変な理事長と変な指輪
プロローグを短く改定しました。
「ウエルカアアアアアム!!! 正体不明のエンシェント‼︎‼︎」
理事長室に入った途端、厳正な場に似つかわしくない奇声が出迎えた。
「いやあ、いつ僕のところに来てくれるかって、ずっとウズウズしていたよ。まあ僕からアプローチしてもよかったけど、それじゃあ少し面白みないかなあって話になるじゃん? だから、こうして君が編入してからの二ヶ月間ずっと待っていた訳よー」
高価そうなデスクを踏み台に回転する理事長らしき人物。半月型の仮面は、まるで中世時代の絵画が実体化したように色とりどりのものだった。ピエロのように微笑む右目に対し、左目は悲しんでいるように下向きの弧が描かれている。
立派なのは服装だけか、と泰吾が考えていると、理事長は空に肉薄した。
「睦月くんも酷いなー、もっと早く紹介してくれればいいのに」
泰吾に仮面を近づけながら、理事長は文句を垂れる。無機質な仮面がより不気味さを際立たせる。
「ここ最近色々バタバタしてそれどころではなかったので、申し訳ないです」
彼女の失態ではないのだが、しっかり頭を下げる空。生徒の姿勢を一瞥し、彼の標的は部外者へ変わる。
「そして君がエクウス君か。みっきーから話は聞いてるよ」
「みっきー?」
「美月さんです」
空の耳打ちを気にせず、理事長は続ける。
「うんうん、彼女、相当君のこと気に入ってたみたいだよー」
「へっ。知るかよ、んなこと」
「ありゃりゃー、冷たいなー。さてと、君、世界中でお宝探してたんだって?」
「ああ? 文句あっか?」
「いやいやいや。どんなものなのか見せてもらえないかな? 僕も一応ゾディアックだから、持って帰りたいんだ」
「悪いが高えぞ? その場の取引にしか応じねえからな」
月光で、エクウスは目ぼしいものはすでに売り払ったと言っていた。残りは何があるのだろう。
泰吾がそう考えていると、彼の腹に何かが投げられた。それを掴むと、あのメトロノームだった。
「やるよ、そいつは」
「……いいのか?」
「どうせガラクタだ」
「なら、ありがたくいただく……」
しかし、メトロノームをポケットに入れる様子を理事長が羨ましそうな目で見つめるものだから、このまま持って帰ることに少し抵抗を感じる。
「値打ちもんはほとんど売り払った後だ。エンシェントの武器しかねえぞ」
来客椅子に腰かけたエクウスが最初に投げ出したのは、あの銃。被弾したものの時を逆戻りさせることができる代物だ。
「ゾディアックなんだろ? 調査以外の面でも役に立つだろうな」
「素晴らしい。メカニズムを解明できれば、今の産業にも役立つだろう。では、五十万でいかがかな?」
「安すぎる。学会にもっていけばまだでるぞ?」
五十万という数字にめまいを感じ、泰吾の足がふらつく。空が慌てて彼の体を支えるが、次の理事長の口から出た金額が、完全に脱力させた。
「二百万でどうだい?」
二百万。二百円が一万回。一万円札が二百枚。途方も無い数字に、貧乏暮らしの泰吾の意識がふらつく。
「……本来はもう少し頂きてえところだが、まあいいだろう」
泰吾の混乱をよそに、銃が理事長へスライドされていく。受け取った彼は、懐から札束を取り出した。見るからにずっしり重そうなそれを机にたたきつけると、耳が痛くなる音がした。
「……少ねえな。次はもっといい値段だと期待するぜ」
一瞬で札束をポケットに投げ入れ、次の品物を取り出す。しかし、めまいのあまり、どのようなオカルトグッズなのか、泰吾が知りうることはなかった。
「なんなんだ……? ここは俺がいてはいけない世界なのか?」
「まあまあ」
「そもそも、前から疑問だったんだが」
理事長が、また軽々と思い札束を投げた。
「ゾディアックの収入源ってどこなんだ?」
「研究物資を提供して得たり、あとは株です」
「株……?」
「そうでもないと、この人数や場所を確保出来ませんよ」
空が簡単そうに言っているが、泰吾には苦い記憶しかない。姉のゆかりが月給の大半をつぎ込んだ結果、二か月間夕ご飯のおかずがもやしだけになったのは忘れ難い。
「それにしても、エクウスのやつ、粗方換金したんじゃなかったのか?」
青いダイヤモンドや、博物館にもあった水晶髑髏。そのほか、様々な古代の遺品が豪邸を買えそうな現金へ変換されていく。
そのとき、コンコンと扉が叩かれる音がした。理事長の許可によりドアが開くと、見慣れた人物が現れた。
「失礼します、副支部長」
青いツインテールと、スレンダーなボディ。冷たい表情を浮かべた猿飛明日香が理事長室に入ってきた。その後ろには、マイの姿もある。
「あら? お邪魔だったかしら?」
「構わねえよ。ラストはとっておこうぜ、理事長さんよ」
「むむ……」
理事長は不満そうな声をあげながらも、明日香の話を優先することにしたようだ。
彼が明日香が言った通り副支部長ならば、明日香はその部下になるのか。
「はい。依頼の情報を集めたわ。一通り目を通しておいて」
数十枚の分厚い報告書を机に投げる明日香。彼女の見下したような眼から、彼女も理事長に対して全く好感を抱いていないらしい。
「さっさと調査隊を派遣しなさい、ウスノロお面理事長」
「君はどうなんだい? 僕の依頼を三日もかけるなんて、君こそウスノロなんじゃないのかい?」
「よく言えたものね。手掛かりなしで無理難題を押し付けて。非公式データを得るのにどれだけ苦労したとお考えで?」
「うぬぼれ屋の君なんだ。それぐらいの無茶はやってとうぜんではないか」
「誰がうぬぼれ屋なのかしら? 事実よ、節穴臆病者理事長」
「君は本当に憎たらしいね。僕のほうが学校でもゾディアックでも立場は上だよ?」
「立場なんて意味ない枠組みに捉われる時点で器が知れるわ」
「言ってくれるよね、遠慮なく」
仮面の下の理事長の顔に怒りが浮かぶのがわかる。さっきまで喜々としてエクウスとの取引に応じていた理事長とは別人としか思えなかった。
「黙りなさい。無能」
言い返す理事長も理事長だが、明日香のこの態度は目上の人に対してはどうなのか。ジト目で傍観しているマイに、「おい、猿飛なんか理事長のことを嫌っていないか?」と尋ねる。
「まあね。支部長だったときに、いろいろあったのよ。いろいろ」
「いろいろ?」
「いろいろ。支部長が今の支部長に変わるような出来事があったのよ。そのうち教えてあげるわ」
マイは口に指をあててお茶を濁す。
理事長はパラパラと報告書をめくり、その内容に目を通す。
その間、ずっと二人は互いをののしりあっていた。
マイはその間、取引を中断されたエクウスへ話しかける。
「お宝さがしは順調かしら?」
「あ?」
しかし、エクウスは怪訝そうな表情で、
「……誰だてめえ?」
「マイよ! マイ・エスカ! 前も会ったことあるでしょ!」
マイの琴線に触れた。しかもエクウスは構うことなく、
「……悪い、覚えてねえ」
「ちょっと!」
「おいエスカ! 地団太踏むな! 揺れてる!」
「それは少し盛りすぎでは……?」
「空ちゃん!」
「ごめんなさい」
「悪い……思い出せねえ。どっかの国のお姫様で真っ赤な剣のエンシェントでいつでもオーパーツの類を嗅ぎ付けられることぐらいしか覚えてねえ」
「しっかり特徴覚えてるじゃないの!」
頭に血が上り、いよいよエクウスとフィンガーロックに入る。マイの握力は思いのほか強いようで、エクウスの表情も力んでいる。
すっかり影が薄くなってしまった空は、二か所で並行する争いを眺めながら、
「止めたほうがいいですか?」
「……終わるまで待ったほうがいいな」
かれこれ二十分ほど。各々が大暴れし終えるまでかかった時間だ。
マイも明日香もエクウスの最後の持ち込み物を見ることにしたようで、泰吾の隣に並んでいる。
「これが最後のお楽しみだ」
理事長の目の前に置かれたもの。「宝石類は売り払った」といったエクウスが持ち込んだ唯一の宝石物。
「サファイアの指輪?」
銀色のリングと、中央部にサファイアを埋め込んだ一品だった。テレビで何度か見た知識で、その宝石の種類がサファイアということが分かったが、マイの表情から、それがそれほど値打ちものではないようだった。
「ほう。オーソドックスな宝石だね。換金できなかったのかい?」
「よそで換金するものじゃねえんだよ、こいつは。……マキ、はめてみろ」
「マイよ!」
頭から湯気を沸かせながら、指輪を受け取る。右手小指にはめようとするが、
「……あれ?」
「どうした?」
「なにこれ、つけられないじゃない」
覗き込むと、マイの小指がリングに通す直前で止まっていた。まるで指輪の内部に見えない壁ができているようで、彼女の爪はリングを通ることができずにいた。
「何よこれ、持ち主選定でも行っているの?」
「そんなところだ。その辺の市場に流すわけにもいかねえだろ?」
「そうだね……では……」
理事長が価格を提示しようとした、そのとき。
ガラスが砕かれる音とともに、熱風が部屋へ押し寄せてきた。
ツイッター始めたはいいけど、やり方がよくわからない……




