まさかの逮捕
ワードはともかく、Wi-Fi機能は直りました!
今は。たぶん。そうだと信じて
「あの~」
空は恐る恐る声をかけた。
「私たち、いつここから出られるんですか?」
まさか、この歳で牢屋に入れられることになるとは思わなかった。トイレあわせて四畳の部屋は、三人でいるのは流石に狭すぎる。
あと、男性二人と同じ部屋に閉じ込められるのは女性として少しいただけない。
目の前の女性警官に尋ねるが、彼女は檻に寄りかかってこう答えた。
「あなたたちは怪しい匂いがプンプンするの。悪いけど、しばらく大人しくして」
「そんな~! 私たち、まだ未成年ですよ……エクウスさん、お幾つですか?」
「二十だ」
「全員じゃなかった!」
無愛想に答えたエクウスをどけて、泰吾は女性警官に語りかける。
「あの、昨日会いましたよね? 自分のこと、覚えていますか?」
「独皮極哉と戦った人ですね? その件は感謝しています」
「なら、自分たちに敵意はないことは分かるはずです。独皮極哉と同類であることは事実ですが、先にそちらから仕掛けてきたことも事実。こちらだけ不利な立場に置かれるのは不平等ではありませんか?」
「確かにその通りね。正直私も少し不満はあるわよ」
「なら!」
「でもね、そんな悠長なこと言えないの。今の私たちは、藁にもすがる思いなのよ。独皮極哉のあの力。知ってる? 彼のものだと考えられる犠牲者、もう三十人を超えているのよ。あなたたちには、今の独皮極哉解決のカギが隠されているかもしれない。昨日間近で目撃したからこそ、拘束したのよ。ゴーレム異界事件のときは逃げられたから」
女性警官は檻に顔を近づけた。
「あなたたちは何者なの? ゴーレム? 正体が全く掴めないゴーレムの情報があるなら提供しなさい」
「断る」
しかし、エクウスはそれをバッサリと斬り捨てた。
「なんで俺たちがそんなことしなきゃならねえんだ。そもそも俺たちにメリットが何一つねえだろ」
「これは人を守ることにも繋がるの。警察としてね」
「陳腐だな。どうせ誰かの受け売りだろ、そんなもん」
「ちょっとエクウスさん」
空の制止も聞かず、エクウスは続ける。
「人だなんだと知るかよ。そもそもいきなり人を閉じ込めるようなやつの言葉なんざ、聞く価値はねえ」
「エクウスさん! 少しはこっちの立場も考えてください!」
しかし、言うだけ言ったエクウスは部屋の隅に座り込んだ。まあ、足を伸ばせば二人に接触する広さなのだが。
「まったく……あの、取りあえず関係者に連絡したいので、携帯電話は返してもらってもいいですか?」
「ダメよ。説明が先よ」
「ええ……」
しかし、こちらにもエンシェントの秘密は絶対だ。空が口を力を込めて塞いでいると、見兼ねた女性警官はため息とともに、
「あなたから説明しないなら、私の方から聞くわ。まずこれ」
女性警官が提示したのは、緑の笛の写真。没収された雅風だ。
「これはあなたの持ち物よね? 睦城空さん」
「はい……」
「あなたの持ち物のうち、これだけがなんなのかだけが分からなかった。これは何かしら?」
「ただの笛です……」
「そう。……なら、捨ててしまってもいいわね?」
「ダメです!」
血相を変えて迫る空。しかし、それをこの場で行ってしまったことは、完全に女性警官の思う壺だった。
「よほど大切なものだそうね?」
しまったと空が口をつむぐももう遅い。
「単刀直入に言うわ」
女性警官は告げた。
「私は、この笛があなたたちのあの力に関係していると思ってるの。笛のデザインをどのメーカーに問い合わせてもどこの製品でもない。もしかしたら、ゴーレムと出どころが同じかもしれない」
「!」
空は、この生涯でこれ以上表情を取り繕うことはないだろう。
泰吾も口をあんぐりと開け、反論の手口を探している。
「……紹介が遅れたわね」
女性警官は懐の警察手帳を取り出す。
「私は千種綾。この絵戸街で警察官をやらせていただいているわ。それで、」
綾は咳払いをして、
「ただ話すのが難しいなら、独皮極哉について私たちが知ってる情報も話す。それでどうかしら?」
「え?」
「独皮極哉も、あなたたちと同類なんでしょう?それに仲代……あなたたちと戦ったロボットの中身ね。あいつの報告では、敵対していたらしいじゃない。私たちの最新の捜査情報と交換よ」
「いらねえよ。それよりここから出せ」
もっともな要望しかしないエクウスを無視し、空は泰吾と顔を合わせる。
「分からないな」
少し考えながら泰吾は言った。
「捜査情報というのは、警察のトップシークレットのはずですよね、たかが一刑事が流出していいのですか?」
「最初はあなたたちの自由でも取引にしようかと思ったけど、あなたたちは喋らないでしょ? たぶん、たかが一刑事に知られるよりは、組織そのものに知られることを怖れてるんじゃない?」
「⁉︎」
「……その様子だと、正解と考えてもいいのかしら?」
「どうしてそれが……?」
「よくある話じゃない? 警察の上層部が権力を握って災いを引き起こすなんて。あなたたちのことが警察に知られて、それの悪用が危険視されている。違う?」
「……まあ、そんなところだ」
「あなたたちにとって、情報を渡すということは組織にとっては信用問題でしょ? だから、私も同じように 警察の信用に関わる手札を出す。これなら、互いに下手に自らの内部に漏らせないでしょ?」
「もしも相手が必要以上に組織内に流せば、相手も同等のダメージを受けるからか……」
「そう。どうする?」
考え込む泰吾を横目に、空は、
「……わかりました。でも話せないものは話せません」
「ええ。話せる範囲でいいわ」
「あと、これはゴーレムの事件のみにとどめておくようにお願いします」
空が釘を刺してから、とうとう彼女はエンシェント、及びゴーレムについての説明をした。
「古代の力、ねえ……」
あらかたの説明を受けた綾は信じられないような顔をしていた。
「まあ、ゴーレムそのものが非現実のものだから、疑うのも今更なんだけど」
空は、なるべくゾディアックという組織については触れなかった。彼女が語ったのは、あくまでエンシェントという存在と、それが古代の遺物、オーパーツによって構成されているということだけだ。
「つまり、そのオーパーツとやらがあれば、誰でもあなたたちのように、その、エンシェントとやらになれるわけね」
「全てのオーパーツがエンシェントにしてくれるわけではありませんし、個人単位で出来る出来ないの差があります。それは私たちでさえもどうにもできません」
「バックにいる組織については教えてくれないのね?」
綾がゾディアックの存在にたどり着くことには、泰吾も空も驚かなかった。彼女のさっきまでの口振りだ。洞察力がいくらあってもおかしくない。
空が首を振ると、綾は理解したように、
「まあいいわ。約束ね、私たちの情報を渡す……」
「失礼します」
突然綾の言葉が途切れた。留置所の扉が開き、メガネをかけた男性が入ってきた。長身で健康そうだが、全身の真新しい傷により歴戦の戦士めいていた。あのロボットの中身だろうか。
「? 仲代さん?」
「千種、上からの命令だ」
仲代。さっき綾が語った、あのロボットの中身だ。ということは、あの傷は自分たちがつけたものなのだろうか。
仲代と呼ばれた男性は、牢屋のエンシェントたちに一瞥し、牢屋の施錠を解除した。
「不本意ながら、こいつらは釈放だ」
「え!? どうして!?」
「釈放金が支払われたんだ。こいつらの友人の父親から」
「釈放金って、この人たちはゴーレムについて何か知っているのよ!」
「決定事項は決定事項だ。私も不服だが、上の決定には従わねばならん。出ろ」
泰吾と空も、手に入った自由を喜んで賜れない。
綾は、まだこちらに聞きたいことがある。
仲代という男は、おそらくあのロボットなのだろうから、この事実には一番不満なはずだ。
エクウスだけが、喜びを示していた。
「納得いきません! 結局こっちの情報をタダで流したようなものじゃないですか!」
警察から追い出された空は真っ先に不満をぶつけた。
既に日は落ち、夜の中を月の光が照らしている。
「あの後から来た人も後から来た人です! いきなり話に割り込んで来て、なんなんですか!」
「まあまあ、空。不満なのはわかるけど、少し落ち着いて……」
しかし空は地団駄を踏み、警察署の前だというのに大声で怒鳴る。
「これが落ち着いていられますか! ゾディアックは私たちに独皮極哉を追わせたいんですよ、どうして邪魔するんですか!?」
「どうみてもタイミングの問題だろ……」
「エクウスさんはさっさと帰っちゃうし、マイ先輩は今になってやっと私たちの状況を理解してくれましたし! しかも帰っちゃいますし!」
たしかにマイが夜七時の今になるまでずっと公園に張り付いてくれるとは思わなかった。
「まあ、あいつはまた兄貴から仕事頼まれたみたいだし。それに、あの刑事さんが週末お前に情報を渡す約束してくれたんだろ? それでいいじゃないか」
「確かにそれで解決っぽくは見えますけど……頑張って話した私がなんか馬鹿みたいじゃないですか」
空は頬を膨らませた。
よほどの怒りなんだろうが、その姿が泰吾には少しだけ可愛らしく見えた。
ワードとパワーポイントが完全に壊れたので、今度の学校の課題ができない……
そして過去に書いたものが開けない……




