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ゾディアックサイン  作者: カラス
古代いろいろ
49/73

ユニゾン

 レストラン月光は、表の顔として、レストランと二階のギャンブルの場がある。

 裏の顔は、ゾディアックと呼ばれるマイたちが所属する組織の支部である。当然、地下のこの空間には、ゾディアックの機密資料がたんまりと詰め込まれている大切な場なのだが……。


「前よりもひどくなってないか?」


 泰吾の前に広がっていたのは、とてもそんな大仰な空間ではない。何の用途でプリントアウトされたのか分からない書類が壁さえも見えなくなるほど散乱し、机には大きなパソコンと様々な機材、天井から吊るされているモニターにいたっては、ところどころに傷があり、修理に出すべきではないだろうか。

 そんなとても快適とはいえないゾディアック支部に、彼女はいた。


「お待ちしてました」


 白珠羽月(しらたまはつき)。この支部を半私物化している張本人だ。

 机のパソコンから回転いすを回し、来客へと向かい合う看板娘。相変わらずの小柄で可愛らしい顔つき。水色のツインテール。あまり表情の変化が表に出ない内面だが、外装は大幅に変わっていた。ウサギのエプロンの代わりにサイズが合わない白衣、そして眼鏡。

 そして、常に頭にうさ耳のレプスを乗せているのは、姉と同じだった。


「羽月……ちゃん?」

「はい。お久しぶりです」

 

 羽月は椅子から立ち、二人の前に歩む。


「お呼びたてしてごめんなさい」

「いや、俺たちが勝手に来ただけだし……ていうか、前回と散かりようが比べものにならないんだが」

「当然です」


 羽月はレプスを外し、泰吾の全面に押し出した。


「オーパーツは素晴らしいです! これまでもお姉ちゃんからレプスを借りて研究したことはあったのですが、自らがエンシェントになるとその理解度が違います! いくら分析しても分析したりないです! 未知の元素で構成されているとしか思えない構造、このロマンの塊が目の前にあったのに、どうして私は気がつかなかったのでしょう? それに、このレプスだけに限っても、これは古代の月からの贈り物という伝説があるのですが……」

「羽月ちゃん、ストップストップ」


 泰吾が何とか羽月を宥めると、羽月はおとなしく引き下がった。


「つまり、これ全部レプス一つだけの資料ってこと?」


 マイが傍らに落ちていた書類を拾って尋ねた。覗いてみると、様々な数式や日本語なのか疑わしくなる単語が並んでおり、ちんぷんかんぷんという感想が出た。

 羽月は頷き、


「これほどのデータがあれば、うまくいけば私にもオーパーツレベルのものが作れるかもしれません。そう考えると、少しワクワクします……あ、そうだ、逸夏さん」


 何かを思い出したように、羽月はポンと手を打つ。パソコンをカタカタと操作し、


「お願いなんですけど、この部屋の隣に、エンシェントの実験室があります。そこに移動しませんか?」

「実験室?」

「少し調べたいものがありまして」

 

 隣と言っても、本当に支部から目と鼻の先にあった小さな部屋だった。真っ白な壁に覆われており、防音機能はもちろん、簡単なエンシェントの攻撃くらいならびくともしないそうだ。


「まずこれを着けてください」


 羽月はそう言って、泰吾に何かを渡した。


「これは……?」


 灰色の腕輪、だろうか。幾何学的な模様が少し走っていることを除けば、飾り気が一切ないシンプルなものだ。それを腕にはめるが、少し引き締まっただけで、外そうと思えば簡単に外せた。


「オーパーツの測定器です。泰吾さんのイニシャルフィストについて少し調べものがしたいのです」

「調べもの?」

「はい。前回私を助けたときのことですが」

「なんだ?」

「私をエンシェントにしたとき、逸夏さんの姿もレプスみたいになっていましたよね」

「ああ……」


 羽月が使っていたものよりは、彼女の姉の白珠美月(しらたまみつき)のものに近しい姿だったが。


「猿飛さんにも確認して、逸夏さんは過去にもハウリングエッジ、雅風の姿になったことも分かっています」

「なったな」

「なったわね」

「これは私の興味だけでなく、逸夏さんのオーパーツの理解をするために必要なものだと思います。それでは、今ここで変身してもらえますか?」

「……あれ痛いからそんなに簡単に言ってほしくないんだがな」


 泰吾は渋々頷き、胸に手を当てる。


 すると、彼の心臓から白いパーツが突き出す。血流を変えるほどの大きさの無機物が、心臓を中心に泰吾の体内を侵食していく。


 実験室の白よりも白い光から、白いマフラーが現れる。それを合図に、光が切り裂かれ、白い鎧とガントレットを身に着けた逸夏泰吾が現れた。


「それでは、まずあの時の姿、レプスでもハウリングエッジでも構いません。どうやったらなれるのですか?」


 すでにレプスの着物姿になっている羽月。翡翠色の帷子に、手にあるのは肌色の杵。うさ耳と尻尾が、ウサギらしさを残している。彼女も、他のエンシェントが必要のだと感づいているのか。


「どうって、今までは……手を出して」


 泰吾の指示に従い、羽月は手を出す。それをポンと叩くと、翡翠の風とともに、泰吾の姿がディーラースーツへと変わる。


「こうやって手を叩けばなるよ」

「うっそ‼」


 しかし、それを否定したがるマイ。


「アキラスとの時、あたしに何十秒も首触ってたじゃない!」


 なにを恥ずかしがっているのか、自分の首元を抑えながら訴えるマイ。


「ああ、確かに最初はそうだったな……でもあのあと空とやったときはタッチでできたからな……イニシャルフィストの能力は場数で強化されるのか?」

「そう仮説してもいいでしょう。では、今からハウリングエッジになってみてください。あ、マイさんは変身しなくていいです」

「いいの?」

「単独でできるかどうか試したいです」


 羽月が十分に泰吾から離れたところで、泰吾はハウリングエッジを纏った自分の姿をイメージする。だが、炎に身を変えさせる結果にはならず、相変わらずレプスのディーラー服のままだった。


「なるほど。つまり、他のエンシェントに触れれば、その姿をコピーできるわけですね」

「なら、敵にタッチして、そのまま敵の能力をコピーできるってことじゃない。すごい便利ね」

「つまり、ハッケイをうまく使えたりすれば、相手に合わせて能力を変更できるということか?」

「可能性はあります。恐ろしい能力ですね」

「っていうか、猿真似じゃないの」

「まあ、まだ確証はないけどな。まだこの能力を使ったことがないエクウスや猿飛にも試してみないと」

「エクウスはともかく、明日香は協力してくれないわよきっと」

「エクウスさんも、気に入らないことはとことん関わりませんからどうなんでしょう……?」


 つまり、当てがない。できることなら空にも試してサンプル数を増やしたいところだが、今の彼女は実験はもとより口すら利いてくれないのではないか。


「あと、ついでにマイさんのオーパーツをお借りしたいのですが」

「ハウリングエッジを? まあいいけど」


 きょとんとしながら、マイは羽月に剣のキーホルダーを渡す。

 金色のこの剣こそが、マイが持つオーパーツ、ハウリングエッジ。炎の犬を複数従えて一斉に敵に襲い掛かる恐ろしい代物だが、待機状態の今であれば、店の商品に混じったとしても違和感はない。

 羽月はそれを受け取り、実験室に備え付けられたパソコンのもとへ急ぐ。近くの機材にハウリングエッジを通し、


「……やっぱり」

「どうしたの?」

「半年前にハウリングエッジを精査したときより、ほんの少しだけパワーが落ちています」

「えっ?」


 マイの後を追って、泰吾も急ぐ。彼女の頭越しにモニターを確認してみると、ほぼ一直線の折れ線グラフが表示されていた。


「……半年前と差なんてないぞ?」


 今年六月と、去年十二月のところ。二つを並べてみても、同じ高度を維持しているようにしか見えない。しかし、羽月は首を振り、エンターキーを押す。

 すると、折れ線グラフに吹き出しが挿入され、より明確な数字が判明する。


「……あれ?」

「そう、ごくわずかながら、数値が下がっています」


 羽月が頷いた。たしかに数字のずれが生じているが、誤差の範囲内だと笑っても済まされそうな微々たるものだ。


「レプスにも同じ症状がありました。エンシェントの消耗か逸夏さんの影響かはまだ分かりませんが、留意はしておいてください」

「うーん、これくらいならまだ大丈夫だとは思うし、多分対策のしようもないと思うわよ」

「万が一のためです。あと、」


 羽月はもう一度泰吾に向き直る。


「逸夏さんのこの能力は、エンシェントの一能力とは区別するべきだと私は考えていますが、名前はなにかありますか?」

「ない」

「それでしたら、私が命名します。他者の能力を自分のものと融合させるイニシャルフィストの能力を、『ユニゾン』と名付けたいと思います」


 ユニゾン。

 泰吾は、レプスの白い手袋をした右手を見下ろす。そして、


「悪くない名前だ」

第一章からあったくせに、今更名前が決まる能力……

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