大変な食事どころ
スマホだと段落が落ちないことに気付いて、psvitaで打ち直すはめに…
パソコン早く直って!
「へえ、それは災難だったわね」
マイは階段の手すりに寄りかかりながらそう言った。
「あの美月さんがそこまで言うなんて、そうそうあることじゃないわよ。もしかしてレアケース?」
「そう、なのか……この汚れなんだよ……」
泰吾の前に現れたの、油の塊だろうか。豪華で赤いカーペットの端に黒いシミが出来ている。気にしない人は気にしないだろうが、一度発見してしまったらその存在は天井のシャンデリアよりも大きい。
「おい、エスカ。なんだよこれ? お前たちなにかパーティーでもやったのか?」
「ああ。昨日お兄様がよその国の方と宴会を開いたのよ。きっとその残りね」
「さっきから酒臭いと思ったらそれか」
いくら雑巾で拭いても、黒い汚れは落ちない。食べ物を落としたあとについたものだろうが、よりにもよってふさふさのカーペットが落下地点なので、落とすのも大変だ。
泰吾がこうしてマイのもとにて掃除しているのは先月からだ。泰吾は、高校へ通う学費の代わりに、マイの自宅兼レクトリア王国の大使館でもあるこの場所の清掃を任されていた。
一週間に二、三回の仕事だが、この施設の大きさは不必要に大きく、一ヶ月あっても全部掃除しきれるかどうか疑わしい。
「それで? そのエクウスとやらは今どうしているの? あ、そこの部屋客室だから念入りにね」
「分かってる。……て何だこれ⁉︎ この屋敷に使用人はいないのか?」
「一人もいないわ」
「偏見で悪いが、こういう屋敷には大勢いるものではないのか?」
「お兄様が一度ここで雇った使用人といざこざ起こして、あたしにお姉様と呼ばなくちゃいけなくなったりした事件があるけど……聞きたい?」
「遠慮しておく。と、エクウスのことだな。さっき言った通り、月光で住み込みバイトだ。ただ、社会性というものがなくてな……」
「お待たせしました~」
空は、紅茶をテーブルに置き、一礼とともにカウンターに戻る。
休日の昼間、やはり飲食店は忙しい。
ゾディアック支部である前に、レストランである月光は、家族連れの数も膨大だ。
空はメイド服を着用し、三人のアルバイトとともに月光の手伝いに来ていた。白と黒のコントラストの服は滅多に着る機会がないため、なかなか気に入っている。
よほどの繁忙期は手伝いに来るが、今日空が手伝いに出動しているのは、他ならぬ昨日の一件があったからだ。
エクウスはキッチンで料理を作るようだが、彼にものを教えるために美月がつきっきりになっている。よって、人数不足だ。
「羽月ちゃん、カプチーノとデミグラスステーキ、オーダー入りました」
「はい」
注文を聞き届けた羽月が、カウンター奥の厨房へデミグラスステーキの注文を伝えようとする。だが、
「オラオラオラ! どうだ! 焼けたぜ!」
「焼けたぜじゃない! もう、丸焦げよ………」
開いたドアから目に入ったのは、厨房のものとは思えない火力の炎。そして、「油をたっぷり注げば、強く焼きあがるだろ!?」と宣うエクウスの声。
声の小さい羽月がなんとかオーダーを伝えて戻ったはいいものの、彼女はどことなく黒焦げているようにも見える。
「エクウスさん、いくらなんでもめちゃめちゃでした」
「うん、ここからでも見えたよ」
幸いこの店のオーナーである羽月と美月の父親が手伝ってくれるのが救いだ。今のところ、致命的な損害は出ていない。
「オラァ! これでどうだ⁉︎」
「ここは中華料理じゃないの! お姉ちゃんそんなに強火頼んでない!」
空はため息を吐いたところで、入り口のべるがなる。
「いらっしゃいませ~」
入ってきたのは、革ジャンの少年と赤髪の女性。
泰吾とマイの姿を認めた空は、二人を窓際の席に案内し、メニューを置く。
「先輩、お仕事は終わりました?」
「ああ。それで、エスカにエクウスの惨事を見せに来た。コーラで」
「あたしは昨日お兄様の仕事を押し付けられて帰らされたからね。あたしはアイスコーヒーで」
「ああ、そういえばマイ先輩はエクウスと会っていないんですよね。客足が引いたら紹介します。コーラとアイスコーヒー、少々お待ちください」
空はカウンターに戻り、盆に乗せられたデミグラスステーキとカプチーノを確認。ともにカウンターに戻ったバイトの子に先輩たちの注文を伝え、自分はお盆を取る。
その時も、エクウスの横暴な調理が行われている事実に目を向けることだけは極力拒否した。
「……見つけました」
ルヘイスは道端のダンボールの壁へ呟いた。人通りも少ない橋の下。掃除さえもまともにされていないからか、この場所は顔をしかめるような臭いで充満している。
しばらくは沈黙が返されるが、やがて内側から蹴飛ばされたようにダンボールは飛び、中から上半身に蛇の入れ墨を刻んだ男が現れた。
「消えろ!」
男は初対面にも関わらず、いきなり暴言を飛ばす。
疲弊したような男は、身体は寝そべってはいたが、目だけは鋭かった。栄養が明らかに足りていない細身ではあるが、体に刻まれた入れ墨が対峙するものを怯えさせる。まるで猛獣のように歯を見せながら、ルヘイスを凝視している。
突然、男がルヘイスに掴みかかる。しかし、人間の動きなど軽く見切れるルヘイスには、避けることなど児戯に等しい。鳩尾に膝蹴りし、男は地面に投げられる。
「私はあなたと話をしにきたのです。争うつもりはありません」
「らあああああああ!」
しかし、男は聞こえていないのか、再びルヘイスへ襲いかかる。ルヘイスは無表情で人体の急所に打撃を与えるも、倒れた男は何度でも立ち上がる。
「呆れるほどモンスターですね。これが史上最悪の殺人犯、独皮極哉ですか」
殺人鬼、極哉の裏拳を掴みながらルヘイスは呟いた。
「私はあなたにチャンスを与えにきました」
「あ?」
彼の腕の力が抜ける。ようやく聞く耳を得た様子の極哉に安堵し、
「あなたは、確か快楽殺人犯でしたね。楽しみのためだけに道すがら人を手にかけてきた」
「お前も、その仲間入りになるかもな」
会話は成立したが、常に相手はこちらの隙を伺っている。
「俺はとにかく殺しがしたくてな。クク、言葉は慎重に選べよ? 地獄を見たくないならな」
「あなたのような逸材がいるとは思いませんでした。驚きです」
「……ムカついた。ラァ!」
いきなりのパンチ。なるほど、今のはナラクなら確実に食らっていただろう。
「しかし、あなたは今の状況に満足できるのですか?警察の目をかいくぐり、たまにしか殺しができない」
「……お前が俺を、この地獄から出してくれるのか?」
ルヘイスは笑み、
「興味、ありますね?」
するとルヘイスは、いきなり極哉の腹を殴った。同時に、拳に仕組んでおいたオーパーツが、彼の体内に移る。
「な、なんだ……⁉」
「我々は普通のエンシェントは必要としません。あなたには、オーパーツと一体となって暴れていただきましょう」
ルヘイスは語るが、彼のこの言葉は極哉には届いていないだろう。
「う、があああああああ!」
彼の断末魔が、橋下に響き渡っているのだから。
「俺特製、宝島カレーだ」
エクウスが泰吾とマイのテーブルに置いたそれは、明らかに彼が作ったものだ。
「残さず食えよ」
「まあ、いただくが……」
箸かフォークか。どの食器を使えばいいのかわからない。
「すごいわねあんた。これ一つにどれだけの食材を使っているのよ……」
これには豪華料理を食べ慣れている王族のマイも苦笑い。カレールーという海に浮かぶステーキの陸地。米粒という森の中心部には、オムレツという火山がケチャップの溶岩を海まで流していた。
「どうやって食べろっていうのよ……?」
「んなもん適当で構わねえよ。さっさと食え。宝島なんだ。中に当然お宝も隠してある」
「面白いコンセプトだとはおもうけど、いくらなんでも量産できないだろ?」
「美……姉さんは止めなかったの?」
マイの問いに対し、
「かなり止めた上でこれよ」
美月が申し訳なさそうな顔で言った。彼女いわく、本当はこの上さらにピザやコーンなどを所狭しと並べて砂浜や動物まで再現するつもりだったらしい。
「……ちなみにこれいくらだ?」
「へっ。聞いて驚け。こいつは……」
「おい、なんだあれ?」
エクウスが答えようとしたら、向かい席の男性客が宝島カレーを指差す。
「あんなのメニューにないぞ? 特別メニューか?」
「あら本当。でもちょっとおいしそう」
「おい、こっちにもそれくれよ」
「私も欲しい!」
そうだった。まだ昼食時だ。
ぞっとする美月をはじめとした月光スタッフのことなぞいざ知らず、エクウスは興奮している客たちに堂々と宣言する。
「こいつは俺特製の宝島カレーだ。今なら千円で食わしてやる!」
「千円⁉」
「頼みます!」
「僕も!」
「私も!」
「俺も!」
「ウチも!」
「さっきの注文取り消しで。あれお願いします!」
巻き起こされる宝島カレーブーム。エクウスは嬉しそうに腕を組みながら、
「へっ。いいぜ。待ってろ野郎ども! すぐに用意して、たっぷり満足させてやる! お前ら!五分で支度しな!」
「そ、そんな……」
「ええええええ⁉︎」
「は、はい只今!」
美月が気絶し、羽月が悲鳴を上げ大慌てで厨房とカウンターを往復する。
こっそりと泰吾が陸を割くと、
「あ、お宝だ」
ハンバーグの中から梅干しが顔を出した。
今回美月と羽月の話だったんだけどなあ。
店だけじゃなく、話までエクウスに乗っ取られた。




