美しきクリスタル
年末大掃除が大変になる未来しか見えない今年冬……
源八が二人と合流したのは、十分後のことだった。
「ほっほ~い‼ すごいのう古代のご先祖様たちは! アイデアはともかく、儂もやるぞとやる気をもらえるわい! 儂は未来のオーパーツを作るぞ!」
「お爺ちゃん一番楽しんでるわね」
ゆかりも少し嬉しそうに言う。
「お前さんたち、何を休んでおるか! 若者はもっとがっつり行けいがっつりと! おお、あの人だかりはなんじゃ⁉」
「人混みにもまれたくないから、人が減るのを待って、ついでに休憩しているだけよ。むしろお爺ちゃんは元気ね」
「ふん。もっと知に貪欲になるべきじゃよゆかり。さて、儂はあの中に飛び込もうかのう」
「ええ……お爺ちゃん、あたしたちは……」
「そうだな。そろそろ休むのも飽きてきたな」
泰吾も頷いた。味方を失ったゆかりは「ええっ⁉」と振り向く。泰吾は、
「人もさっきよりは捌けてきたし、いいんじゃないか?」
「そうじゃろそうじゃろ。泰吾、男は黙って突撃じゃ!」
「突撃すんの⁉」
ゆかりの突っ込みも聞かず、源八は泰吾を連れて人混みへ特攻。
携帯のカメラ機能を光らせる人たちの間は、外から感じた印象よりも開いていて、少しつっかえるくらいで、展示物そのものへは簡単にたどり着けた。
無数の人々を見下ろす光の展示。
照明とカメラのフラッシュでさえ、その輝きの前では無しに等しい。
「すごい……綺麗だ……」
泰吾が言葉を失うそれ。
大きく言えば、これまでの展示にあったものと同質の水晶だろう。
だが、その質が桁違いだった。
色などありはしない。透明な水晶であるそれは、その刻まれた模様、光の複雑な通り道により色を付けていた。
大きさそのものは、人形程度の大きさしかない。だが、その内包する情報量たるや、これまでのオーパーツ_______この特別展のみならず。エンシェントにさせるオーパーツさえも______を優に超えていた。
流線的なフォルムから、なるほどキャッチコピーにあった通り、水生生物を模した芸術品だろう。体の反対方向を向くワニのように巨大な口には、数を数えることすらばかばかしくなるような細かい牙が所狭しと並んでいた。ずんぐりとした体を支える、四本の足。それは、まるでポール、またはクジラのヒレのようにも見える。
その圧倒的な再現は、生物を模してたというよりは、生物をそのまま結晶にしたという方がまだ説得力があった。
各所に細かい模様が刻まれ、生物としてみることは難しくとも、
モササウルス科の体をモチーフにしていることは明らかだった。
「こりゃおったまげたのう。一瞬お迎えの天使かと思ったわい」
「ここでお迎えはやめてくれ。事態が面倒なことになる」
「なんじゃ、もう少し乗ってくれい」
口をとがらせる源八を無視しながら、なんとか近くの説明書きにたどり着いた泰吾は、その文に目を走らせる。
『謎の生物クリスタル
この美しい水晶は、今年二月、太平洋で新たに発見された遺跡から発掘された。年代測定より、この水晶は約一万年前に作られたものだと考えられる。しかし、このクリスタルには継ぎ目やネジ跡どころか、研磨や溶接の形跡も認められない。現在の技術では、形は再現できても細かな流線形や、細かい牙までは再現できない。また、暗室ではこの水晶体は他のものと同様に無色透明になるが、光のプリズムを複雑に反射しているため、このような七色の輝きをものとしている。
この生物は、中生代に栄えたモササウルス科と呼ばれる生物に酷似している。しかし、モササウルス科が人類と初めて出会ったのは今からわずか三百年前の話である。首長竜とも称されるこの生き物は、有史どころか、人類がこの地球で産声を上げる前に滅び去ったはずだ。
これ以外にも恐竜を模したとされる遺失物は発見されてきたが、ここまではっきりした形のものはない。
十八世紀を遠い未来とする存在は、どうやってこの形を作り上げたのだろうか』
「つまり、一万年前の人類が恐竜時代の生物を知っていたということか……? 先に化石でも発掘したのか?」
「あるいは、生き残りでもいたのかしらね」
「姉さん? さきこっちに来たんだ」
人混みから少し離れた説明書きにはやってきたゆかり。彼女は顎をしゃくりながら、
「ふーん、現代じゃあれは作れないんだ……」
「姉さん、あれ見えたのか?」
「う~ん、ちょこっとだけね。でも、あれはすっごいよねえ。現代でも作れないんだ~」
「光の反射まで計算に入れるのは難しいだろう。それを、あんな複雑な形に収めているんだ。作った人は本当にすごい」
「当時機械なんてなかっただろうし」
うんうんとゆかりも頷いた。
「よし、あたしももうちょっとよく見てみよう!」
少し入りやすくなった人混みに突撃していくゆかり。彼女も見送りながら、泰吾はまたベンチに戻る。どうやらあと少しの展示物で、この特別展は終わるそうだ。
若干の名残惜しさを感じながら、祖父と姉が満足するのを待っていると、
「……?」
なにか視線を感じた。
目の前にこの世の神秘ともいえるものがあるのに、真っすぐ平凡な自分だけを見つめる視線が。
そして、いた。
有象無象の人々の中に、一際の異彩を放つ人物が。
年齢は中学生くらいだろうか。栗色の長い髪と、はかなげな緑の瞳。百合の花の髪飾りがその壊れやすさをより際立たせている。白いフリルの少女は、十人に聞けば全員が美少女とみなす部類だろう。その彼女がじっとこちらを見つめている。
泰吾が違和感を感じたのは、彼女の美しさではない。周りの人々が、本来ならば赤の他人にここまで近寄りはしないほどの距離を通っているからだ。まるで彼女がそこに存在しないかのように。
そして、彼女は口を動かした。喧騒により、声は聞き取れなかったが、その動きは明らかに『エンシェント』という文字を紡いでいた。
目の錯覚かと思ったが、彼女は微動だにしない。
ナラクたちの関係者かと疑い、少し警戒する。だが、少女はその泰吾の態度を知ってか知らずか、次の言葉を口にした。
「ムー大陸を、止めてください」
「うわっ」
その時、泰吾の視線が少女から外れた。
「あ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ……」
肩をぶつけた青年の謝罪とともに、もう一度少女がいた場所を見るが、そこにはもう何もなかった。
「今のは……?」
周囲には、あの白く目立つ服装も影も形もない。
そして、泰吾以外の誰も、その場所に何かいたという仕草すら見せない。
夢でも見ていたのか。目をこすりながらそう考えていると、
「おい、なんだあれ……?」
人々の間から、どよめきが発せられる。何人かが天井を指差しているので、その方向を見ると、
壁を突き抜けて、何かが落ちてきた。
「⁉」
泰吾も驚くが、それはその現象そのものだけではない。同じように壁をゼリーのように貫通してくる物体が、一つ、二つ。
天井そのものを覆いつくさんとばかりの量だ。
丸い球体に、前方に備えられた槍のような針。青白いボディを、装飾のように飾る土製の鎧。この場の展示物のように、明らかに人智を超えた人工物。
「ゴーレム……⁉」
ゴーレムが博物館に現れた。
信じたくない事実の認識を可能としたのは、弟の泰吾が実際にゴーレムの事件に巻き込まれたからだ。
だから、これまで何冊もゴーレムについての本も読んだし、それでゴーレムが時間制限付きの怪物であることも知っている。
だが、他の人はそうではない。
あれがゴーレムと知るや否や、当然引き起こされるのはパニック。
何とか源八とは合流できても、泰吾を探すのは一苦労だ。
「泰吾! 泰吾! どこ⁉」
「早く来い! 置いてくぞ‼」
源八とともに大声で叫ぶが、弟の姿はどこにもない。
「うむむ……ゆかり、儂わもさきに逃げるぞ。泰吾もきっと、さきに外に向かったのかもしれん」
「でも、あいつゴーレムにトラウマもってんのよ‼ そんなことアテにできないわ! きゃっ‼」
ラッシュが薄れてきたころ、ゆかりの前にゴーレムが着地する。丸いボディに、どことなく不気味さを感じられた。
「このままじゃと、お前も危険じゃ!」
「そんな……泰吾! 泰吾‼」
祖父に引きずられ、ゆかりは弟の名を叫びながらその場に背を向ける。
さっきまでは美しかった水晶が、今度は恐怖の象徴に思えた。
少し離れた。人もいない。
絶好の場所で、泰吾はその身をすでにイニシャルフィストへと変化させていた。
白いマフラーをはためかせ、ガントレットのみを武器に、単身ゴーレムたちへ挑みかかる。
まず、生物水晶の場で、降り立った最初のゴーレムをチョップで叩き割る。次に、頭上に落ちてきたゴーレムの体を突き破り、機能停止したゴーレムをもう一体に投げつけ、空中で爆発させた。
「どうしてこんなにゴーレムが……」
疑問を口にしながらも、泰吾その答えは予想がついていた。
この場に、エンシェントになりうるオーパーツがあったのだ。マイが「大丈夫」と高をくくっていたことに舌打ちしながら、
「前の鬼ゴーレムの時と同じか……ゴーレムは同質のものを求めているのか?」
自分がおびきよせたとも考えられるが、今自分がしらみつぶしに屠っているゴーレムたちは、あまり自分の方を向かず、この場の何かを探すように周囲を見渡している。イニシャルフィストが目当てだとは考えにくい。
「一番の候補は、あれだけど……」
かかと落としでゴーレムを破壊し、生物水晶へ注意を払う。しかし、ゴーレムたちはその水晶には目もくれず、他のエリアを探索していた。
ようやく全員を倒したころには、もう特別展の全エリアを回っていた。
「はあ、はあ、はあ、」
肩で呼吸するが、休むことは許されないだろう。
「……それで、その変な格好でここにいるということは、これはお前たちの仕業と考えていいわけだ?」
泰吾が背後の気配へ声を投げた。
金色の鎧と、銀色の鎧。
背中合わせで片足を上げ、両腕をYの字のように広げる独特なポーズ。繊細なバランスで直立しながらこちらを観察していた人物がいた。




