アキラスの攻撃から助かる術は持たなかった。
「……! 睦城!」
黒い一閃が、泰吾の背後で空を断つ。
「がはっ!」
彼女の表情に、痛みが浮かぶのは一瞬。目から光が消え、泰吾の前に倒れた。
「睦城! 睦城!」
小さな体を揺さぶるが、ダメージと疲労が、彼女の目を覚まさせない。
「おい! 睦城!」
「睦城空……いい名だ」
見上げると、融合が解除された雅風を、アキラスが拾い上げていた。
彼は雅風に、そして聴覚をもたない空へ告白した。
「お前は強い。おそらく、オレが今まで出会ってきたエンシェントの中でも有数の強さだ」
それだけ言い残して、彼は、空と泰吾に背を見せる。まるで彼に残す言葉はないというように。
「ま、待て!」
そのまま立ち去ろうとするアキラスの前に、泰吾が立ちふさがる。
「返せ! それは、空の……」
「睦城空は強い。その強さは、オレが継ごう」
「ふざけるな」
泰吾は、いつ以来だろうか。誰かにつかみ掛かってまで怒りを露にしたのは。
「それは睦城の、空のものだ! お前が奪うな!」
「……ふん」
アキラスは軽く振り払う。いとも簡単に、あっけなく。
「弱者は黙れ」
「弱者だと……」
いつもは静かな方の泰吾は、これだけ怒れる自分がいることに、内心他ならぬ自分自身が驚いていた。
「力が強ければ強いのか? ただの強盗がか!?」
「お前からすれば、オレは強盗だろうが、オレからすれば、」
今度は逆に、アキラスに襟首を捕まれる。
「ある力を振りかざすだけの、エンシェントである理由をもたない、ただの弱者だ」
彼の気迫に押され、泰吾は言葉を失う。会ってそんなに時間が経っていないのに、見透かされたように感じて、ただならぬ恐怖を感じた。
ヒロインになるということは、それだけ苦痛を受ける機会が増えるということです。皆様どうかご了承ください