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ゾディアックサイン  作者: カラス
古代いろいろ
55/73

事故です

就活インターンで一か月も空いてしまった……申し訳ないです

「空ちゃん、いる?」


 ドアを叩きながら、マイは部屋の主へ問いかける。何度も呼び鈴を鳴らすも、反応はない。


「出ないわね……」

「しばらく帰っていない、なんてことはないよな……?」


 ドアに大量の新聞が挟まっている、ということはない。もし空が新聞を取っていないなんてことならばわからないが、あの真面目な空なら、それはそうそうないだろう。


「……出ないわね……」

「それとも外出中か?」


 マイが案内した空のアパート。商店街のすぐそばにある木造の安アパートは、外出する用事がいくらでもある。まだ五時を少し過ぎた今ならば、彼女がいないのも頷ける。


「なあ、ドアは閉まっているのか?」

「え?」


 どうやらまだ試していなかったらしい。ドアノブに手を触れると、


「あら? 開いてる」

「この五分少々の苦労は無駄だったな」


 ガチャッと、扉が開いた。




 安いアパートなだけあって、中も簡素なつくりだった。玄関をくぐれば、廊下などという贅沢品すらなく、畳三畳が敷き詰められている部屋に出迎えられた。向かい側を窓が夕日を受け入れており、この建物が西向きなのを示している。左にはキッチンがあり、空が頻繁に料理をしていることを証明するように、綺麗に洗浄された食器が整理されていた。


「空も料理するのか」

「女の子の部屋を勝手に調べるのはよくないわよ」

「ここに案内したお前がそれを言うか?」

「事実だし。……あ、まさかあんた、掃除のときにあたしの部屋を調べて……⁉」

「お前の部屋に見られて困るものなんてないだろう? 私物がほとんどない部屋で、掃除が楽すぎて困ったくらいだ」

「……なんか安い女って思われてそうで複雑だわ」

「お前の大使館を掃除する身なんだから、お前の家のことはよく理解しているさ」


 ぐるりと部屋を見渡しても、とくに特筆するようなことはない。様々な教科書類が積み上げらえた勉強机の中心には、よく書き込まれたノートがあり、空が数学に苦心していることを示していた。


「空? いないのか?」


 家主がいない宅でうろつくという行為も初めてだが、やはり本人が目の前にいないと、不法侵入してしまったのではと安心できない。泰吾がしばらく悩んでいると、


「いま~す!」


 元気な空の声が聞こえた。同時に、泰吾ドアの右隣のもう一つの部屋の存在に気付く。


「ここか?」

「はい。あ、待ってください! 開けないでください!」


 空の静止が聞こえたが、それは泰吾がドアノブを回し、引いて開錠したあとだった。


「……あ」

「……あ」


 空もドアを止めようとしたのだろう、ドアノブがあったところに手をのせたまま固まっており、なんとまあ不自然な恰好と姿勢だった。

 起伏の少ないつややかな体を、白いバスタオルが覆っている。健康的な白い四肢は、水分を拭き取った後であろうにも関わらず、きらきらと眩さを宿していた。その背景に、洗面器やシャワーが並んでいることから、泰吾はようやくそこが洗面所だということを理解した。


「あ、久しぶりだな、空」


 滝汗を流しながら、泰吾は平静を取り繕う。一瞬空は何も問題ないと勘違いしたらしい。が、


「……け、警察に、連絡、するから」


 震える手でスマホを操作するマイの手によって、常識がもたらされる。

 結果。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 空の悲鳴とビンタが同時に襲ってきた。




「はあ……」


 なんとか警察の厄介にはならずに済んだが、その代償として空の前に正座させられる泰吾は、大きなため息をついた。


「今日は厄日だ。きっとそうだ」

「変なこと言ってないで、要件入るわよ」


 地面に叩きつけられた頭をさすりながら、マイを少し恨む。


「空ちゃん、勝手に入って悪かったわね」

「いえ、自分に原因があることは理解していますから」

「そう……一週間も休んでいた原因は、この前あたしたちが弓道部に行ったからかしら?」

「それも若干ありますけど……その……」


 空が泰吾たちの前に置いたのは、小さな笛。中心部が若干膨らんでいること以外はハーモニカとほとんど変わらない緑のそれは、


「雅風?」

「はい」


 空がエンシェントである証であるオーパーツ。かつてアキラスというエンシェントに奪われ、取り戻したものだ。


「この前、羽月ちゃんがさらわれたときの話なんですけど」

「ああ、あのドームの」

「そのとき、私、独皮極哉と戦ったんです」


 独皮極哉。その名前を聞いたとたん、泰吾の脳内にその姿が蘇った。

 全国指名手配の凶悪殺人犯にして、エンシェントでもある彼は、泰吾、空、そしてここにはいない仲間のエクウスの三人がかりでも、まったく優位性を感じさせなかった強敵である。その彼と一対一で事を構えたとは、いったいどんな気持ちだっただろうか。


「なんとか倒すことはできましたけど、その……ごめんなさい‼」


 突然頭を下げる空に、泰吾とマイは戸惑った。

 空は続ける。


「なんとか勝てたんですけど、私……あまりの怖さで、もう……」

「だからって……」

「だから、もう田舎に帰ろうと思います。これは、先輩たちに託そうと思います」

「でも……」


 マイも、空の雅風に対して、あんぐりと開いた口が塞がらない。


「空ちゃん、あんたが一番分かっていることでしょう? オーパーツはただのアクセサリーとは違う。体を書き換えているのよ」

「ええ。でも、足手まといになるよりは……」

「空」


 そこで、泰吾が話の流れを切る。


「今日、部室に生徒会長が来た」

「生徒会長? たしか……三枝さん、でしたっけ?」

「ああ。活動をしていない部をつぶす、とのことだ」


 エンシェント関連の話ではあまり動かなかった空が、この話には身を乗り出した。


「世界平和部、なくなっちゃうんですか⁉」

「まだ決まったわけではない。だけど、このまま指をくわえていると、そうなるだろうな」

「そんな……っ! ゾディアック関係なしに、私結構好きだったのに……マイ先輩、私たちの部活って、理事長が守ってくれないんですか?」

「さっきメールしたわ。まあ、あの変人理事長がまともな返信くれるわけないけど」


 やはり学校内部にもゾディアックの関係者がいたか、と思いながら、泰吾は続ける。


「で、俺としては存続のために、何かしらの活動をするべきだと思うんだが、なかなか思いつかなくてな。それで、明日あたりになにか思いついたら知恵を借りたいんだが」

「えっ……そんないきなり」

「だから」


 泰吾は畳に置かれた雅風を押し返す。


「別にエンシェントとしてでなくていい。ただ、同じ部活仲間として、この危機を一緒に乗り越えることくらいは、できるんじゃないか?」

「そう……ですね……」


 空は静かにうなずく。


「確かに先輩の言う通りです。明日、私もなにか考えてきます」


 空は雅風を握り、


「エンシェントとしてはまだわからないけど、私も世界平和部です。私たちの部活を、なくせさせたくないです!」

「空ちゃん……!」

「ならよかった」


 泰吾は安堵とともに立ち上がる。


「わざわざ殴られた甲斐があったな」

「もう一回怒りますよ」

頑張って失踪はしないようにしますので、どうかこれからもゾディアックサインをお願いします

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