烈風
色々反省点が残る第三章でした
毒を乗せた風が、ビルの谷間で竜巻を起こす。
竜巻の乱気流に乗り、空は宙を泳いでいた。
「ははぁ‼」
竜巻に巻き込まれた極哉も、空気の流れには逆らえず、ともに上昇している。
「やっぱお前は面白い‼ もっと遊ぼうぜ‼」
自由で移動することすらできない。風を操る空の前に、極哉は圧倒的に不利なはずだ。だが、極哉にとって、それは刺激的なスパイスでしかない。
乱気流を足場に、上空の空へ急速接近。手の毒牙から漏れる毒液が風に乗り、空のもとまで運ばれてくる。
「熱っ……!」
いくらか頬に当たり、皮膚がただれる。しかし、空が弓を引き絞る力は衰えない。
「らぁ‼」
極哉の蹴りを右手で防ぐ。ずっしりとした重みが、空の全身に走った。
しかし、空も負けてはいない。自らの体を駆使し、極哉の体に応戦する。
肉体と肉体がぶつかり合う音は、エンシェントなどという異能を完全に無視した、人間同士のぶつかり合いだった。
「ああ、やはり戦いはいい‼」
極哉は半分虚ろな目で、そう叫ぶ。何かにとりつかれているように、盲目的に戦いを望んでいる。
「頭がすっきりする! 楽しい、愉快、爽快‼」
「やっぱり、貴方は人間じゃない‼」
極哉の顔面に拳を叩き込む。雅風の装甲が薄いため、彼の骨に「ゴツ」と当たった音が、空にも帰ってくる。
「人を殴って、痛くない……不快感を何一つ感じない……‼ ただ、殺そうとするだけなんて、やっぱりただのゴーレムだ‼」
「ゴーレム……ああ、ゴーレム‼ いい‼ いいぜえ‼ 俺はゴーレム‼ ならば、だれでも殺せる! 誰でも壊せる‼」
「……少しは、否定して‼」
歯を食いしばり、空は極哉の上からかかと落としをした。極哉はこの攻撃を察知できたはずだが、あえて防御することはせず、その一撃をその身に受けた。
垂直落下とともに、極哉の体は地面にめり込む。しかし、
「が……カカカッカ」
ゆっくりと起き上がり、空を見上げる。
「……私は、貴方を傷つけることを、何かを傷つけることを恐れない……!」
空は、竜巻を手元に集め、新たな矢とした。
流れるような動きで、空はその矢を放つ。
「はははぁ‼」
放たれた矢は、極哉の一閃により切り落とされる。だが、それで役割は果たした。
「はぁ……」
溜息にも似た極哉の笑み。それは、空が弓を掲げながら迫ることへの高揚感だった。
「やぁ‼」
弓を使った斬撃が、極哉の体を天空へ切り上げる。
「次!」
さらに、極哉が空中で停止したころを見計らい、その上から、今度は切り落とした。
人間ならまず助からない速度で、極哉はまた墜落する。しかし、それでとどめにならないことは分かっていた。
もくもくと舞う土煙の中からもがく影に向かい、空は容赦なく狙撃する。
土煙が爆煙へと変わり、轟音が竜巻を散らす。
人間と戦っている空ならば、ここで極哉のもとに駆け付け、安否を確認するところだろう。
だが、
ゴーレム相手の空ならば、情けを加える理由は一切ない。
煙の中に見えたほんのわずかな動きでも、
もう一度矢を放つ。
それは、驚くほど無音に彼のシルエットに突き刺さる。しばらく何も聞こえなかったが、やがて
「がああああああああああああああああっはははははははは‼」
悲鳴と笑い声の交じりが聞こえてくる。
「いい、いいぞ‼ やはりお前はいい!」
狙ったわけではなかったが、矢は的確に極哉の心臓を射抜いていた。右胸から風の棒を伸ばし、全身血濡れになりながらも、極哉はその片目でギラギラと空を睨んでいる。
「片目、心臓‼ お前は俺を本気で殺そうとしている‼ 本気で命を奪おうとしている‼ だから、だからだからあああああああああああああ‼」
体が崩れてしまうような全身の伸縮の末、極哉は再び、ビルを足場に空へ接近。
「お前を、殺したいいいいいいいいいいいいいいい‼」
しかし、極哉の言葉すべては、空の翼が巻き起こしている風により遮断されていた。風を操る雅風の能力は、音の伝達さえも掻き消す。
空の目には、極哉はただのゴーレムでしかなかった。
「これで、終わらせる……」
風が、空の弓に集う。木製らしき雅風の弓は、緑の風の集合体と呼ぶべき姿だった。
そして、極哉が空の目前で躍りかかったとき、
空の口から、その言葉が紡がれた。
「烈風斬」
振るわれた風は刃となり、極哉の体を微塵に引き裂く。その哀れな姿が空の前に晒されることはなく、追加で発生した横長の竜巻が、奥の廃墟ごと彼を吹き飛ばした。
やがて、竜巻が収まったとき、極哉も建物も、地面のアスファルトさえも、溶けたかのように消えていた。
「……空……」
泰吾が騒ぎを嗅ぎ付けて、空の背後に追いついくまで、それから一分満たない時間を要した。
主人公を持て余していたなんて言えない……




