孫悟空
泰吾初の対人戦です!
今回は少し短めです
午後八時にもなると、学校は完全に静まり返る。
先週までの泰吾も、この時間には学校にいたことはあまりなかった気がする。
そう思いながら校舎を眺めていると、窓に警備員の光すらないのは少し気になる。おそらくマイが色々手回ししたのだろうが、いくら一国の姫とはいえ、一生徒に権力を与えすぎではないだろうか。
そう考える泰吾は、校庭のLED照明の点灯に目を覆う。
「まさか逃げないとは思わなかったわ」
とても落ち着いた声。白い光をバックに、明日香は言った。長い髪は夜風にあおられ、美しさを泰吾に突き付ける。
「私は本気で貴方を潰すつもりだけど、いいかしら?」
「正直少し困る」
エンシェントへの成り方も、さっきマイと空からあらかた教わっただけだ。それを当然理解している明日香は微笑しながら、
「私も貴方を巻き込もうと全く思っていないから、悪く思わないでね」
ポケットから何かを取り出した。金色のそれが鉢巻だと気付いたのは、彼女がそれを額に巻いたからだ。
ギュッと鉢巻を絞めた瞬間、彼女の足元に渦潮が発生する。渦潮は竜巻の如く天へ上り、まるで竜のようにうねる。
水の竜がその身を散らせた後、月光とともに地へ降臨するのは、
「……孫悟空?」
青く細長い棒を肩にかけ、金色の雲に乗ってこちらを見下ろすその姿は、中国の伝説、孫悟空を連想させた。
「まあ、そういう反応になるわよね。私のオーパーツ、禁箇呪っていうのよ。中国のどこかの川の遺跡に納められていたらしいわよ」
「川?」
「ええ。私との相性がいいから使っているけど」
彼女は雲から飛び降りる。地に降り立った現代の孫悟空は、棒をこちらに向けながら、
「さて。全力とは言ったけど、筋斗雲は使わないであげる。さあ、」
明日香は見事な棒術を披露する。クルクル回転させながら、左右上下に如意棒を泳がせた。
「来なさい。後悔のために死を選ぶ愚か者さん」
「……」
泰吾は深呼吸し、胸に手を当てる。
マイの考えでは、過去の何らかの影響で、泰吾の体に直接オーパーツが埋め込まれてしまったらしい。実家の手伝いの時の事故など、異物が体内に入る心当たりそのものはないわけではない。だが、偶然でも手に入れたものだ。腐らせてしまいたくない。
そして、二人のエンシェントに教わったように、念じる。
体内に眠っているらしき、オーパーツの力を、自分に見せてみろと。
数刻、何も起こらないと思った。だが、すぐに泰吾の体に変化はうまれる。
白い光が、泰吾の体から放出される。LEDすら消し飛ばす光は、泰吾の体にあの白い篭手をもたらした。
「……なるほど。なかなか良さそうなオーパーツね」
明日香はそう呟く。泰吾にはオーパーツそれぞれの価値など分からないが、自分のものとなっているこれを褒められて悪い気はしない。
「それで、どうすれば決着となる?」
「簡単よ。気絶か降参か。あと、国税無駄遣いお姫さまと睦城さんが止めに入った時点で終了。明白になったら終了してもいいでしょう。殺されても自己責任になるから、遺書だけは書いておきなさい」
「まあ、念のため睦城に預けた」
その中身が白紙だとは伝えていないが。
腰を落とし、ファイティングポーズを取る泰吾に、明日香は笑みを浮かべた。
「さて、行くわよ」
それが、始まりの合図だった。
泰吾は駆け出し、明日香に躍りかかる。だが、彼の素人まがいの拳は、決して彼女を捉えることはない。棒を使うことなく、簡単に避けられている。
「どうしたの? それだといずれ死ぬから手を引いてもらうしかないわね」
「くっ……このっ!」
拳を避けられたタイミングに蹴りを叩き込む。可能な限り不意を突いたつもりだが、今度は棒に遮られる。固いものを蹴った反動で、むしろこちらのダメージが大きい気がする。
「ふうん……肉体強化の類ね。まあ、岩を砕く、という触れ込みなら土木作業に引っ張りだこになりそうね。少なくとも、私の如意棒の敵ではないわ」
「如意棒……!」
伝説の孫悟空の武器と全く同じ名称に、泰吾は武者震いをする。
「結構有名なオーパーツだったのよ。まあ、紹介の手間は省いてもいいかしらっ!」
如意棒と紹介する棒は、力を込めて泰吾の膝を折る。
「っ!」
痛みで地に着いた泰吾の耳元に、明日香が囁く。
「残念だけど、私たちは遊びでやっているわけじゃないの。エンシェントになった宿命を背負っているの。いつの間にかエンシェントになってたやつにしゃしゃり出てほしくないのよ」
「くっ!」
しかし、それ程度の挑発では、泰吾は屈しない。如意棒を掴み、
「悪いな。俺も意外と、首を突っ込みたいみたいだ」
もう一度反撃。しかし、拳も蹴りも、すべて躱される。
「……全力も必要なさそうね。たなぼたエンシェントなんて、こんなもの……」
「まだだ!」
全力の蹴りは、見事な身のこなしで回避された。泰吾の足の上で翻る彼女の姿に、一時泰吾は見とれてしまっていた。
「いいえ、終わりよ。もう寝ていなさい」
突然、腹に如意棒が突き刺さる。攻撃のみに集中していたせいで、彼女の反撃のことは完全に頭から抜け落ちていた。そのまま明日香は泰吾に背を見せ、
気付けば、泰吾の意識は、宙を舞っていた。
背負い投げの容量で、棒が泰吾を明日香の前に押し倒した。そう理解したのは、彼女の足に頬を踏みつけられたときだった。喉元に押し当てられる如意棒の存在によって、すでに勝敗は決している。
「貴方に何があったかは知らないけど、エンシェントだったらだれでも迎え入れるわけにはいかないのよ。ゴーレムは日々強さを増している。私たちに必要なのは即戦力よ。覚えておきなさい」
そう告げる彼女の目は、とても冷たく、暗かった。
初心者がベテランに絶対勝てないとは言いません。
でも、そうそう勝てるはずがありません。




