海の中へ
最近家族で山歩きしたりします。少し楽しい
「沈没船、ですか?」
空は疑問符を浮かべた。
ここは談話室。ずっと機関室で羽月の研究の手伝いをしていて、ようやく終わって戻ったら、泰吾とマイからそんな話を聞いた。
「沈没船があったんですか?」
「ああ。この近くにな」
「ほんと。こんなところに船が通っていたのかしら。気になるわね」
マイも泰吾に頷いている。しかし空には、どうして二人とも全身が濡れているのかが気になっていた。潮のにおいから、海に落ちたのだろうか。
改めてそのことを聞いて見ると、マイは顔を背け、泰吾は「頼む、聞くな」と問答を止める。
「えっと……コホン」
マイは咳払いとともに切り替え、改めて語る。
「とにかく、この海底に沈没船‼ しかも、誰も見たこともないんじゃないかなってレベルよ‼ これは、探してみるしかないでしょ‼ どうせ今日は動かないんだし!」
一国のお姫様がしてはいけないような欲深な顔をしている。レクトリア王国という国の今後について空が心配しているところで、マイはさらに続ける。
「うへへ……宝ものって、どんなのかな……?」
「マイ先輩絶対に必要ないと思うんですけど……でも、宝物ですか。確かに気になりますね!」
「でしょでしょ‼」
「行きましょう! 私も気になります」
「何があるのかな……? 金貨かな……? 宝石かな……?」
うへへ、という声が似合う表情のマイをもう見ていられず、空は泰吾に視線を移し替える。
「先輩も行きませんか?」
「まあ、行きたくないではないな。興味はある」
泰吾の家はジャンク屋だ。以前訪れた印象では、確かに彼が宝物に興味があるのは当然だろう。
「そもそも、価値がまだあるのか怪しいけどな」
「というと?」
「長い間海水に浸されれば、どんな無機物でも痛むだろう。鉄製のものならば錆びるし、絵画なら消滅する。宝石がどうなるかは知らないけど、無事だとしても入ってきた生物に飲まれているんじゃないか?」
「……先輩って、淡泊っていうか、結構ドライですよね……」
空が若干呆れながら言った。しかし泰吾は気にした様子はさほどなく、ただ肩をすぼめるだけだった。
「それより、行くなら準備がいるだろう? ここにいないメンバーにも声をかけておかないか?」
「ん? そ、そうね」
泰吾の指摘に、マイは欲深な表情を引っ込める。
「えっと、ここにいないのは明日香に、羽月ちゃんに、エクウスね」
「猿飛はさっきまでそこにいたけどな」
泰吾は、談話室のテーブルを指さす。端に積まれている難しそうな本から、やはりここにいたのだろうか。
「猿飛先輩、結構読書家なんですね。政治情勢の本もありますよ。しかも結構分厚いです」
一番上の本を摘み上げる。ずっしりした重量が、空の腕にのしかかる。が、なぜか泰吾が目をそらしていた。
「でも、猿飛先輩どこに行ったのでしょう?」
「甲板にいなかったから、個室だろう。羽月ちゃんは?」
「船長室で、エクウスさんにいろいろインタビューしています」
「あの子ったら、ここに来てから毎日動き回っているわよね。ほんとに元気よね……普段からじゃ想像つかないくらい」
「あ、あはは……でしたら、二人は私が呼んできます。マイ先輩は、猿飛先輩の方をお願いしていいですか?」
「ええ」
「それでは、少し待っていてください。船長室に行ってきます」
空はマイとともに廊下に入り、マイを置いて、奧の船長室へ急いだ。
「うっし。いいか、てめえら」
エクウスは甲板に集まったメンバーへ呼びかける。
「今日はもう船は動かねえ。それは知ってる通りだ」
「やっぱり不便ね、この船は」
エクウスの前に並ぶメンバーのうち、そう漏らしたのは明日香だった。
しかし、エクウスはそれを無視して続ける。
「が、今日はいいことがあった」
「いいことですか?」
羽月が疑問符を浮かべる。空が今回のことを告げたとき、彼女はメモをしていたため、話を聞いていなかったのだろう。
エクウスはにぃと笑みを浮かべ、
「この下に、お宝がある‼」
堂々宣言した。
「おいおい……」
「そうよ! きっとそうよ‼」
「……頭が壊れたの? コソ泥下品船長さん」
「あるといいですね‼」
「宝物ですか?」
順に、泰吾、マイ、明日香、空、羽月。五者五様の反応を眺めた後、エクウスは甲板の端に足をかける。
「よって‼ オレはここで、皆のエンシェントの力を使い、お宝をいただこうと思う!」
「……待って。皆ってことは、私も協力するの?」
明日香が嫌そうな顔をしているが、エクウスは構わず進める。
「ったりめえだ! お宝だぞ、お宝! お宝の気配があるのに行かねえたぁ、テメェそれでもトレジャーハンターか⁉」
「いつ私がトレジャーハンターになったか是非教えていただきたいわ」
明日香が呆れながら部屋に戻っていく。マイと空が彼女を引き留めようとするが、エクウスはそれを止めた。
「よせ。やる気ねえ奴がいても仕方ねえ。それより、今すぐ行こうぜ」
「今すぐといっても、相手は海の底だぞ? 専用の道具が必要じゃないのか?」
いざ行かんという姿勢が、泰吾の言葉に遮られる。あまりにも基本的な内容に、エクウスは少し苛立ちながら、
「エンシェントは水中でも呼吸できんだよ‼ 知らなかったとか言わねえよな?」
「……知らなかった」
ずっこけた。
耳にかすかに、マイと空の「ごめん、その説明はしていなかった……」という謝罪が聞こえた。
「ったく。とにかく、エンシェントは環境の変化なんざ気に留めねえ。火山帯だろうが宇宙だろうが深海だろうが生存できんだよ。んなことくれぇ基本だろうが。覚えとけ」
「あ、ああ。すまない」
「あ~」
始まり方はずいぶんと躓かされたが、改めて出発の時が訪れた。エクウスは深呼吸し、
「じゃ、行くぜ! クラウン‼」
ポケットから銃弾を取り出す。二層に重なるそれを、目の前で捻った。すると、雷のような黄色い光とともに、その体が変化していく。やがてこしらえた探検家の服装は、黄色のロングコートへ変化していく。
正体不明のオーパーツ、クラウン。エクウスが見つけた古代の秘宝、オーパーツの一つにして、彼を異能の存在、エンシェントへ変化させる相棒だ。
残りのメンバーも、エクウス同様、それぞれが持つオーパーツを起動させた。
マイ・エスカがもつ、剣のペンダント。炎が踊り、右腕に集約するとともに鎧を生成し、その先に大きな剣を与えるハウリングエッジ。
睦城空が首に下げる笛。その心地よい音色に導かれた緑の風が、彼女の鎧となり、その手に大きな弓を授ける雅風
白珠羽月が所有するウサギの耳がついたヘアバンド。月の元のような静けさとともに、彼女の姿を杵を持つ和風装束に変貌させるレプス。
そしてすべてが謎の、逸夏泰吾の体内から生えるように現れ、鎧、籠手、マフラーとなっていくイニシャルフィスト。
エクウスは手に用意されたサーベル剣とフリントロック銃を一瞥し、エンシェントとなった船員に告げる。
「さぁ、お宝探しの幕開けだ‼」
結局今年の夏は寒かったですね




