悪の胎動
二話書き置きしたら、とうとう全てボツになってしまいました。
遅れて申し訳ないです
今週は学校はない。
極哉の脅威は少し落ち着いているようだが、その事実は変わらないため、今日の世界平和部の集会場は月光のゾディアック支部だ。
「えええ!? うっそ、なに? あんたたち逮捕されたの!?」
先日の報告を終えた泰吾たちへ真っ先に返事をしたのは、一番そんな顔をしてはいけない気がするマイだった。
「なにそれ!? 超ウケるんですけど!?」
「お前空から聞いたんだろ?」
泰吾が毒づくも、腹がよじれるほど笑いこけているマイには聞こえていない。
「うっ、お腹痛い……。聞いたっけ? ごめん、忘れちゃったわ」
「さすがは若年認知症お姫さま。まだ高校生でボケ始めるなんて、寿命ももう長くなさそうね」
「あんですって!?」
たとえ認知症でも明日香の毒舌には敏感に反応するらしい。
「あら、事実じゃない? 怒るのはそれを認めている証拠ね」
「いい度胸じゃない。ツラ貸しなさい!」
(どこでそんな日本語覚えたんだ……?)
二人が部屋の片隅で取っ組み合いを始めたところで、美月が尋ねた。
「それで、向こうは何を教えてくれたの?」
「あのあと私の携帯に刑事さんがメールしてくれたんですけど……」
空の青いガラケーに、刑事との裏取引の内容が表示された。羽月の私物をおし分けてホワイトボード前の美月に流す。
「えっと、どれどれ……αシステム?」
「はい。ゴーレムとエンシェントの情報と交換で教えていただきました。あ、羽月ちゃん、これはゾディアック本部には送っちゃダメって約束だから、議事録には書かないで」
空の一声で、羽月はパソコンを打つ手を止めた。
「えっと……これって、人に色々機械を付けてゴーレムと戦おう、ってこと?」
「端的に言うとそうなります」
空が頷いた。
つまり、仲代なる刑事が着用したあのロボットが、αシステムだということだ。その性能は極哉を下し、泰吾、空、エクウスと三人のエンシェントを相手にしても十二分に立ち回れた。警察組織がもつに相応しい性能だろう。
「どうやらゴーレム専門の部署が立ち上がったそうで、これから先私たちとも密接に関わる可能性もあるとのことです。この前の戦闘から、エンシェント一人と同等の戦闘力を持っていると推測できます」
返されたガラケーをポケットにしまいながら、空は語る。
「あと、この前直接話してきたので、独皮極哉の情報も伝えておきます。あ、私たちのほうは警察にはどう対応しますか?」
「気に入らねえからぶっ潰す」
席に座るということを知らないエクウスの物騒発言をスルーしながら、泰吾は言った。
「俺たちでは決められないだろう? 決めるにしても、空が約束した以上伝えていいのは店長さんまでということになる。警察のほうも、このαシステムとやらが所属する部署以上には伝えない方針らしいけど、どうする?」
「父にはもう伝えたんですか?」
羽月の言葉に泰吾は首を振り、
「まだだ……というか、俺まだ会ったことないんだが」
「前回も警察に釈放金はらってドロンしましたからね」
と空。
「たぶん、先輩たちもあまり会ったことないんじゃないかな……」
まだ取っ組み合っている二人を指しながら空は言った。あの二人はいつまでやっているのだろうか。
「エクウスは会ったことあるのか?」
「一度だけな。短い時間だったから印象なんて持てねえが」
「じゃあ俺だけか。どんな人なんだろう……」
「それで、空ちゃん」
脱線した話を年長者の美月が戻した。
「独皮極哉も気になるけど、肝心のαシステムについてはそれだけで終わり?」
「そうですね……あ、できればこれは言いたくなかったのですが……」
「なに?」
喧嘩している二人を含め、全員が空に着目する。
空は少し冷たい目をエクウスに投げた。
「エクウスさんの斬撃で傷ついた修理代、一部だけでも宝石ではなく現金で弁償してもらうように訴えられそうになってますが、どうしましょう?」
全員の糾弾の目がエクウスに向く。
「ああ、そういえば……派手に攻撃していたな」
正当防衛とはいえ、エンシェントの未知のサーベルで機械の鎧を何度も切り裂いていた。むしろ弁償だけですんで良かっただろうか。
「あら。雰囲気ぶち壊し新入りさんもかなりやらかすわね。それで、おいくらかしら?」
「正当防衛も兼ねて……三百万とのことです」
泰吾の実家で、ゆかりの助力抜きでそんなに稼ぐのはどれだけかかるだろうか。
だが台風の渦中のエクウスは何事もないように、
「んなもん、俺の宝石で埋め合わせすりゃいいだろ?」
華麗にすり抜けた。
が、ここで美月から衝撃の一言。
「エクウスくん、この前宝石価格が下落したわよ」
「hello, ナラク。お元気ですか?」
真夜中の人目のない沿岸。昼間は多くの労働者たちが汗水を垂らす倉庫が並ぶ臨海地区。
そこでルヘイスは、ある人物に気さくに挨拶した。
「なんの……ようですか? ルヘイス」
相手である街灯から逆さにぶら下がっている奇術師のような男、ナラクは目だけを動かした。シルクハットからの銀髪が不自然で、鋭い目つきは前よりも弱まっている。
ルヘイスは不快な顔をして、
「私の真似をして丁寧語を話すのはやめて下さいませんか? a little イライラします」
「ふん」
ナラクは体を百八十度回転させて着地する。
「それで? 何の用だ?」
黒いマントで全身の姿をなるべく晒さないようにしている。
コウモリのようで滑稽だと笑いたくなるのを抑えて、ルヘイスは
「いえいえ、貴方に前回の失態を挽回させてあげようと思いまして」
「……あれは私の責任ではない。エンシェントが五人も敵に回るなど、ゾディアックの連中はこの区域に人員を割きすぎではないのか」
その時、亀ゴーレムを回収した時に遭遇した緑のエンシェント、睦月空が媒体になったことはすでに知っている。
「ええ、そのようですね。だから、私も戦力増強として、エンシェントを一人用意しました。とても細かい命令までは聞いてくれそうにもありませんが」
「たった一人か……で、そいつはどこに?」
ナラクがキョロキョロと周りを探すが、あんな危険人物に手綱を付けられるわけがない。
「この場にはいませんよ。後に合わせます」
「ふむ……で、この私に何をさせるつもりだ?」
もうナラクは猫をかぶる必要はないと、本性をあらわにした。
短気で惨めで哀れな男だ。とルヘイスは感じた。
「ルヘイス、君が無条件で手助けをしてくれる人物ではないことは知っている。今度はマキラまで来るのだろう? 大方、あの女に可能な限りの手土産でもと」
「いえいえ。私たちの目的への research 調査ですよ」
ルヘイスはノートパソコンのモニターをナラクへ見せつけた。
「ご存知の通り、例のアレを復活させるにはオーパーツのうち、当時のエネルギーをもつものが大量に必要でしょう? この絵戸街には、その助けになるであろうオーパーツが多い。存じていますね?」
「……ああ」
マントを取り払い、その顔を月光に晒したナラク。彼の右頬には、縦に伸びた痛々しい傷跡があった。それは右目すらも通り抜け、額から顎にまで届いている。
「この傷の借りは返さないと、私の気が済まない……」
「そこで提案があります」
ルヘイスはノートパソコンに隠した口元に笑みを浮かべる。
「その傷の借りを返したいのならば、あのゾディアックの犬どもを葬ればよろしいので?」
「ああ……」
「ならば、あなたが彼らを痛めつけられる舞台を用意しましょう」
ルヘイスは、大きく口元を歪めた。
「前回、あなたは本のオーパーツを媒体に学校をゴーレムにしましたね」
「あのエンシェントがオーパーツのエネルギーのはけ口にするためにな」
「great. 同じことを行っていただきたいのです」
「む? あのエンシェントは、今はもうオーパーツを所持しているのだろう? もう一度取り上げるのか?」
「いえいえ。あの黒マント…… excuse me, あなたも黒マントですね。あのアキラスとかいうエンシェントは行方不明ですから、もう一度漁夫の利を狙うのは難しそうですし、こんなものはいかがでしょう」
ルヘイスは画面を切り替える。
その中には、ルヘイスがこれまで調査してきたゴーレムやゾディアックの犬どもの写真があった。さらに、この地で奮闘するエンシェントたちに眉をひそめたナラクは、
「お前前回は海外にいたんじゃないのか? どうしてそこまで詳しく情報を持っている?」
「それは企業秘密ですね。ああ、見つけた」
ルヘイスが表示したもの。それは、
「……なんだ、このガキは?」
「とあるエンシェントの身内です。どうやらエンシェントにはなれないそうですが、私生活から彼女もかなりのフォトンを受けているに違いない。私が作った媒体でゴーレムの空間を作れるかどうか実験していただきたい。無論ゾディアックの犬どもも来るでしょうから、ご自由に仇討ちをどうぞ。戦力差ならご安心ください。私が新たに引き入れたエンシェントとΣロイドをあなたの味方に付けます」
「それで、見返りは?」
「引き受けてくれるなら、お先にお渡ししましょう」
ルヘイスは手帳サイズの紙をナラクへ提示した。
「亀のゴーレムのメモリーカードです。あなたは私の技術は存じていますね?」
「ゴーレムをデータとして作り、また収納するんだろう?」
「ええ。フォトンを少し注げば実体化できます。亀ゴーレムの価値はあなたも分かっていますよね?」
しかし、これを嬉々として受け取るかと思ったが、ナラクは意外にも少し警戒心を示していた。
「正気か? 亀ゴーレムの防御力はラ・ムーを操るには必需品だぞ? それともこれはニセモノかデチューン品か?」
「そう思うのなら、確かめては? エンシェントのフォトンは嘘をつけませんから」
ナラクは静かにカードを受け取った。淡い青が一瞬灯ると、
「本物のようだな……いいのか?」
「ええ。構いません。私より、あなたがラムーを操作した方が効率的だと判断しました」
「……」
「それの所有権はもう差し上げます。使うも破棄するもお任せしましょう」
ナラクは少し黙っていた。やがて、彼が次に口を開いたのは、ルヘイスにこう伝えるためだった。
「お前に協力してやろう」
ナラクとルヘイスは互いに知り合いですが、仲間というほどでもないです。
ようやく敵さんの狙いが見えてきたので、続きをお楽しみにしてください




