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ゾディアックサイン  作者: カラス
月の夜空
40/73

毒蛇の睨み

今日の予定が中断になったので、明日分の書き溜めを投稿します。

明日の分は……今から書きます

 それは、まだスタジアムが異形の城に変わる前のこと。


 偵察に志願した。

 それは、空が自分の得意分野だと思ったからだ。

 泰吾とマイが止めようとしていたが、明日香に説得させて、この廃墟を歩くことを許された。

 結果、空がこの廃墟を一足先に堪能できる時間はわずか十分に限られていた。


「来たはいいけど、すごい不気味……」


 空は使われなくなった客席を一望しながら呟く。客席は立ち入り禁止になっており、改めて設置された手すりが侵入を拒んでいる。この場所をゴーレムの脅威への戒めとして残しておくためのものだ。


「罠なんてどこにもない……大丈夫なのかな……」


 ルヘイスもナラクも油断ができない相手だ。場所に加えて時間まで指定した二人だ。罠もなにもないはずがない。警戒しながら探索を続けるが、無意味だろううか。


「いっそもう羽月ちゃんを探しちゃおうかな……」


 時間は残り五分。雅風の機動能力なら、おそらく確認しきるのは不可能ではない。

 空はそうすることに決めて、笛を取り出すと、


「よお……」


 突然の男の声に固まった。

 それは、蛇に睨まれた蛙とまったく同じ理由だった。


「あああ……せっかく来たんだ。遊んで行けよ……」


 カランカランと鉄くずが地面を転がる。

 足元に触れたそれは、鉄棒だった。

 おそるおそる振り返れば、

 彼が鉄棒を片手に歩いていた。

 空は恐るべきそのものの名前を口にする。


「独皮……極哉……!」


 服がなく、蛇の入れ墨で裸体を隠すものがそこにいた。


「ハハハハハ!」


 笑い声を上げながら、極哉はこちらに走り出した。


「ハアァ!」


 極哉の鉄棒を避け、その体に鉄拳を打ち込む。幼い頃より鍛えられた肉体が極悪人を揺るがすが、


「おお……はハハハハハ」


 極哉は、まるで痛みを喜びとしているかのように歓声を上げる。

 空にとって、これは驚いた。彼女の拳は、間違いなく心臓近くに命中した。今の拳は、心臓部に命中すれば全身に痛みを広げる技だというのに。


「いいぜ……もっと遊ぼうぜ!」


 驚きに動きを取られ、空の防御が出遅れる。鉄棒が空の脇腹を打撃、鈍い音がした。


「かはっ……!」


 痛みで一瞬意識が薄れる。

 極哉の容赦が一切ない暴力。それは、華奢な空には重すぎる。床を転がり、壁に打ちつけられる。


「はっはっは……」


 鉄棒を適当に振りながら、極哉は近づいてる。

 空は恐怖する自分を奮い立たせ、立ち上がった。

 そして、雅風を吹く。


「……あ?」


 雅風の風の音色は、どうやら極哉には不評らしい。顔をしかめて不快感を示している。

 緑の風が疾風となり、天井を貫く竜巻となる。

 それが切り破れると、雅風の鎧と翼を身につけた空が宙から極哉を見下ろしていた。

 

「はは……」


 極哉は不敵に笑う。空が彼もまたエンシェントになるだろうと警戒していると、


「らああああああああ!」

「⁉︎」


 極哉は、空の予想に反し、生身のまま向かって来た。


「えっ⁉︎ エンシェントにならないの⁉︎」

「オラァ!」


 極哉が投影した鉄棒。それはキリキリと回転しながら、空の右翼を突き刺した。


「あがぁ!」


 エンシェントの装備は、神経と繋がっている。その事実を知らしめる痛みが空の高度を下げていく。


「らああ!」


 さらに、そこへ極哉の追撃。生身のジャンプで、空の右足首を掴もうとする。


「っ!」


 エンシェントになっていない、ただの人間にエンシェントの自分が恐怖を覚えた。それが嘘なら、自分が弓で極哉を切り払った理由がない。

 

「ぐぉ……おお……」


 頭から落ちた極哉。頭からの流血にも関わらず、彼の焦点は空にしか向いていない。血にまみれた右目は、白目部分が赤くなっていた。


「ハハハハハ! いいぜ……」


 極哉は自らの胸元を掴んだ。それも、誰もができる、軽い掴み方ではない。蛇の入れ墨から彼の血が滲み出る力量で、見ているこちらが痛々しいほどだ。

 あまりにも惨たらしい出血量に、空は直視できなかった。


「もっと、もっと遊ぼうぜえええええ!」


 極哉の傷から、紫の光が溢れ出す。それは蛇を形作りながら、極哉の入れ墨に命を与える。

 髪が逆立ち、犬歯が鋭くなる。


「ハハハハハ、ハハハハハァ!」


 光の蛇の口から牙を抜き取り、その蛇は消滅。完成した独皮極哉というエンシェントは、雅風のエンシェントを獲物とにらみ、


「遊ぼうぜえええええええ!」


 自らをエンシェントの戦いに投じた。




 たとえスタジアムが異形の空間になったとしても、極哉の闘争本能はおさまらなかった。スタジアムにはなかった狭い壁を上手く利用しながら、浮遊している空まで追いつこうとする彼の執念は、空にただならぬ恐怖を与える。


「なんで、なんで諦めないの……⁉︎」


 空は驚いていた。この場所が変質するまでは、こちらの矢と敵の毒液を撃ち合うオーソドックスな戦いだった。が、空間が変わり、狭い城のような要塞が舞台になれば極哉は一転。壁伝いに空へ接近して牙で斬りつける戦法に切り替えている。


「どうして? わざわざ接近するなんて、私に狙われるリスクだってあるのに」


 極哉の牙を弓で受け止めながら空は疑問を口にした。極哉は「あぁ?」と気怠そうに首を傾げ、


「こっちのほうが面白いからに決まってるだろ」

「おも……しろい?」

「ははは!」


 極哉の蹴りが空の腹に入る。壁に打ち付けられた空に、極哉が語った。


「ルヘイスのやつの企みなんざ知るか。俺はただ殺しがしたい。だがただ殺すだけだと面白くない」


 極哉は毒がたっぷり塗られた牙をなめる。


「命が潰える、その瞬間を肌で感じたい……! 遠くからではない、この手が、俺の筋肉の動きが、そいつの命を奪う、その瞬間がたまらなくてたまらなく好きなのさ……!」

「……え……」

「だから俺はこの手で殺す。力を入れて、ふとピタッと相手の力が抜ける。その瞬間のために、俺はお前を壊したいいいいい!」


 極哉の叫び。空が顔を青くすると同時に、二人の周囲に人型ゴーレムが現れる。ゴーレム共通の黄緑の体を包む土器が特徴だ。


「危ない!」


 空は慌てて羽ばたく。人型ゴーレムの裏拳が空の頭があったところを貫いていた。


「あれって、確か量産型のゴーレム……? どうしてこんなに? それにこの数は……」


 まるで蟻のように群がる人型ゴーレムに、空は決して地に降りてはならないと感じた。


「ハハハハハ!」


 すると、先ほどと負けず劣らずの極哉の声がした。

 彼の方を見下ろすと、極哉は群がる人型ゴーレムにさえ牙を突き立て、その息の根を止めていた。


「楽しいぜ! 殺しができるってのはなあ!」


 半径一メートルの人型ゴーレムを狩り尽くした極哉は、再び空に狙いを定めた。


「こっち⁉︎ 来ないで!」


 空は牽制のつもりで数発彼に向かって射る。数は三本。

 両側の人型ゴーレムと、

 極哉の胸に命中した。


「ハハハハハ!」


 痛みはあったはずだ。現に、二体の人型ゴーレムは息絶えている。それなのに、極哉は止まることを知らない。

 邪魔な人型ゴーレムを切り裂きながら、


「おいい、遊ぼうぜええええ!」


 こちらのみを凝視している。


「なに、どうして……? 痛くないの……?」


 空は、空中で後ずさりし始める。


「どうして、私を見ているの……?」

「お前はムカついた、お前を殺したい!」


 極哉の目は、人間の光を帯びてはいなかった。


「それで、充分だろ?」

「……!」


 彼の顔を見た瞬間、空の全身を走る戦慄。それは、これまでのなにものも追いつけない、恐怖を感じさせた。

 人型ゴーレムを嬲り殺しながらぐんぐん近づく極哉。


「うっ……」


 空の目に涙が浮かぶ。


「うわあああああ!」


 泣き叫びながら、空は矢を滅茶滅茶に連射した。


「いや、来ないで、来ないでええええええええええええええええ!」

「ハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハ!」


 人型ゴーレムが無音の悲鳴を上げ、その身を粉々にされる。

 たとえ人型ゴーレムがいなくなったとしても、正気を失った空の矢が止むことはない。

 ただ一人、極哉だけが、矢の雨の中で笑っていた。

空はまだ高校生です。こんな奴相手にしたら当然発狂します

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