突然の出来事
ようやく戦闘シーンに入ります。
書くのが難しいのは理解していますが、温かい眼で見守ってください
太陽と月が役目をバトンタッチしてからようやく解放された泰吾は、二つ返事の彼女のことを改めて考えていた。
「よく考えれば、できすぎてるよな……」
アクシデントへの贖罪から始まった、彼女との関係。恨まれるのは分かるが、恵んでもらう心当たりは泰吾にはまるでなかった。
「どうして……?」
あのあと、『あたしの趣味は人助けよ』などと宣っていたが、見ず知らずの自分のために学費を全負担する彼女の心境が、泰吾には理解できない。
が、
「もうないよな……こんなチャンス……」
折角の復学のチャンスを無下にするほどの度胸を、泰吾は持ち合わせてはいない。むしろ、チャンスとみなしてしっかりホールドすることを選ぶ。
「よし」
泰吾は改めて受け取った契約書に目を通す。一言一句漏らさないように注意するが、怪しい文面は見当たらない。入学案内の中に入れても、違和感はないだろう。
「よし」
もう一度確認し、丁寧に折りたたんで鞄にしまう。
興奮を何とか抑えながら角を曲がると、
「さて……え?」
泰吾はその場で足を止めた。同時に、その異様な光景に後ずさり。
コンビニ手前に広がっている水たまりが血だまりだと気付くのに、数分の時を有した。
「……」
おそるおそるコンビニの中を覗いてみると、そこには地獄が広がっていた。
「うっ……」
中の様子を完全に把握しきる前に、泰吾はそこから目を背けた。ここから見渡せば、いたるところに血痕が残っているではないか。
この時、泰吾の脳内に、たった一年前のことが蘇る。あの日、目の前の少女を助けられなくなり、全てを拒絶するきっかけになったあの事件が。
そのとき。
どこからか、幼い子供の泣き声が聞こえてきた。
「どこだっ!?」
消え入りそうな声の発生源が電柱の奥から聞こえると耳が理解してくれたのは、それから数十秒経ってからだ。
「いた!」
駆けつけようとするが、泰吾は止まった。
「……嘘だろ……」
泣いている子供と彼の間に立ちふさがる、馬型の巨大な影。
「なんで……ゴーレムが……また……?」
しかも、見るからにあの時シャンデリアを破壊し、泰吾に怪我を負わせた個体だ。ゴーレムは足を無数に鳴らしながら、泰吾に迫る。
だが、
泰吾は躊躇いなく、子供へ突っ走った。ひずめが何度も泰吾の背中を捉えようとしたが、半年の清掃は、意外に体の運動になったらしい。筋肉の伸縮が、彼を子供のもとへ連れて行ってくれた。
「おい、逃げるぞ!」
子供___まだ小学生にもなっていなさそうな少女___を抱え上げ、泰吾はその場から退避。その瞬間、電柱がゴーレムの下敷きになった。
「助かった……? 大丈夫か?」
「うん……」
泰吾に背負われる少女は、怯えた目でゴーレムを見つめている。彼女にこれ以上あの馬を鑑賞させないために、泰吾はそのまま背中を向けて立ち去る。当然馬も追いかけてくる。人と馬。人間が勝てる道理などない。
だが、天は泰吾に味方しているようだ。
泰吾の前には、機械があった。燃えるような赤い胴体は横長で、前後に車輪のついている機械は、頭のない持ち主を座席部位から投げ出している。
バイクだ。
泰吾は一瞬持ち主の冥福を祈り、そのバイクを起こす。少女を背中に回し、バイクに腰掛ける。ヘルメットを探している暇はない。
「飛ばすよ。つかまって!」
泰吾の言葉に少女は従った。腰が締め付けられる感覚がその証。
アクセルを踏むとともに、バイクは疾走。ブレーキなど一切触れずの全速力は、馬のゴーレムをも引き離す。
「よし!」
このまま次の角を曲がれば、馬とのレースはおさらばできそうだ。
と考えたのは、油断でしかなかった。
角は死角。こちらからは何があるのか全く分からない。
まさか、サイ型のゴーレムが待ち伏せていたとは考えもしない。
「なっ……!」
慌ててブレーキを引くももう遅い。バイクは急には止まれない。
その角で、バイクは簡単に貫かれ、泰吾と少女は空へ投げ出される。
地面に突き落とされる直前で、泰吾は少女を抱きかかえ、自らを下にする。背中の痛みで一瞬気を失いそうになった。
「ぐっ……」
見てみると、サイのゴーレムも随分とおかしな姿だった。
追いついてきた馬と同じように、青緑の体を固い外表で覆っているが、その頑丈そうな見た目は、対峙するものを怯えさせるには充分すぎる。
「まずい……」
このままでは、二体のゴーレムに体をぐちゃぐちゃにされるのも時間の問題だ。泰吾は何か逆らえる手段がないか周囲を探るが、駐車場にあるものなど、隠れ場にもならない車しかない。
じりじりと二体の異形は近づく。
「お兄ちゃん……」
少女が泰吾にしがみつく。
幼い少女が、かつてのライブの時の少女の姿と重なる。
あの時は救えなかった。あれからはずっと後悔していた。
だから、
「後悔だけは、したくない!」
泰吾は二体のゴーレムの前に立ちはだかる。相手からすれば、アリ同然だろう。
無論泰吾にも勝算はない。だが、
「来い、ゴーレム! 潰される前に、噛みついてやる!」
泰吾が駆け出した、その時。
彼の心臓の音が変わった。
ドクンドクン、と、生物の鼓動は、
白い無機物に覆われた。
「ぐっ!」
予期せぬ痛みに、泰吾は崩れた。しかも、痛みは心臓だけではない。腕、足、額。体のいたるところから、皮膚を突き破ろうとするような痛みが体を刺す。
「な……なんだ? があああああああああああああああああああああああああ!」
「見つけた!」
二体のゴーレムをようやく発見したマイは、
「火傷が怖けりゃお逃……げ……な……」
目の前の光景に言葉を失う。
二体のゴーレム。馬とサイの姿をしている。ゴーレムが複数体現れることは稀だが、まあありえなくはない。
幼い少女が襲われている。今回の要救助者だ。いつも通りだ。
だが、彼女の前に、白く伸びる光の柱。意味不明。何事だ?
真実を確かめようとするマイは、とたんに光の柱から放たれた衝撃波に、体を吹き飛ばされた。
「なんなのよ……!」
そして、見た。
天高く駆け上がる、人の姿を。
「あれって……!」
天空の人は、その姿を白い線に変え、馬型ゴーレムへ突撃。その首を一瞬で貫いた。マイも、少女も、ゴーレムたちも。理解できたものは一つとしていない。
ただ一つ。ゴーレムの死により巻き起こされる爆炎をバックにする、白い篭手を付けたその人物を除いて。
逸夏泰吾。
さっきまで家で掃除をしていた清掃員がそこにいた。
「えっ!? どうしてあんたがここにいるのよ!? しかもそれ……あんた、エンシェントなの!?」
「エンシェント?」
泰吾は、突然現れたマイに聞き返す。彼女は「それよ、それ」と彼の手にいつの間にか装備された篭手を指さす。
「まさか、知らないなんて言わないでしょうね」
「……」
「知らないの!?」
「知らない」
淡々と答えたが、事実だ。ついさっき、泰吾は死ぬつもりでゴーレムの前に立った。だが、いざ運命の時が来るかと思ったら、体が光って飛んで、こうなった。
「これは、なんだ……?」
白いガントレットは、見かけに反して重さを全く感じない。甲殻類のような形と、両側に付けられる細長いパーツ。その手は赤い手袋のようなものが装備されている。
足にもガントレットと似た配色のブーツが装備されている。膝を黒いパーツが覆い、防御力を高めているように感じる。
「お兄ちゃん、すごい!」
さっきの少女が駆け寄る。一瞬残ったゴーレムを警戒したが、サイのゴーレムは、じっとこちらの様子を伺っている。
「すごいけど、俺が何事なのか全く理解できていないのだが……」
「仕方ないわね……ちょっと、ほら、危ないから下がってなさい」
マイは少女をわきに押しやり、ポケットから何かを取り出した。
赤い、炎の形をした、キーホルダーだろうか。
「見てなさい。これがエンシェントよ」
あふれる炎と、湧き上がる熱。まるでプロミネンスのような赤い流れがマイを包む。見るも美しい炎は、やがてマイの姿を覆い隠し、やがて、
中からの一閃の流れとともに、炎が掻き消えていく。そして、そこから現れたマイは、少し違って見えた。
「どう? なかなか美しいものでしょう?」
散りゆく中、マイの両腕は、金色の鎧が装備されていた。パーツ一枚一枚に壁画のようなものが描かれており、その上を半透明な赤い炎が包んでいる。
「さあ、ゴーレム。火傷が怖いならお逃げなさい!」
「……なんだその台詞は?」
マイがかっこよく決めた雰囲気を壊す、無遠慮な泰吾。直後に襲い掛かった脳天への衝撃に気絶しかけながら、泰吾はマイの行動に注目することにする。
「いいかしら? 逸夏泰吾。よく目に焼き付けておくのね。これがエンシェントよ!」
右手に握られるのは、細く長く、赤い炎を固体化したような剣。レイピアと分類される剣を炎とともに舞い踊るその姿は、この場においても時を止めた。
「お姉ちゃんかっこいい!」
少女の声援に笑みを浮かべながら、マイは動いた。
走る。動作そのものはただの走行と変わらないのだが、その速度。サイ型ゴーレムの右下を引き裂いたと思ったら、もう左上でレイピアを突き立てている。まるで分身しているかのような速度に、泰吾も驚愕を隠せない。
「どう!? すごいでしょ!」
ゴーレムの体を刻みながら、マイは語る。
「人を超えた人の力! 細かい説明は今度してあげるけど、あんたにもあるのよ! こういう能力が!」
「こういう……と言われてもな……」
両手の篭手を見下ろす泰吾。銀に輝く光だが、このまま拳を振るえばいいのだろうか?
「まあ、物は試しだな」
左足を引き、腰を下ろす。足の瞬発力を発揮させ、サイ型ゴーレムへ飛ぶ。ちょうど泰吾が距離を詰めたとき、サイ型ゴーレムがこちらに振り向いていた。
その、非生物的な青一色の目と、表情のない顔。近くだと、まるで土器が暴走しているようだ。
「はあっ!」
全力の拳を叩き込む。ゴーレムのコンクリートを超える固さが泰吾の腕にのしかかるが、同時にゴーレムの皮膚にもヒビを入れた。
「お兄ちゃん危ない!」
つんざくような少女の叫びで、泰吾はゴーレムの角がこちらに迫ることに気付き、慌てて受け身体制をとる。
次に畳みかかる衝撃は、泰吾の体をまるで小石のように地面に叩き落とす。
軽減はされているようだが、我慢ならない痛みに思わず悶える。
「あれ? もしかしてあんたのオーパーツって弱い?」
「オー……何……?」
骨髄が響いている今に専門用語を語られても、泰吾は脳に収納できない。
マイに手を借りながら起き上がる泰吾は、
「すまない、説明よりやり方を教えてほしいのだが……」
「そりゃ、もう」
マイの優しい分かりやすい説明に期待していると、
「バーッと燃やしてドーンと行ってウオリャーってやりゃいいのよ!」
擬音ばかりでさっぱり。
「とにかく気合入れて突っ込んでぶった切ればいいのよ! あたしは!」
「お前はか」
「そう、あたしは!」
マイの脳筋ぶりに呆れながらも、泰吾は彼女から差し出された手を握る。炎を宿した熱い手は、触れるだけで彼女の魂を感じさせた。
「まあ、冗談はこれくらいにして、バーッと燃やしてドーンと行ってウオリャーってやるのがどういうのかは、今見せてあげる」
右足を数回たたき、ステップの動きとともに、マイは地を滑る。地面がまるで氷になったかのような動きに、泰吾は二度見する。彼女をエスコートする炎たちは、獣の姿となってゴーレムを喰らう。
いくらゴーレムといえど、マイの灼熱には耐えられないらしい。みるみるうちに溶けていくサイ型ゴーレムの姿は、少しかわいそうに思えた。
炎の獣は、まるで狼のように天へ吠える。住宅街に発生した噴火は、すぐさまその規模を縮小し、やがて消えていった。
泰吾、少女が眺める地点には、高温でドロドロになったアスファルトと、ただ一人佇むマイだけが残っていた。
「ね? 簡単でしょう?」
読み直して、よし大丈夫だと思っては翌日書き直しが多いです。まだ投稿始めたばかりなのに……
一発投稿して、まったく修正がない方はすごすぎます。




