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ゾディアックサイン  作者: カラス
月の夜空
38/73

奇術師再来

パソコンがインターネットにはつなげても壊れているからスマホからメール送信という二度手間

「ああっもう! 明日香なにやらかしてんのよ!」


不機嫌なマイは怒り心頭に叫んだ。


「なんなのあいつ? 今日のクレーム、全部あいつが原因じゃない! それなのに、どこ吹く風って態度! もう皿洗い専門にしなさいよ! 羽月ちゃん、あんなやつに遠慮することないわ」


マイはそう隣で腕いっぱいに食料を入れた紙袋を抱える羽月に訴える。


「そうは言っても、厨房は私と、ときどき空さんが来てくれれば大体上手く回りますし。あまり仕事がないかと」

「ならクビでいいわよ! お兄様に手伝わせれば人数は賄えるから! ただでさえエクウスの弁償に二ヶ月かかりそうだってのに、これ以上伸ばされてたまるもんですか」


三百万円という数字を無償で叩きだすために、ゾディアックのエンシェントのアルバイト代を全て返済に充てると、それだけの期間が必要となる。


「大体あいつはいつも非協力的なのよ! 陰口いうのは好きじゃないけど、もう少しは改めなさいよ!」


マイは両手の買い物袋を振り回す。中身が落ちないか羽月が不安でしかたがなさそうなのを無視し、憤怒の形相で引き続き道を続ける……


「見つけたぞ! ハウリングエッジ!」


踏切前で、そんな声が耳に入った。

忘れるはずもない、憎たらしいそれ。

点滅し始める踏切ライトに、彼はいた。


「あんたは……ナラク!」


鬼ゴーレムの事件の元凶、奇術師の姿をした男がコウモリのように逆さ吊りで彼女を見下ろしていた。

銀色の長髪と鋭く青い目。重力に逆らうように決して頭から離れることはなく、その定位置についている。

ナラクはマントを広げ、こちらへ落下。


「まずい!」


マイは羽月を突き飛ばし、ポケットに手を突っ込む。同時にナラクのステッキが彼女の体に触れる、

 その寸前で。


「火傷が怖けりゃ帰んなさい!」


 ハウリングエッジが光る。火柱が上がるとともに、近くにいた人々は異変に気付き、我先にと逃げ出した。


「せっかくの食材が台無しじゃない」


 火柱がその身を散らすとともに、赤い鎧を右手に装着したマイが、リンゴ大の黒い物体を見下ろしながら言った。


「覚悟はできてんでしょうね、ナラク」

「覚悟だと? それはこちらのセリフだ!」


 もう前回のような余裕を演じるのはやめたのか、ナラクは最初から大声だった。


「貴様たちに邪魔されたせいで、僕は組織の中でも若輩者の烙印を押されたんだ! この傷を見ろ!」


 ナラクはかぶっていたシルクハットを取り去る。すると、彼の顔が夕陽に晒される。


「⁉︎」


 マイは言葉を失った。物影の羽月に至っては顔を背けている。

 ナラクの右頬に走る、大きな穹窿。右目を貫き、額から首筋まで一直線に伸びている。まるで虫のような生々しいそれが、完治した後の傷跡だとわかったのは、マイの膝にも似たような傷跡があるからだ。


「僕の美しい顔にこんな醜い傷をつけるなんて……許さん!」

「あんた、そういうキャラだったの……?」

「死をもって償ってもらおう!」


 ナラクがステッキを振り上げ、マイに斬りつける。ハウリングエッジの赤い剣で受け止めた瞬間、その余波が平和な街を震撼させる。


「羽月ちゃん! 早く戻って、助けを呼んで来て!」

「は、はい!」


 羽月が走り去ったのを確認し、マイはそのまま斬り返す。ハウリングエッジの刃がナラクの黒いタキシードを引き裂くが、


「手応えなし……!」


 まるで虚空に降ったような反応が手に返ってきた。

 見事に上半身と下半身に分離したナラクの姿は、すぐさま白い煙とともに消え、それがまやかしのナラクなのだと理解する。


「姿なし……気配なし……」


 ナラクは自分の足止めを狙っていたわけではない。目を閉じ、ナラクの気配を探ろうとするが、


「無駄だ! 今の僕は、気配と音を完全にシャットダウンできる! お前には、もう打つ手はない!」


 ナラクの挑発。同時に、踏み切りの点滅機械が音を立てて倒れる。切り口から、ナラクがステッキで両断したのだろう。

 マイの恐怖を煽るために。


「確かにこれはまずいわね……」


 マイは諦めたように、ハウリングエッジを下ろす。

 姿はわからずとも、ナラクはきっと喜びながらマイにトドメを刺そうと接近してくるところだろう。


「正直これは無理ね、対抗策なんてないわ」





「あたし以外には……」




 マイは急に後ろ、右斜め上を斬った。

 何もないその空間だが、ハウリングエッジが何かに衝突し、一瞬だけ空間を燃やした。

 その後、そこから黒いナラクが転がり現れる。


「ぐあっ……!」


 あのタキシードとマントの防御力のおかげで、ナラクの体は両断されていない。しかし、立ち上がれないほどのダメージなのは、やはり予想外の不意打ちによるものだろう。


「なぜだっ……なぜ僕の居場所がわかった……!?」

「音なく、気配なく。なるほどね、あんたのオーパーツはそういう能力か」


 マイは静かにナラクを見下ろす。


「前回の鬼ゴーレムのときにもっと活用するべきだったわね。音もなければ、確かにゾディアックでもあんたに触れられるエンシェントはそうそういないわ」

「ならなぜ……!」

「音がなくて、見えなくてもね」


 マイは得意げに鼻に触れる。


「臭うのよ、あんたの卑怯者クサイ臭いが」

「嗅覚……だと……!?」


 こんな相手がいるのは、ナラクにも予想外だろう。マイはハウリングエッジの刃先を押し当てる。


「相手が悪かったわね。さて、大人しく捕まってもらおうかしら?」

「……断る!」


 突然ナラクは、押し当てられているハウリングエッジに向かって進みだした。マイが反応するよりもはやく、古代の剣に脳天を斬らせるナラク。

 だが、その場に血だまりが発生するまえに、彼の姿が煙へと消える。


「えっ!?」


 マジックショーさながらの脱出劇に、マイは嗅覚への意識を削ってしまう。背中への斬撃の痛みが、マイを危機的状況に陥れたことを理解させた。


「っ……!」


 吹き飛ばされる体を片手で抑え、バク転しながら着地する。


「許さん……許さんぞ!」


 メラメラと怒りの炎を燃やしているナラクに、マイは少し後ずさりをする。


「まだやるの……?」

「僕は! ……僕はっ!」


 ナラクは叫ぶ。


「もう、誰にも馬鹿にされたくないんだああああああ!」


 叫びながら、ナラクはステッキとともに襲い来る。マイが構えていると、


「もう充分です、ナラク」


 ひどく落ち着いた声とともに黒いツタが出現した。ナラクは驚いて動きを止める。それらはアスファルトを突き破り、ナラクの前で壁のように行く手を阻んでいる。

 蠢くそのツタは、しばらく留まることはなく、手の届く範囲のもの

 すぐにそれは地中に引きずり込まれ、地上に静寂が帰ってくるが、マイはもう落ち着いていられない。どこからの横槍か、周囲も警戒する。


「ルヘイス! 邪魔をするな!」

(ルヘイス……?)


 マイの記憶にある名前。苛立った様子のナラクも、声の主を探して天を仰ぐ。

 そのとき、マイの嗅覚が何かを感知した。


「上⁉︎」


 見上げると、マイの目に飛び込んできたのは夕焼けの空ではなく、


 今しがた消えたツタの先端。


「⁉︎」


 防御の必要性を察し、その行動を間に合わせることができたのは、エンシェントとして戦い続けている経験からだろう。

 ツタが無限に動きながら、マイを貫こうとする。エンシェントの肉体強化がなければどうなっていたか。


「おや、まあ避けますよね」


 そう言いながらナラクの隣に降り立つ影。季節感を外れた灰色のコートを着、手にはノートパソコンを保持している。


「ルヘイス……」

「very well, ナラク。よくやってくれましたね」


 ルヘイス。いつだったか、泰吾たちが報告してくれた新たな敵の名前だ。マイは一層警戒をつよめながら、ルヘイスの様子を伺う。

 ルヘイスはマイの姿を認めると、


「おや。あなたがナラクを止めたエンシェントですか」


 不気味な笑みを浮かべている。


「だったら、なんだと言うの?」

「いや、べつに大したことではありませんよ。ただ、ちょっとお茶にでもお誘いしたいと思いまして」

「どこをどう考えればいいお茶会ができると考えるのかしらね」

「なかなか口説きにくいですね、貴女も。まあ、きっと興味を持ちますよ」


 ルヘイスはそう言いながら、何かを取り出した。手帳サイズのそれがカードだとマイの視神経が認識した瞬間、彼女の背中に悪寒が走る。


「守ってくれる存在から離れてしまった子ウサギ。必死ですね」

「あんた……どういうこと? どうしてそこに……」


 マイはすがるように携帯電話を取り出し、呼び鈴を鳴らすが、全く反応はない。


「ご紹介が遅れました。私、ルヘイスと申します」


 芝居がかった手つきで会釈するルヘイス。彼はパソコンをカタカタ操作しながら続けた。


「なに、私の技術力は少々オーバーテクノロジーの粋だと自負しておりましてね。物質を電子データに変換できるのが得意なんです。それで、こちらのカードはお茶会に来ていただければ差し上げようとしているのですがいかがでしょう?」

「物質を電子データに? それで、羽月ちゃんをカードにしてしまったというの!?」


 ルヘイスの手にあるカード。そこには必死の表情で見えないガラスを叩く羽月の姿が。

 あれが羽月だとは限らない。たまたま電話に出られない、それだけの可能性だってある。

 だが、そんな淡い希望はいとも簡単に砕かれる。


「ああ、あと、こちらをどうぞ」


 ルヘイスがマイに投げ渡したもの。それは、彼女の手のひらで常に震えている。

 それは、ピンク色の今時珍しい折り畳み式の携帯電話。

 背面部分が独特に盛り上がっており、まるでウサギのように作られている。

 どこの会社製でもなく、すべてがその持ち主の手作りだと知っているマイは、もう何も考えられなかった。


「明日の……ああ、あなた方は学校なのでしたね。それでは明日の午後六時。ともにお茶会にいたしましょう。場所はそうですね……お台場の旧競技場。あなたのお仲間がよくご存知の場所でしょう? あそこでお仲間もご一緒に楽しいひと時を過ごすことにいたしましょう」


 マイが顔を上げると、もうすでにルヘイスもナラクもいなかった。


「そんな……羽月ちゃんが……」


 マイは、ウサギの携帯を強く握りしめることしかできなかった。

人がカードになるなんて当たり前な気がしてならない……

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