エンシェントのアルバイト
21部に「緑の翼」追加致しました!
なぜ最初から入れられなかったのかと……
接客業の方はトラウマ注意です
「こちら、デミグラスハンバーグになります」
泰吾は注文の品を机に乗せた。慣れないウエイター服だが、実際に着用してみるおなかなか着心地がいい。黒と白のツートンカラーの正装。高校を中退したあと、多くのアルバイトを経験したが、飲食店に勤めたことはあまりないので、少し新鮮だ。
「あざーす」と返した金髪の男に一礼し、急いでカウンターに戻る。
「空、次は?」
「このナポリタン、十五番テーブルにお願いします」
「よしきた! ……!」
いざ注文を届けようとする泰吾の前に、信じられない光景が飛び込んできた。なんと、店員のメイドと男性客が言い争っていた。
「どういう意味かしら……浪費家お客さま……?」
「おうおう、お客様へ随分な口ぶりじゃねえの? もう少しほら、腰を曲げてくれよ」
「汚らわしい手で触らないで。訴えるわよ」
明日香にここの仕事を手伝わせるのはやはり悪手だったか。
「どうしたの? 泰吾?」
「ああ、エスカ。これ十五番に頼む」
「え? ええええええ!?」
通りすがりのマイにお盆を押し付けて、泰吾は争いへ飛び込む。
なぜ泰吾、マイ、明日香の三人が月光の忙しい時間帯にアルバイトをしているのか。それは、先日のエクウスの借金地獄から始まる。
手持ちの宝石を以ってしても全額返済は不可能により、エクウスは三百万円全てを現金で弁償することになった。だが、この店で通常ペースで三百万円を作るには時間がかかるため、エンシェントを総動員して稼ぐことになったのだ。
マイが自宅から持ってきた即席のテーブルセットと柵で駐車場の一部をテラス席にしたり、出前サービスを始めたり。泰吾たちエンシェントのアルバイト代は、全てエクウスのために消えていった。
幸い極哉の厳戒体制が解かれたばかりで、蒸し返しのように大勢が外食に訪れているので、目標値はそれほど遠くない。
このように、
「ああ、申し訳ございません、お客様! おい猿飛、お前も謝れ」
「なぜ私が謝るの? 私はセクハラされた被害者よ。どうして私が女の威厳を傷つけられた上に謝らなければならないのかしら?」
全く悪びれずに堂々とする明日香に、泰吾は一瞬なるほどと頷きそうになった。が、すぐに小声で
「気持ちは分かるけど今は抑えろ! 今の俺たちの状況分かってるだろ!」
「あのプライドだけの盗賊のためになんで私が尻触らせなければならないのか聞かせてもらおうかしら?」
「プライドだけ高いのはお前だろ……お客様、本当に申し訳ありません!」
「おいおい、本当に教育がなってねえな、この店は!」
明日香曰くセクハラをした男が机を叩きながら立つ。
「なに? ちょっと手が当たったから? セクハラ扱い? しかもごめんなさいもなしか?」
「その、本当に……」
「アンタのはもういいからさあ、そっちのメイドは謝んねえのか?」
「ふん」
「なに? できないの? あんた常識ないんじゃない?」
「常識ないのは貴方でしょう。私にオーダーせずに変な命令ばかりして」
「おい、猿飛……」
「はぁ!? てめえ何言って……」
「貴方はただ大声を出しているだけ。お客様は神様なんて考えられていたのは昔の日本だけよ。何してもいいだなんて考え、今時どこの世界でも通用しないわよ」
「てめえ何様のつもりだ!? けっ……もういいよ! 二度と来るかこんな店」
男は会計を素通りして去って行った。更に、悪くなった空気で、数組の客もいなくなる。
「またか……猿飛、お前な……」
なぜか明日香は接客が致命的に出来ず、しょっちゅう問題ばかり起こし、売り上げにダメージを与えていた。しかも、今回含めて「私は悪くないわよ」というスタンスを崩さない。
ならば厨房の手伝いはどうかというと、彼女の一見才色兼備な外見とは真逆に壊滅的。下手に器用なのが災いし、作られるのは未知の化学物質のみ。
「……そろそろ休憩ね。ではまた後で」
客、店員の視線をものともせず、明日香は厨房へ出向く。
「なんなんだいったい……」
「まあ、ドンマイとしかいいようがないわね、泰吾」
慰めるマイだが、泰吾にはあまり安心できない。そして、自らの肩に手を置いたマイにこう尋ねた。
「なんであの人がリーダーなの?」
「年功序列と戦闘能力が秀でてるから」
マイは首を振りながら言った。確かに彼女は世界平和部のなかでは一番年上だし、前回鬼ゴーレムのときも一人で緑鬼を討伐していた。他のメンバーが二人がかりで倒していたことを考えれば、単純に他の二倍の強さを持つことになる。だが、
「あれでリーダーは不安を感じるんだが」
「賛成してあげるわ。彼氏さん喪ってからずっとあんな感じだから」
「能力とリーダーは別に分けるべきだな」
「あなたがやる?空ちゃん以外では、あんたが一番接客上手いし」
「よかったら部長も俺がやろうか?」
「いいわね、それ」
マイがくすくすと笑う。
その後、明日香はこの日また問題を起こした。
「よし、出前はこれでおしまいね」
店に美月は大きく伸びながら言った。
「いや〜、エクウスくん、バイクの免許持ってたんだねえ、お姉ちゃんびっくりしちゃった」
「へっ。一人で生きてると、何かと必要だからな。宝石一個使って手に入れた。俺はもういいか?」
「ちょっと待って……うん、もう店にも出前待ちはないみたい。もう三時だし、今日のお昼は切り上げてよさそうね」
「やっとか。くそ、久々にバイクに乗ったせいでケツが痛え」
丁度二人がいるところが河原だったおかげで、エクウスは河川敷に腰掛けることができた。
「でも意外だな~」
隣に腰掛けた美月は笑顔で川を見やる。
「エクウスくんのことをよく理解しているとは思ってないけど、『そんなこと知るか!』って手伝わないんじゃないかなって思ったんだけど」
「俺は受けた恩は必ず返すし、自分の失敗は必ず埋める。そうやって生きてきたんだ」
「ふうん」
「あんたのもとに来てから三週間くらいになるが、てめえは少しは俺のことを見直したか?」
「う~ん、ごめんね、全然お姉ちゃんを唸らせたりはしていないね」
「チッ……つうか、いい加減自分を姉と呼ぶのは止めろ。イライラする」
「え~? 本当はそんなこと言ってうれしい癖に~」
美月が前触れもなく抱き着く。
「だあっ! やめろ! 離れろ!」
「離れないよ~!」
「まぁあどろっこしい!」
「いいじゃぁん!」
「暑苦しい! ……ああ?」
美月を押し返したところで、エクウスは何者かの視線に気づいた。
それは、背後。
陸地側から、中学生くらいの少女が静かにこちらを見下ろしていた。
「だあぁ! おい! 変なところ見られてんじゃねえか!」
「変じゃないよ? 姉と弟のスキンシップだよ」
「違えよ! いいから離れ……」
エクウスが抵抗を続けようとするが、その手はある一声によって途切れた。
「オーパーツ、レプスのエンシェントと、オーパーツ、レイビアンのエンシェント」
決して静かとは言えない環境で、その小さな声は、雑音とは別次元の音色で耳に入った。
普通の人が滅多に口にしないエンシェントというワード。
そして、エクウスでさえ忘却の彼方にあったオーパーツ、クラウンの本当の名前、レイビアン。
エクウスと美月は思わず立ち上がり、もう一度少女に視線を投げる。が、もうその姿はない。
「貴方たちはエンシェントですか?」
今度は、耳の間近でその声が聞こえた。
「!?」
思わずエクウスはクラウンの銃のみを実体化させ、川の方に向けた。すると、銃口はあの少女のこめかみにピタリと触れ合った。
「てめえ……」
拳銃をあてられているのに、眉一つ動かさない少女。もうこの少女がただの一般人と思うのは無理があるだろう。
「なにもんだ? なぜエンシェントのことを知っている?」
しかし少女は、こう呟いた。
「とめてください」
「……ああ?」
「止める? 何を?」
「彼らは、古代の大陸を……」
「何? 古代の大陸?」
「蘇らせようとしています……あれを再び日の元にさらしてはいけない……!」
「てめえ何言ってんだ? なんのことを……」
「あの大陸が蘇れば、世界の全ては海に沈みます……お願いです。どうか……」
少女はまるで壊れたラジオのように、とぎれとぎれで同じことを繰り返している。
「どうか、あの大陸の復活を止めてください……」
瞬間、不思議と川が太陽の光を強く反射した。エンシェントの視界を奪う光のそれらは、エクウスと美月の前から、その少女の姿を奪っていった。
「……」
自転車のベルの音が、二人を現実世界に引き戻す。だが、二人にはまだ、自分が白昼夢でも見たのではないかと錯覚していた。
そして、少女が最後に伝えた言葉だけが妙に耳に引っかかっていた。
「ムー大陸を、ラ・ムーを止めてください……」
今回登場しなかった羽月ちゃんはちゃんと厨房にいます




