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ゾディアックサイン  作者: カラス
月の夜空
39/73

子ウサギを取り戻せ

今回から第二章の山場に入ります!

色々盛り込んでいる気がしないでもない

 その日は満月。

 泰吾は、過去の解けぬ因縁の場を前に全身を震わした。


「泰吾、あんた平気?」

「ああ、問題ない」


 マイの気遣いを抑え、泰吾は肘を撫でる。


 目の前には、かつては国を挙げたプロジェクトのための競技場が、見るも無残な形で彼らを見つめていた。

 臨海競技場。泰吾が幼少のころ、この人工島に建設された多目的スタジアム。競技だけでなく、ライブやお祭りの会場にもなった。

 そして今は、オルターズライブ跡地という名前になっていた。

 

「まさか、この場所が指定されるなんてな……敵もいい趣味してる」


 数週間前に空を連れて来て以来だ。その空は今、泰吾たちとは別行動となっている。


「ほんとにごめんね。あたしが羽月ちゃんを一人にしたせいで……」

「マイちゃんのせいじゃないわよ」


 美月がマイの肩を抱く。


「この前の鬼ゴーレムの元凶が相手だったんでしょ。せめてあなたが無事だったことを喜ぶところよ」


 口ではそういうが、羽月の報せを受けた直後、狂ったように発狂した美月を泰吾は運悪く目撃してしまっている。きっと彼女は、今すぐにでも会場跡に突入したいことだろう。


「で? どうすんだ?」


 すでにクラウンのコートを身に纏っているエクウス。険しい顔つきで、じっとスタジアムを睨みつけていた。


「羽月が捕まってんだろ? だったらとっとと行こうぜ」


 月光で寝起きしている身だ。美月を除いて、当然羽月といる時間が長い。彼も彼なりに羽月が心配なのだろうか。

 だが、そんな彼の勢いを殺すものもいるが。


「止しなさい、単細胞穀潰しさん。敵はこっちに招待状を出しているのよ。罠を考慮しなさい」

「うるせえな。どうせ遅かれ早かれ罠は踏まなきゃいけねえんだろ。どうするかなんざ、動きながらかんがえりゃいいだろうが」

「そういう軽率な判断は単独行動のときにしてほしいわね。団体で動くときは、そのせいでこっちにも被害がでるの。迷惑になるから遠慮願えないかしら」

「なら構わねえ。俺一人で行ってやる。てめえらはそこで指咥えて待ってろ」

「そうもいかないわね。貴方の馬鹿げた行動のせいで羽月ちゃんが危ないかもしれない。悪いけど、貴方の選択肢は、私に従うか引き返すかよ」


 やはり明日香とエクウスは相性が悪いらしい。エクウスは「ケッ!」とそっぽを向いて従うらしいが、彼女の指示を素直に聞くだろうか。


「それにしても、空も遅いな……十分したら戻ってくるんだろう?」


 泰吾がもうすぐ六時を刻む時計台を見上げて唇を噛む。罠の確認のために空を偵察に向かわせて、すでに二十分が過ぎている。生真面目な彼女が時間にルーズだとは考えにくい。


「明日香、あたしもエクウスに賛成。もう待っていられないわ」


 マイの進言をイライラしながら、明日香は首を振った。


「睦月さんの実力なら、罠も掻い潜れるはずよ。もう少し彼女を信用しなさい。美月さんも、」

「お姉ちゃん……」


 明日香の言葉を遮る美月の個性。それが、いつもと違って自分を抑えるために思えたのは、彼女が震えていたからだ。


「お姉ちゃんて、呼んで……」

「……一番羽月さんを助けたいのは誰なのか、よく考えなさい。そしてなぜ当人が私の指示に従っているのかも……」


 そのとき、鐘が鳴る。長針が六時の時を刻んだのだ。

 その瞬間、人工島が揺れ出した。


「な、なに⁉︎ 地震⁉︎」


 それが地震と呼ぶべきなのは間違いないだろう。ただ、その揺れ幅があまりにも大きく、生身のエンシェントたちが直立を許されなくなるが。


「こいつが日本の地震か? なかなこ激しいな」

「いや、日本の地震こんなに強くない!」


 美月の悲鳴。確かに日本の地震らしくはない。

 泰吾は揺れる視界の中、異変を目撃する。


「おい、あれを見ろ!」


 泰吾の声に、仲間たちが彼の指を追う。そこにあった、コロッセオをモチーフにしたスタジアム。

 その姿が、みるみるうちに黒く変色していた。それはどんどん形を変え、やがて高くそびえる城のようになっていく。それは、まるで中世の城。この場所が沿岸部にあるのも相まって、まるでおとぎ話の悪魔城のようだ。


「あれって、この前のやつと同じ……」

「ゴーレムの結界……?」


 マイのつぶやきはほぼ間違いなく正しい。最悪、とつぶやく前に、美月がすでに駆け出していた。


「美月さん! 落ち着いて!」


 明日香が止めようとするも、もう遅い。妹の危機を感づいた彼女は、レプスを発揮させて形成中の城へ飛び込んでいった。後を追おうとする明日香の壁になるように、無数の人型ゴーレムが立ちふさがる。以前の鬼ゴーレムの時大勢いた小鬼ににた形だ。角がない、人型のもの。


「なんてこと……まだどうするべきか全く考えれていなかったのに……」

「考えている暇なんてねえんだよ! 宝探しは即決あるのみ! 後悔はあとですればいい!」


 エクウスも飛び出す。銃を連射し、サーベルを振るいながら人型ゴーレムを薙ぎ払う。


「エスカ! 俺たちも行くぞ!」


 泰吾もマイにヘルメットを投げ渡しながら、バイクにまたがる。マイはヘルメットをかぶると即泰吾の後ろに腰を下ろす。

 泰吾はアクセルグリップを握り、エンジンを噴かす。邪魔な壁の人型ゴーレムを轢きながら、ぐんぐんとスタジアムへ急ぐ。


 背後で「だから私の言うことを聞きなさい!」と無数の人型ゴーレムを押し付ける明日香を残して。




 城門を撥ね飛ばし、エントランスに到着した泰吾とマイ。

 本来この位置には球場までの広間があったが、そのときと比べて明らかに広くなっている。ゴーレムの結界は、物理法則すら歪めるのだろうか。


「前回とは違う。今度はこのままバイクで行くぞ」

「オッケー!」


 マイはとうにハウリングエッジの姿になり、よせ来る敵を斬り捨てている。さらに、炎の犬たちも独自で人型ゴーレムを食い殺している。


「美月さんとエクウス、一体どこまで進んだんだか……」


 階段を乗り上げ、通路に五分ほどバイクを走らせたが、先走った二人の姿はどこにもない。狭い廊下は、人型ゴーレムが五体並べば埋まってしまうほどで、マイが露払いをしてくれなければとても通れなかっただろう。


「まさか追い抜いたか? それとも別のところか……」

「別のところね……ていうか、」

「なんだ?」

「ヘルメット外していい?」

「いいけど、落とすなよ。拾うの大変なんだから」

「今度新しいの買ってあげるわよ。じゃあ取るわよ!」


 マイは泰吾の了承も待たずに、ヘルメットを脱ぎ捨てた。泰吾が嘆きの声を心にしまい、マイの挙動に気を払う。


「……美月さんはこの欄の上。エクウスは別の欄ね。空ちゃんは……少し離れててはっきりいとは分からないわ」

「美月さんも心配だけど、空も不安だな……エクウスは……まあ大丈夫だろう。エスカ、俺たち二手に分かれないか?」

「いいけど、あんた居場所分かるの?」


 マイの疑問に、泰吾は頷いた。




「羽月!」


 とうとう羽月を見つけた。美月は歓喜の声を上げながら、彼女のもとに駆け付ける。

 ここが城だというのなら、ここは王室ということになるのだろうか。全体的に広いデザインになり、奧には低い階段、そのさらに奥にはなにかの玉座がとん挫している。

 その玉座に、昨日のままの服を着た羽月がいた。


「羽月! 大丈夫!?」


 美月は思い切り羽月に抱き着いた。しかし、顔をしかめる。


「あれ……いつものふわふわがない……羽月?」


 美月が改めて羽月の姿を見てみれば、明らかに愛する妹の様子がおかしい。


「羽月!? 羽月!?」


 強く肩を揺らすも、目に光のない羽月にはまったく効果がない。


「そんな……どうしたの、羽月……」

「今の彼女は目覚めませんよ、Ms」


 突然の知らぬ男性の声。美月は羽月を抱え、その場から飛び退き、広間まで後退する。


「おやおや、そうそう警戒せずとも。まさか一時間弱でこの場に来るとは。it is surprised」

 

 常にノートパソコンを手放さないロングコートの男。彼がルヘイスか。


「この結界は結構広く作ったつもりだったのですが。Have you enjoyed?」

「ええ、たっぷりとね……」


 初対面の敵に対し、警戒を崩さない美月。


「あなたのエンシェントはずいぶんとふざけた姿ですが、果たしてどれほどのお力を備えているのか」

「試してみたい? いつでもウェルカムよ」


 美月はステッキをルヘイスに向ける。


「ごめんね。私いま本気で怒っているから、怪我じゃ済ましてあげられないかも」

「いいですね。まあ、私は争いは苦手なので、あなたの力量はこの方にお願いしましょう」

「この方?」


 ルヘイスが不気味な笑みとともに、指を鳴らした。乾いた音が広間に響き、


「あなたの相手は……可愛い妹さんですよ」

「!」


 その瞬間、腹に衝撃。それが羽月の蹴りだと理解するのは、なかなか難しかった。


「羽月……どうして……」


 彼女が決して出し得ない威力の蹴りは、エンシェントの口から血を吐かせるほどだった。血を拭った美月へ、ルヘイスの解説が入る。


「まさか人質になんの処置を施していないと? 私は色々なものをメモリーカードに納める能力があるので、それで妹さんの心をこちらのカードに入れただけです」


 ルヘイスは青白く光るカードを提示した。


「今の妹さんは、私の操り人形。エンシェントなみの身体能力を備えた、私の……」




「最高の矛であり、盾です」



「なっ……!」


 美月は言葉を失う。そうしている間にも、ルヘイスはどこから調達したのか、長い剣を羽月に投げ渡している。面倒な装飾が一切ない、簡単な持ち手と銀の刃だけのそれは、完全に相手を亡き者にするためだけもものだ。


「さあ、美しくも残酷な姉妹の殺し合いをお見せください」


 玉座に座ったルヘイスのその一言で、人形と呼ばれる羽月は、剣とともに、

 彼女が最も愛した姉へその刃を向けた。

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