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ゾディアックサイン  作者: カラス
その名はムー
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順風満帆

テストとテストの間が一週間も開くと、余裕を通り越して焦りますね

 天気晴朗なれど波高し。

 この言葉の起源を彼は知らないが、それはきっとこの光景のようなことなのだろう。


 波風にあおられながら、逸夏(いつか)泰吾(てお)は、そんなことを考えていた。


 天も水平線も海も、青一色。平穏な色合いでありながら、押し寄せてくる波は結構強い。


「いい天気だ」


 口からそんな本音が出てくるのも無理ないだろう。

 もう少し、この優雅な景色を楽しみたいと考え、


「いつまで休んでんだボケ」


 頭を叩かれる。


 不甲斐ない「アガッ!」という声とともに振り向くと、それがモップの棒だったことを理解する。当然、それを持っていた人物が不機嫌そうに泰吾を睨んでいる。


「オラ、さっさと掃除しやがれ」


 ワイルドな、大学生らしき年齢の男性、エクウスだった。普段は映画の探検家のような恰好だが、今回は海上ということもあってか、水兵服に、海賊らしい三角帽子だ。


「さっさと掃除しろというが、少しは休憩させてくれ……」


 モップを受け取りながらも、少しげんなりする泰吾。



「出航してから三時間、ずっと働き詰めだ。多少の息抜きを責める必要はないだろう?」

「悪いな」


しかし、事情を呑ませても、エクウスはそれほど心は広くない。


「船貸してやってんだ、掃除くらいしてもバチは当たらねえだろう? それとも、目的地まで泳ぐか? 夏の水泳大会って奴だ」


 船。そう、今泰吾は、エクウスがなぜか持っている、時代錯誤な海賊船らしきものに乗り、大航海の真っ最中だ。


「学生はテスト明けで休息の時が必要なんだ」

「なら、睦城のやつは学生じゃねえのか?」


 エクウスが指さすほう。この甲板の広い範囲で、ただ一人、睦城(むつき)(そら)がひたすらに雑巾を片手に柱、床、手すりなどをひっきりなしに拭いていた。彼女の顔には曇りはない。ただひたすら、真剣に木製のパーツを磨いていた。


「俺の記憶じゃ、アイツもテスト明けだろ? しかも今度なにやらでけえイベント抱えてるって聞いたが? 弓道大会とかなんとか」

「ぐっ」

「テメエ負けてんぞ? いいのか?」

「なら、お前も掃除しろよ……」


 泰吾の苦言を難なくかわし、エクウスは、


「悪ぃが俺は今や船長兼操舵主でな。掃除しなくとも、仕事が山盛りなわけよ。様子見に来ただけだしな」

「エスカに猿飛、あと羽月ちゃんはどこだ?」

「エスカは飯当番だとよ。羽月は下で船の機能みて興奮していやがる。分析にチャージアップとか抜かしてやがったが、まあ腹空かしたら戻んだろ。猿飛は知らねえ」

「アイツ……まあ、猿飛が協力してくれるはずないか……」


 泰吾は、仲間の傍若無人ぶりに頭を抱えた。


「……仕方ない、俺も務めるか」

「そうしてくれ。目的地までまだまだかかるからよ。これからの船上ライフを楽しもうぜ」


 エクウスは最後に、泰吾の背中を叩き、奥の扉から船内へ戻っていった。

 この時、彼のせいでモップを海に落としてしまったことに、エクウスは気づかず、泰吾は一度海に飛び込まなければならなかった。




「は~い、お疲れ様~」


 可愛らしい犬が縫い付けられてたエプロンを着た少女が、大きなお盆に巨大な七面鳥を乗せてきた。


「とりあえず、食料もいろいろ必要だろうから、お兄様に頼んで、七面鳥丸々持ってきたわよ‼ これで出航パーティーよ! ……って、」


 テーブルにそれを置いたとき、さっきまで甲板で掃除をしていた二人にこう尋ねた。


「なんで濡れてるの?」

「頼む。聞くな」


 泰吾は、恥ずかしそうに顔を抑えている。隣で空が苦笑しており、なにやら潮の香りがする。


「……まさか泰吾、あんた海に落ちたの?」

「だから頼む。聞くな」


 頭に海藻が乗っている上、右肩には蛸がしがみつく。おまけに左手にはどこから捕まえてきたのか、ピチピチの魚が収まっている。


「……甲板で掃除してたのよね? どこをどうすれば落水なんてするのよ」

「聞かないでくれ……シャワーを浴びたい」

「浴室はあそこのドアらしいけど……だから、何があったのよ?」

「シャワー浴びてくる」


 泰吾は口をつぐんだまま、そそくさと浴室に逃げ込む。何があったのか、今度は空に……


「内緒です」

「あっそ」


 分からないとなると、益々気になる。これが人間の性か。






 エクウスが何故か所持しているこの船だが、やはりオーパーツだろうか。


「普通の人からすれば、ただの博物館の展示品にすぎないのに、随分身近な単語になってしまったな」


 服を籠に投げ入れながら、泰吾はここ二ヶ月と少しのことを思い出した。


 マイとの出会いから始まった、オーパーツの戦い。


 ごく稀に、人をエンシェントなる超常の存在へ帰るオーパーツが存在する。泰吾の体内にもそれはあり、これまで幾度となく彼を戦いに誘ってきた。


「せめて今回くらいは、何もなければいいがな」


 そういって、浴室を開くと、


 現在行方不明中の女性、猿飛(さるとび)明日香(あすか)がそこにいた。




「……」

「……」


 この状況。シャワーを浴びようとしているので、当然泰吾は全裸だ。必然的に、ジャージャーお湯を浴びている明日香もまた同じ。

 普段クールに佇んでいる彼女。いつも美しく束ねられているポニーテールは、その結びを解かれて、マイよりも長い髪となっている。スレンダーで貧相な体は、むしろ水を受け流して、より美しさを際立たせている。

 明日香は少し驚いたような顔をしたが、すぐにいつものように冷徹な顔になり、


「そう……貴方の認識を愚か者から変更したほうがいいかしら? 覗き魔変態変質者さん」

「いや、これは事故……」


 泰吾が弁明を言い終わる前に、その目元を飛んできた石鹸が潰した。

早く免許取らなきゃ……

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