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ゾディアックサイン  作者: カラス
始まり
8/73

空の翼

今回も対人戦です! これで、メイン四人の戦闘は一応解禁されましたね!

「おはようございます!」


 空の元気な声が、ジャンク屋『クロガネ屋』に木霊する。テレビの芸人のつまらないギャグよりも存在感を放つ声だ。電源を消して、ゆかりが居間から顔を出すと、店の前には予想通りの顔が並んでいた。

 一人は、活発そうな笑顔。睦城空は、全身からみなぎるエネルギッシュさを隠せない。

 もう一人は、どこかの国のお姫様。まるで炎が立っているような印象をうけるそれが、マイ・エスカだという証だ。

もう何回目の訪問か数えることすら破棄したゆかりは、


「泰吾~! お客さんだよ~!」


 店の奥に声を投げるが、返答はない。


「あれ? さっき帰ってたんだけどなあ……裏にいるのかな?」

「あ、なら私たち、自分で行きますよ。ね、マイ先輩」

「まあ、それでもいいわね。裏とは、どちらでしょうか?」

「文字通りよ。ここ、沿岸地域でしょ? 店のすぐ後ろが海なのよ。たぶん、そこにいると思うわ」


 二人は一礼し、その姿は店の壁に隠れて見えなくなった。


「全く、泰吾ったら。復学したら早速女の子を二人も捕まえちゃって。赤飯必要かしら? でも、お姉ちゃん少し寂しいな……」


 ゆかりの声は、空虚な店内でも消え入りそうだった。




 ゆかりが言った通り、店の裏側には、東京湾が広がっていた。


「家から海が眺められるって、最高じゃない」


 思わず口を突いて出た言葉。マイにとって、海とは休暇でなければお目にかかれないものなのだ。


「そうですね。この前来たとき、随分近くにレインボーブリッジがあると思いましたけど、ほんとうに沿岸だったんですね。暗くて見えなかったです」

「それ以降も、あたしたちが来たときは家で勉強してたもんね」


 空も頷く。彼女が泰吾の家まで付いてきて一週間。すでに彼のメンタルは、明日香へのリベンジへ動いていた。世界平和部に入部できるよう自分を鍛え、それでいて学生の本分である学業にも勤しむ。当たり前のようで、多くの人ができない生活をしていた。


「あ! いたいた! 先ぱ~い!」


 空が手を振る先。海岸で、バイクに腰を乗せる泰吾の姿がそこにあった。しかし、何を夢中になっているのか、こちらに気付いていない。


「そうだっ! マイ先輩、こっそり後ろから近付いて驚かせちゃいましょうよ!」

「やめなさいよ、子供じゃあるまいし」

「ええ~? 面白そうなのになあ……」

「逸夏泰吾がそういうノリにいいようには思えないし。普通でいいわよ、普通で」

「分かりました! 普通ですね! では!」


 空は突然マイの手を掴み、猛ダッシュで駆け寄る。まったく予想していなかったマイは、静止を促すも、空に止まる様子はなかった。


「普通って、歩いてよおおおおお!」




「では泰吾、エンジンを入れてみい」

「ああ」


 煤だらけの源八の言葉に従い、泰吾はバイクのアクセルを入れる。後輪をストッパーが食い止めているため、エンジンがかかっても彼が移動することはない。


「ふむふむ……なるほどなるほど……」


 エンジン中枢に接続しているパソコンを分析する源八を眺めていると、少しだけ彼の背に広がる海が視界に入る。


「そのままスピードを少し下げてみい」


 指示通り、アクセルを少しだけ緩める。


「ふむむむ……儂がいいと言うまで、そのスピードにしておいてくれ」

「ああ」


 あいにく、パソコンのデータをどのように解析するのが正解なのかは泰吾には分からない。いずれこのクロガネ屋を引き継ぐためにも、早く教えてほしいものだ。


「ふむふむ。一人だけなら馬力はこれでも充分なのじゃが、製品化は少し厳しいのう。こいつは今日だけではどうしようもなさそうじゃ。またガラクタ漁りじゃのう。泰吾、今日はもうええわい。儂はこれからジャンクをかき集めなければならなさそうじゃ」

「俺も……」

「お前さんは、そこの客人の相手でもせい」

「客人?」

「わっ!」

「わっ!?」


 突然、元気な声に背中を叩かれた。驚いて飛び上がると、そこには悪戯っ子の空の姿があった。


「やった! 先輩びっくりしましたね!」


 駆け寄ってきた空は、輝かしい目で言った。


「驚かせるなよ……」

「えへへ、ごめんなさい。先輩、またバイクでどこかに行くんですか?」


 以前のテスト以来、彼女はバイクが気に入ったのか、何度も泰吾にせがんでは、乗せてもらっている。あれから空を連れて行ったのは、川崎、上野、新宿など。一度埼玉まで行こうか考えたが、帰りの燃料の都合であきらめた。


「いや、今日はバイクの運用テストだ。いろいろシステムの見直しを兼ねてな」

「そういうわけじゃ。ほれ、さっさと行かんかい」

「でも、片付けは……」

「どうせこの辺りに人は来ん。ほっとけほっとけ」

「いや、片づけたほうがいいだろ。念のため」

「いや、面倒……」

「お前たちも手伝ってくれ」


 後ろで傍観に徹しているエンシェントにも声をかける。

 マイはいやそうな顔で、こう呟いた。


「だから普通に片付けが終わったのを見計らえって言ったのに~」




「悪いな、手伝わせて」

「そう思うなら手伝わせないでよ」


 マイがそっぽを向きながら言った。まあ、一国のお姫様にとって、もろもろの機械を取り付けたバイクなど、運ぶ機会はなかっただろう。


「全くもう。ほら、開いたわよ」


 マイが慣れた手つきで施錠を解除するのは、あの大豪邸。めまいを感じるのは泰吾だけではないらしい。先日の会話で、実家が道場だと判明した空も、苦笑いを浮かべている。


「よし、じゃあ今日もここでやるわよ」


 巨大な庭園を通り、案内されたのは、右端にある体育館にも似た施設。


「今回も世話になる」

「ええ」


 施設に入ると、中にあったのはただ広い運動場。マイの持つ、エンシェント専用設備であり、ここの壁は、百頭の象が暴れても壊れないらしい。


「今日からは、空ちゃんが特訓相手よね?」

「はい。逸夏先輩、手加減はしませんよ!」


 いつになく強気な面持ちの空。泰吾は頷いて、オーパーツを起動させる。

 白い光とともに、彼の体に篭手が装備される。最近マイの調査によって、古代の人々は、この篭手のことを『主導者(イニシャル)(フィスト)』と呼んでいたことが分かった。


「そういえば、先輩に私のオーパーツをお見せするのは初めてでしたよね?」


 泰吾に対峙しながら、空は言う。確かに、彼女の口からはオーパーツやエンシェントにゴーレムのみならず、明日香の事情も聞かせてもらったが、彼女自身のことは、あまり聞かされていない気がする。


「それでは行きますよ! これが私のオーパーツ!」


 彼女は、ずっと右手に括り付けていたものを引っこ抜いた。涼しげな翡翠色のそれが横笛だと判明したのは、彼女がそれを口につけたからだ。

 彼女の笛が奏でる、軽い音色。口笛のような旋律が耳を貫いたと思ったら、彼女の姿は、緑の風に包まれていく。

 やがて風が掻き消えたとき、そこにいた空の姿は、紛れもないエンシェントの姿だった。


「これが私のエンシェント、雅風(みやびかぜ)です!」


 空の左腕に装備されているのは、弓。小柄な空の体の三分の二の長さを誇るその弓は、翡翠色の石でできていた。目視しにくいほど細い弦が張られており、矢はどこにもない。空の変化はそれだけではなく、背中から緑色の鳥の翼が出現している。彼女の身長をゆうに超えるその翼は、突風を巻き起こしながら彼女を空へ浮かび上がらせる。


「雅風……!」


 存在しているだけで、施設内を緑の風が吹き荒れる。泰吾は身構え、

 走り出す。

 空中の空へ届く策はまだ考えていない。空は、油断のない目で泰吾を観察している。

 泰吾のイニシャルフィストとやらの能力は、身体能力の飛躍。施設の壁を足場にして、空に接近すつることなど造作もない。

 だが、

 空は静かに弓の弦を弾く。すると、黄緑色の光が彼女の指から弓の間に出現する。

 まさに矢の形をしているそれを、空は放つ。危うく命中するところだった泰吾は、ぎりぎりで避ける。風の矢は施設のグラウンドにささり、小さなクレーターを作る。


「はあっ!」


 泰吾は、姿勢を逆転させ、飛び蹴りを使う。空が盾にした弓は、想像以上に硬く、手ごたえが感じられなかった。

 だが、これでいい。彼女の弓に触れることさえできればよかった。

 泰吾は下げていた左足も使い、空の弓を挟みこむ。彼女の体を突き飛ばし、弓を奪い取る。


「よし」


 着地し、距離を取った泰吾は、手元の弓を見下ろしながら言った。


「やってみればできるものだな、こういう芸当も」

「そうですね……では、第二ラウンドです」

「第二ラウンド?」


 すっかり勝利を確信していた泰吾は、空の「ハッ!」と気合を入れ、まるで格闘家のような構えを取る流れに少し困惑していた。


「取られてしまったなら仕方ありません。次は腕っぷしで勝負です!」

「腕っぷし?」


 泰吾が驚いている間に、すでに空は動き出していた。雅風の翼により与えられた機動力は、凡人のそれを大きく上回る。彼女が接近、泰吾の腹に拳を叩きいれるまで、三秒かからなかった。


「ぐっ!」


 痛みをこらえながら、泰吾は弓を投げ捨て、反撃に移る。だが、空の格闘技は弓を失った緊急時用のサブウェポンどころではない。無駄を一切省いた、必要最低限の動き、武術を目指すものの動き。

 やがて空は泰吾の膝を折り、彼の体を屈ませる。先日の明日香と同じ攻撃に、泰吾は少し悔しさがにじみ出た。


「このっ!」


 この数週間で少しは鍛えたとはいえ、まだ泰吾の格闘は、素人まがい。チンピラ程度なら勝てるだろうが、まっすぐこちらをみつめる空には届かない。


「返していただきます!」


 泰吾の体を跳び箱のように越え、転がりながら弓を回収。


「終わりです!」


 再び引かれる弦に、光が宿る。

 放たれた光の弓は、体制を立て直していた泰吾の体に迷うことなく突き刺さった。

 痛覚が走る間もない。自身を中心とした爆発が、意識をすべて刈り取った。




「あっちゃあ……少しやり過ぎたかな……」


 そんな空の声が、泰吾の最後の記憶となった。

最初は素直な子でいくつもりが、次にはヒロインを略奪し、今度は子供っぽくなってる……

空の性格が、どんどん重なっていく……

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