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ゾディアックサイン  作者: カラス
始まり
7/73

後悔しないために

話はいくらか作り置きしてあるものの、投稿するときにサブタイトルを考えるのが大変です

「悪かったな、付きあわせて」


 泰吾は言った。しがみついている空の腕はとても細く、とてもではないが彼女もマイや明日香と同じエンシェントだなんて信じられない。


「いいえ。気にしないでください。私は、少し楽しみでしたから」

「親には連絡しなくていいのか?」

「私、上京してきているので、一人暮らしですから心配ないです。父さんの性格からすれば、早く帰るよりも先輩といろと言いそうですけど」

「そうか……厳しい人なのか?」

「厳しいというか、とにかく人とのつながりは大切にしろという人ですね」

「厳つい顔を想像するよ……なあ、少し聞いてもいいか?」

「なんでしょう?」


 レインボーブリッジを超え、お台場に入る。一直線の道路が多く、人通りもかなり少ないため、試運転にはうってつけだ。


「猿飛が言ってた、エンシェントになる宿命って、どういうことだ?」

「……」


 泰吾の背中に、空がゆっくりと体を預ける感覚がある。ヘルメットの固い部分が、彼女の息遣いを感じさせる。


「……猿飛先輩のオーパーツは、もともと他の人のものだったんです」

「他の人?」

「はい。詳しいことは私も聞かされていないんですけど、先輩の恋人だったらしいです」


 ここで、近しい人の存在。自然と泰吾のグリップを握る力が強くなった。


「引き継いだ、のか?」

「はい。猿飛先輩の言う宿命は、たぶん覚悟のことだと思います」

「覚悟? ゴーレムと戦う覚悟ならしたのに」

「いいえ。ゴーレムとのではありません。人に、裏切られる覚悟です」

「裏切られる?」

「ここからは、少し苦しい話になると思いますので、それを覚悟して聞いてほしいのですが、」


 空は息を整える。


「猿飛先輩の恋人は、ゴーレムから助けた人に、そのまま殺害されたらしいです」


 風が冷たくなった。どれだけ時間が流れたかわからなくなったころ、空が語り始めた。


「私も名前は聞かされていないんです」


 マイから聞いた話だと言う。つまり、空自身もそこまで明日香の過去は詳しくないのか。


「まだ、猿飛先輩がエンシェントになる前の話です。禁固呪は、ある男性が使っていたらしいですよ」

「……」


 空の話に耳を傾けながら、泰吾は決めた方角へハンドルを切る。歩行者が立ち入ることの許されない道路で、美しい夜景がむなしい。


「運命って、残酷ですよね。これ、明日香さんの誕生日の話なんです。ゴーレムが出たから、その人は現場に向かったらしいんです。でも、助けた人は銃を持っていて……」

「……まさか……」


「その人、オーパーツを解除したら、後ろから銃殺されたらしいです。命がけで助けた相手に、なんの躊躇いもなしに」


 泰吾の背筋に寒気が走る。ヘルメットがなければ、耳を塞いでいた。


「……続けますか?」

「ああ、頼む」

「そのあと裁判になって、殺人罪が問われたんです。でも、結果は無罪。なぜだか分かりますか?」

「いや……」

「エンシェントを、隠すためですよ」


 その一言を聞いただけで、泰吾はこのバイクごと、道をそれて海に飛び込みたくなった。優しく充てられる手が手首を包んでいなければ、間違いなくそうしていただろう。


「……続けますか?」

「……続けてくれ」


 逃げたい。逃げたいけど、逃げたらこの先きっと後悔する。そう自分に言い聞かせて、答えを絞り出した。空は頷き、


「ゴーレムは自然災害として公表されていますけど、先輩は過去にエンシェントのことを聞いたことありませんよね?」

「ああ」

「それは、私たちが兵器として利用されることを恐れているからです」

「兵器……?」


 日常生活では決して触れることのないと思っていた単語に、泰吾は驚愕する。


「先輩も、マイ先輩や猿飛先輩のエンシェントを知っていますよね?」

「ああ」


 手加減していた明日香はともかく、マイのあの焔の狼は間違いなく全力だった。確かにあれを人に向ければ、戦車や戦闘機などよりも効率よく敵を排除できる。

 いや、昨日の明日香が示してみせた禁固呪だって、戦争などに投入されればどれだけの被害をもたらせるだろうか。あの如意棒はおそらく戦車ですら折り紙のように容易く潰せるに違いない。そうでなくとも、あの水柱を操るだけでも歩兵が簡単に屍の山になってしまう。


「その能力だけでなく、エンシェントの体は人間に比べて異様な生命力を持っています。ある程度の病気には罹らず、毒ガスも効かない。かつての生物兵器と違って、柔軟な目入れにも対応できますから、歯向かう時の対策さえしていれば、こんなに扱いやすい兵器はありません」

「たしかに、兵器としてみれば、考慮するべきなのは個人の感情だけ。もしエンシェントが量産可能になれば、政府はおそらくその人物に膨大な見返りを代償にエンシェントの力を存分に振るわせようとする。その存在の隠蔽のために、無罪にしたのか……」


 空は苦しそうに頷いた。


「私たち、世界平和部は、あくまで組織の末端です。エンシェントの秘密を守るために、相手を無罪にしたそうですよ。組織からすれば、秘密を守れるのであれば、末端支部の一人を犠牲にすることなんて、全く躊躇わないことなのでしょう」

「睦城も……その組織のメンバーなのか?」

「はい。ゾディアックという組織に属しています。私もマイ先輩も、もちろん猿飛先輩だって、これは仕方のないことだって理解しています。だから、」


 空はこちらをしっかり見上げた。ヘルメット越しでも、彼女のまっすぐな瞳が光っているようだった。


「猿飛先輩は、このことを理解した上で、禁固呪を巻いているんです。だから、その事情も知らず、ヒーローへの憧れの延長上でエンシェントとして関わろうとするのが許せないのだと思います」

「俺の行いは、子供の遊びの延長にしか映らないのか……」

「はい。先輩がどんな気持ちでエンシェントになったのかは分かりませんけど、初対面のうちは、猿飛先輩にはそう映ったのだと思います」

「……」

「ところで、今私たちはどこに向かっているのですか?」

「もうすぐだ。……着いた」


 泰吾は、お台場のある一角でバイクを止めた。


「先輩?」

「降りるぞ」


 ヘルメットを脱ぎながら、泰吾は目的地へ歩む。ここがどこかは空には伝えていないが、彼女もすぐにここがどこかは悟るだろう。


「知ってるよな、ここ」

「はい。一年前の、ゴーレムが大量発生したところですね」

「ああ」


 泰吾と空の前にあるのは、かつては特別に建設されていたドーム。何度も大規模な大会の舞台にもなった、誇りある場所。

 それが今はどうだ。

 丸みを帯びてデザインされていた白いドームは、天井からバッサリと割られており、上空から見れば中身が丸わかりだ。白い外壁にも、ほとんど黒い穴があけられており、廃墟としか見られない。

 車道から少し歩いたところにある石碑。ほんの一メートルの高さもないそれには、『オルターズライブ、永遠に』と刻まれていた。ゴーレム災害の跡地として、永久保存することが最近ニュースに流れていた。


「あの時、俺はここで警備していたんだ」

「警備?」

「ああ。屋内警備だ。そして、ゴーレムが会場をめちゃめちゃにしているのを見た」


 泰吾の体は、知らずのうちに震えていた。頭が特になにも考えていなくても、体がこの場にいることを拒否している。


「俺が気付いたときには、もう遅かった。アイドルも、客も、ほとんどが手遅れだった。でも、たった一人だけ生きていたんだ」


 あの時の少女の顔を忘れたことは、ただ一時もない。


「大勢のゴーレムがいた中で、一人だけ……たった、一人だけ、生きていたんだ。でも、」


 救えなかった。


「俺が迷っていたから、俺がまっすぐに進んだから……だから、俺は今を後悔しているんだ。あの時、もっと周りを探して、何か見つけられたんじゃないのか、ゴーレムの注意を惹けたのではないか、ゆっくり見つからないように注意すれば助けられたんじゃないのか……」

「先輩……」

「今の俺には、あの時のような状況の時、必ず助け出せる手がある。だから、俺はこの手で、掴めるものを掴みたい」


 泰吾は、空に向き直る。彼の後悔が始まったこの地で、


「俺は、後悔しないで、この手に掴むもののために、エンシェントになる……!」

空ちゃん、最初はただの純粋キャラだったんですけど、好奇心旺盛も追加され、いつの間にヒロインの座をマイから奪っています。

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