人じゃない
Twitter始めたはいいけど、結局触らない……というか、これ使ったらスマホ中毒治せないですよね?
「ああ……会いたかったぜ」
にやりと微笑む悪魔。その眼差しは、屈強な人でさえ物怖じするに違いない。
そのような眼に、たかが高校生の空が耐えられる道理はない。体が震え、足が地面をこする。
「独皮……極哉」
静かに、悪魔の名前を口にする空。極哉は満足そうにうなずき、
「覚えているよな……? この目を」
極哉は自らの右目を指さす。人間の眼の代用となっているのは、黒い眼帯。瞳があった場所に描かれた絵は、不気味な蛇がこちらに喰らいつこうとしているものだった。
あの傷を作ったのは自分だ。その仇として、自分を恨んでいるのは当然だ。
しかし極哉は、さほど憎しみを露わにせず、こう口にした。
「なら……遊ぼうぜ?」
「っ⁉」
極哉は憎むどころか笑顔になっていた。そして、生身のまま炎のなか、空に向かって走り出す。
空は急いでエンシェントになろうと雅風を取り出すが、パニックにより取りこぼしてしまう。拾い上げようにもすでに接近した極哉がいるので、両腕で防御することを選んだ。
「オラっ‼」
「きゃっ‼」
極哉の蹴りは、空をまるでボールのように、道路標識まで吹き飛ばした。標識が彼女の背中でひしゃげ、全身が痺れる。
「ゲホッ、ゲホッ……いっ……いまの……」
腹の痛み。空の体をここまで蹴り飛ばすなど、人間業ではない。口の中に鉄の味を感じながら、空は極哉を見上げた。
「ああ……いいぜ……体がなじんでいやがる……」
目を白黒する空とは対照的に、極哉は満足げに自らの体を見下ろしている。なにも着用していないのに女性である空が目を覆わないのは、蛇の刺青があまりにも大きく、裸体とは思えないからだ。
「ルヘイスのやつに礼でも言っとくか。こいつはいい‼」
極哉はさらに、手ごろな車を殴った。すると、殴られたフロントドアはまるで紙のようにくしゃくしゃになり、彼が手を引っ込めると同時にドアごと抜けた。
「こいつは面白い‼ どんどん楽しくなってきたぜ」
極哉はそのままフロントドアを空に投げつける。
「っ!」
地面を転がることでキリキリ回転するフロントドアを避ける。彼女の頭上でそれが標識をバッサリと切り落とし、空の背筋が凍る。
「どうなってるの、あの体⁉ 人間のレベルじゃない……!」
「ハハッ‼︎ さあな、俺も詳しくは知らない」
極哉はそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、腰を下ろす。
「それより、遊ぼうぜ? この目の分は、お前で遊ばないとなぁ‼」
「っ‼」
極哉は続いて彼女の顔へ蹴りを放つ。寸でよけた空は、極哉の首筋を狙って手刀を振り下ろした。柔らかい手ごたえで、極哉の喉をつぶしてしまう威力だが、それでも極哉は笑っていた。
「はは……」
少しは堪えたのか、極哉も距離をとる。かすれた笑い声だったが、
「無駄だ……今の俺は、オーパーツを体に染み込ませているからな‼」
一瞬で回復した。それと同時に明かされた事実に、空は眉を顰める。
「オーパーツを、染み込ませている?」
「オラァ‼」
しかし、極哉は空に考慮の時間を与えない。型などない、荒くれた攻撃が、空を襲う。
武術経験から、彼の動きは読めるが、それでも極哉は一切焦りがない。
しかし、防戦一方では勝負に勝てない。歩道の段差につまずき、空はバランスを崩してしまった。
「しまっ……!」
「ハァ!」
さらに不幸は続くもの。尻もちをついた彼女の髪を鷲掴みにした極哉が、彼の顔まで彼女の頭を持ち上げる。
「ぐっ……」
「アハハハハハッハハハハハ‼ おら、どうした⁉」
極哉は、宙吊りの空の腹を蹴った。口に含んだ血を吐きながら、ボールのように跳ねる。
「はは……、ハハ‼ 戦えよ! 遊ぼうぜ‼」
遊び。空の耳に色濃く残る、その言葉。
「遊びって、何ですか……っ‼」
まともにエンシェントになれないことも忘れた空は立ち上がった。
「公園で、事件を起こして……」
最初に彼と戦ったときのことが脳裏に浮かぶ。
「目を失ってまで戦って……!」
ルヘイスの城での出来事が思い出される。
「あなたにとって、遊びって何ですか⁉ こんなことが、楽しいんですか⁉」
「ああ……楽しい……」
極哉は乾ききった声でつぶやいた。
「だから、俺は、壊す。殺す」
「なによ、それ……っ! 楽しいって……!」
「ああ……たまには、話でもしようか? ああ⁉」
極哉の蹴りは重く、受け止めても空の体を浮かばせる。
「俺は、ずっと暴力とともに生きているんだ」
極哉の拳をかわし、彼の胸元に拳を入れる。少し体勢がずれても、小柄な空の抵抗など極哉には大きくない。すぐさま猛攻が始まり、空は防戦に転じる。
「殺すか殺されるか、食うか食われるか。それが、だんだんと生を感じてきたんだ」
「そんな……」
「食うか食われるか……生きるか死ぬか‼ このなかに一度入ればもう抜けられない‼ お前も、来いよ‼ 楽しいぞ‼」
「それ……それは、人間じゃない! 食うか食われるかって、動物と同じじゃないですか‼」
「ああ……動物か……それはいい‼」
距離を引き離した極哉は、狂ったように口角を吊り上げる。
「どっちが人間だろうなァ⁉ 退屈な家のなかでぬくぬく過ごすか、あるべき本能通りに生きるか⁉ アッハハハハッハハッハハハハッハ」
煙がもくもくと昇っていく中の極哉は、まさに人ではない。
「……私、たぶん怖がっていました」
「ああ?」
空は一度空気を吐き出し、
「人を傷つけたくない、そう考えていました。でも、あなたは違う……」
「はは……違う?」
空はポケットから雅風を取り出す。これまで何度も使ってきた相棒の笛は、ところどころに傷が入り、空とともに駆けてきた時間を感じさせた。
「私は、独皮極哉という人間を傷つけることに怯えていました」
「俺を傷つけることに……何を恐れる必要がある?」
「人を傷つけることは、同じくらい自分を傷つけることですから。でも、貴方は違う」
空は、極哉の顔に目を戻した。目を失い、人を亡き者にしながらも笑みを絶やさない人物。
「あなたは、もう人間じゃない。人間とは思えない。ただの猛獣。ゴーレムとなんら差はない……!」
度重なる不運の中、たった一つだけ幸運があった。
「はははははは‼ なら、どうする?」
「私は、ゴーレムと戦うために、エンシェントになった……だから‼」
それは、空が投げ出された地点が、彼女が雅風を落としたところだということ。
エンシェントになる、その道具があったこと。
そして、極哉に対する恐怖を、いつの間にか考えなくなっていたこと。
「いつもとなにも変わらない……! ゴーレムを破壊する! それだけです‼」
雅風を唇につけた。
それに呼応するように、極哉も唇をなめた。蛇の入れ墨に、生命が宿る。
「いいぜ……。今度はエンシェントとして、遊ぼうぜええええええええええええ‼」
紫の毒が蔓延する夜空に、緑の清風が吹きすさぶ。
そして、炎を吹き消しながら、二人のエンシェントが、地を蹴った。
パソコン修理代が20万円。素直に別のやつ買います




