退屈な報告会
第三章入ります!
予定では日常編多めのつもりです!
そして章タイトルは後からつけることにしました
「それじゃ、今日も退屈な報告会を始めましょうか」
猿飛明日香は、そう言って切り出した。
六月に突入し、若干太陽が恋しくなる時間が増える季節。曇天の空に別れを告げ、狭い世界平和部部室に入った逸夏泰吾は、静かにぐるりと室内を見渡した。
この部室にお世話になり始めてから、もう一か月近くになる。
相変わらず明日香が座る最奥の本棚は一度も手を触れられた形跡がなく、右側の壁には様々な古代遺跡の発掘事項について記載されている。この部活にどのように貢献されているのかは全く分からないが、青いポニーテールを揺らす明日香にはそれが理解できているのだろうか。
奥から伸びる長机には、自分が、その前には赤いツーサイドアップの髪の少女がいた。
明日香とは対照的に男性を引き付ける素晴らしい体系だったが、寝不足と不機嫌そうな顔がすべてを台無しにしていた。
「退屈でも念のためにやるんでしょうが」
「そうはいってもね。ゴーレム出てないんでしょ」
「それはそれ、これはこれ。形式上でもリーダーなら責務は果たしなさいよ」
さすがは一国の姫。マイ・エスカは今日も全く物怖じしない。
明日香はマイの小言を無視し、手元の書類に目を落とす。
「えっと……ゾディアックからは……あら。体重増え過ぎお姫さま」
「これからあんたの言う言葉全て否定しましょうか?」
「ダイエットも兼ねて北海道に行って来たら? 新しい遺跡調査があるみたいよ。行ってきなさいよ」
「あんたわざと言ってるでしょ。ケンカなら買うわよ」
「あら。北海道に人員を割いてほしいって辞令が来てるのは本当よ。支部長がどうせ行くんでしょうけど」
明日香は敵意むき出しのマイの挑発を聞かず、書類を整え、狭い部室を一望。
秘密結社のゾディアックたる組織が、秘密裏の行動をカモフラージュするために作られたこの部活だが、はたから見れば単に集まってしゃべっているだけの部活にしか映らない。長らく維持できていたのが不思議なくらいだ、と泰吾は呟いた。
「……別に問題はないけど、今日は睦城さんは休みかしら?」
「今日は木曜日だ」
「ああ、部活ね」
泰吾の言葉に理解を示し、明日香は「それじゃ、今日はもう終わりよ」とさっさと退散した。その間、こちらを一瞥することもなかった彼女も、この頃の定期集会の意義を感じなくなっているのだろう。
「なによアイツ! あたしたちの重要性理解しているのかしら⁉ あたしたちはエンシェントよエンシェント! テレビの中のスーパーヒーロー同等なのよ!」
「自分で言うな。恥ずかしくなる」
「ったく、ちょっと弛んでるんじゃないのあいつ。羽月ちゃんたちの事件からはや二週間になろうとしてるけど、いくらあれからゴーレムのゴの字も出ないからって、あたしたちのことおざなりにし過ぎじゃないの⁉」
マイが口にした二週間前。
それは、レストラン月光の看板娘で、マイや明日香、この場にいない睦城空の友人、白珠羽月が誘拐された事件のことだ。
犯人はただの誘拐犯ではなく、絶え間なくこの世界を脅かす災厄、ゴーレムを操る者たちの仕業だった。泰吾にとって因縁の場を自分色の異界に変え、泰吾の腕に穴を開けた。
泰吾の起点により、羽月を彼らと同質のオーパーツを扱う存在、エンシェントにすることで事なきを得たが、その代償は、年端もいかない少女を怪物との戦いに投じさせるというものだった。
「まあ、そう言うな。それにしても、お前たちは本当に仲が悪いな。旧知の仲なんだろう?」
「昔国賓としてあいつの家族が何度か招かれたことがあるから、その縁があるだけよ」
「……国賓?」
「あら? 空ちゃんから聞いてない?竺製鉄って知ってるでしょ? 明日香はそこの社長令嬢」
「……はあああああ⁉」
いつぶりかの大声に、マイは耳を塞いだ。
「ちょっと! いきなり大声出さないでよ!」
「竺製鉄って、あの竺製鉄か⁉」
竺製鉄といえば、日本でその名を知らぬ者はいない。日本が誇る巨大製鉄企業で、海外にも大きなシェアを誇っている。だが、製鉄オンリーというのは昔の話で、今は機械工学や薬品開発など、様々な分野に手を広げているという。
間違いなく、レクトリア王国のような小国にとって、大きな利益になる企業だ。政府が腰を上げてでも貿易をしたいのは当然だろう。
「でも、仲が悪いのはまずくないか?」
「平気よ。あいつも公私混同しないから。それより、時間もだいぶ余っちゃったわね」
マイが時計を見上げながら呟いた。確かに、三時四十五分に帰宅するのは、時間が余り過ぎる。
「月光に寄ってもいいけど、まだ羽月ちゃんも手開かない時間よね、これ」
「そうなのか?」
「羽月ちゃんは三年生よ。学校だって六時間だし、あの子帰ってもまず宿題終わらせてからじゃないと出てこないのよ」
「前から思うことだけど、お前本当に外国人か? 日本に精通しすぎだろう」
「レクトリア王国は、日本を模範にしているの。だから学校制度だって日本のものにしているし、生活リズムも可能な限り真似しているわよ」
「ふーん。……あ、そうだ」
泰吾は何かを思い出し、鞄を漁る。何事かと怪しい目をしたマイの机に置いたのは、
「これって、放っておいていいの?」
博物館のチケットだった。
『失われた人類の叡智』と銘打たれた特別展が、上野の博物館で行われるというものだった。泰吾も幼いころよく行った博物館だが、最後に訪れたのは、もう何年も前になる。
「俺の姉が仕事先でもらってきたものなんだが、こういうオーパーツに俺たちは注意しなくていいのか?」
泰吾は、チケットの『三十点にも渡るオーパーツを展示』とある文句を指差した。
当たり前だ。
泰吾の体内に眠るイニシャルフィスト。
マイが所有するハウリングエッジ。
いずれも、太古の時代から残ったオーパーツだ。
泰吾は、この四月からの二か月間、オーパーツを巻き込んだ戦いに巻き込まれてきた。学校が異界に変わり、渋谷に怪物が出現し、幼い子供の運命さえも変えてしまった。
そして、巻き込まれたのと同じように、自らその厄介ごとに飛び込んでいる。
オーパーツを戦う力として使うもの、エンシェントとして。
「また異界になったりしたら、お前たちの組織の面目丸つぶれだろう?」
「そこまで心配してくれるならいっそゾディアックに所属してくれればいいのに……あんたとエクウスはいつになったら入ってくれるんだか」
「悪いな。ググっても出てこないのは少し怖い」
「まあ、裏組織だしね。んで、この展示だけど、多分問題ないわよ」
「大丈夫か?」
「大丈夫というより、あんた何か勘違いしてるわよ」
「勘違い?」
マイは頷き、部室のホワイトボードの前に立つ。
なぜ携帯しているのか、伊達メガネを装備し、まるで知識人のように腕を組む。
「あたしたちがエンシェントとして使っている、オーパーツ」
すでに意味など忘れ去られた「オーパーツ」という文字を指でつつく。
「これは、古代から残ったもので、あたしたちにエンシェントの力を与えるトンデモ兵器。人体をある程度作り替えてしまう、神様への冒涜にも等しいわ」
「ああ」
「でも、普通の、本来のオーパーツっていうのはそういう意味じゃないの」
マイはさして重要でもない記述を消去し、「普通のオーパーツ」と書いた。
「空ちゃんも説明したと思うけど、オーパーツの一般の意味は、時代や場所がそぐわない出土品。例えば、遺跡の中からパソコンなんかが出てきたら不思議でしょ?」
「ああ」
「そういう、滅多にない、地質学、歴史学、その他もろもろの学問上出てくるはずのないものをオーパーツっていうの。これは、その類のものね」
「だが、万が一ということはないか? 俺たちが使うようなオーパーツが混じっていたり……」
「可能性は否定しないけど、この博物館……上野ね。なら問題ないわ。ゾディアックの研究員だってこの中にいるはずだし、そもそも著名な博物館なら、何度も精査を受けているはずよ。ゾディアックの機関だって見過ごすはずがないわ」
自信満々に宣言したマイ。彼女の言葉を信じないわけではないが、一抹の不安は拭えない。
「そんなに心配なら、見に行けばいいじゃない」
「俺が行っても、オーパーツの危険性なんて感知できないぞ」
マイのオーパーツ、ハウリングエッジは、近くにあるエンシェントと関連あるオーパーツを察知できる。しかし、マイはにこやかに首を振った。
「大丈夫よ。個体差はあっても、エンシェントなら近づけばなんとなく感知できるから。それに、オーパーツの知識を仕入れるのだってわるくないことよ。まだ展示期間はあるみたいだし」
「そうだな……爺ちゃんでも連れていくか。さて、」
泰吾のうやむやもすっきりしたところで、改めて今日の予定を組むこととする。マイも一緒に頭を動かすが、先に泰吾がアイデアを出した。
「今からのことだが……空の様子でも見に行くか?」
唐突に、その案が頭に浮かんだ。彼女が弓道部だということは知っていたが、実際にその活躍を目にしたことはない。
「空ちゃんか。いいわね、まあお邪魔しない程度に」
「弓道場は、確か体育館の裏側だったな」
「ええ。やっぱりこの学校部活に力入れてるわね~。キラキラネームで何やってんだか分んない部活なんてウチくらいよ」
「そのキラキラネームに復学して即入部した俺の立場がないな」
泰吾は若干自虐気味に笑った。それを顧みないマイは、学生カバンを持ち上げ、
「んじゃま、善は急げ。可愛い後輩が元気な姿を拝みに行くとしましょうか」
泰吾を引っ張り、部室を出た。ちなみに泰吾が注意するまで、鍵のことを忘れていた。
果たして今年中に終わるかな……できなくても来年一月には終わらせたいな……




