飯だ飯! たっぷり食わせろ!
「お待たせしました」
羽月は注文の品をテーブルに置く。
皿いっぱいに乗せられた魚に覆い被さる目玉焼き、しかもソースをふんだんに使う、見るだけで胃もたれを起こしそうだ。
「ダイナミック焼き魚です」
「へっ、こいつは美味そうだ。いたっきやす」
上機嫌なエクウスは、ナイフとフォークで食事を開始した。
「ん? おいどうした? お前らも食わねえか?」
彼の言葉は、カウンター席からこちらを伺う泰吾と空に向けたものだ。
「俺たちは敵だろ? そんなに気安く誘っていいのか?」
「バカヤロウ、飯は別だ。俺は飯食うときは敵味方区別しねえんだよ」
「なんだよ、それ。不意打ち警戒しないのか?」
「不意打ち狙う雑魚ザコなんざ片手間に調理してやるよ。おい、ガキ!」
「は、はい!」
呼ばれた羽月がいそいそと近づく。空がギラギラした目で今にも雅風を使おうとしているから、泰吾は気が気でない。
「もっと追加しろ」
エクウスはそう言いながら、羽月の手に入りきらない数の宝石を置く。赤、青などなど。鑑定士がこの場にいたら発狂しそうな量に、泰吾は目を丸くする。
「そうだな。このステーキを十人前だ」
エクウスが注文したのは、この店で一番高いメニュー。泰吾の家庭では決して注文できないものでも、あの宝石たちに比べたら屁でもないことは明白だ。
「か、かしこまりました!」
値段以上の報酬を受け取った羽月は、興奮気味に厨房へ駆け戻る。
しかし、エクウスはその間にも食事を続ける。
卵を三つは使っているであろう目玉焼きを一口で平らげ、(空は開いた口が塞がらない)焼き魚をたった三分で骨のみにした。
「足りねえな……全然……」
エクウスは厨房の方を向く。ステーキ十人前という前代未聞の注文に、厨房の羽月と美月も四苦八苦していることだろう。
エクウスは、
「まあ、来ねえもんはしょうがねえ。おい、お前ら」
エクウスは水を一気に飲み干し、
「さっきなんか聞きたがっていたよな? この店に案内してくれた礼だ。今なら、質問に答えてやるぜ」
「なら、遠慮なく」
テーブルの向かい側に腰を下ろした泰吾。その隣には空も続く。
彼女は即座にスマートフォンをテーブルに置き、録音機能を起動させた。
「この会話の内容はゾディアックに届けます。いいですね?」
「ゾディアック……ああ、何回か邪魔してきた組織か」
エクウスは片目でスマートフォンの画面を見下ろし、「構わねえよ」と答えた。
「それで、どこから聞きたいんだ?」
「それは……」
「色々あるわね」
実際に言葉を紡いだのは、空ではない女性だった。テーブルに手を置きながら冷たい目を光らせる彼女の青い髪は、見るものの息を奪うほど美しい。
「猿飛……どうしてここに?」
それは泰吾の仲間内のリーダー、猿飛明日香。
「白珠さんから連絡を受けたのよ、お零れ新人さん。お仕事満載お姫さまはそれどころではなさそうだけど。それより、答えなさい」
「へっ。ずいぶん強気じゃねえか」
「私たちゾディアックという組織には、オーパーツの回収という役目もあるのよ。返答次第では強行手段も辞さないわ」
「あいにくそれはノーサンキューだ。……やるか?」
「……私は構わないけど、またの機会にね」
「へっ。それで? 質問には答えると言ったが? このままじゃ俺の気が変わっちまうぜ?」
「猿飛先輩……」
空に宥められて、明日香は少し引き下がる。空とのアイコンタクトで、泰吾が代表することになった。
「まず、あんたのオーパーツはなんだ?」
「いきなりくるか」
エクウスは笑いながら、彼のオーパーツをテーブルに置いた。金色の空薬莢。
ところどころに使い古されたような傷が付いており、彼が愛用しているものだということが分かる。
「名前は忘れた。俺はクラウンと呼んでる」
「クラウン……ずいぶんと思い切った名前ね」
「こいつを手に入れた遺跡が王宮跡だったからな。かつての王様が使ってたんだろ」
「エンシェントになったとき、名前ややり方を教えてくれなかったのか?」
「へっ、てめえのはそんな機能があったのか。んな便利なもんねえよ。こっちは手探りだ」
「貴方は何者なのかも知っておきたいわね。エクウス、どこの国の名前だったかしら?」
「知らねえよ、俺の生まれなんざ。親に捨てられて生き長らえた身だ。まあ、トレジャーハンティングで食いつないでいるがな」
「だったらもう少し節約しろよ。ステーキ十人前、しかもあの量の宝石を……」
「バカヤロウ、トレジャーハンティングは命がけなんだよ。いつ死ぬか分からねえのに、出し惜しみなんかしていられるか。できる時に最大のメシを食う。それが俺の生き方よ」
「安定しない生活ね」
エクウスはクラウンをポケットに戻す。そして、
「さて、お前らもエンシェントなんだな? なら、俺も聞きたいことがあるんだが」
「お待たせしました」
しかし、彼の言葉は、運ばれてきたワゴン車によって途切れる。明日香が身を引いたそこに現れたのは、上下両方に巨大なステーキを乗せたワゴン車を押す美月と羽月だった。
なぜか羽月は目を真っ赤に腫らしているが、何かあったのだろうか。
「お客様、御注文のダイナミックステーキ十人前です」
「え? あわわ!」
空が慌ててスマートフォンを退避させると、そこに整列していくステーキたち。ひとつひとつが放つ威圧感が合わさり、泰吾たちを圧倒する。
ワゴン車を引き下げた羽月とは違い、美月はその場に残り、エクウスの手を掴んだ。
「お父さん、宝石の鑑定士でもあるの。これはかえすね」
エクウスの手に握らされたのは、彼がお代として渡された宝石。
驚いた全員に、
「お代以上は受け取れない。これは私とお父さんの総意よ。羽月にはまだ分かってもらえなかったけど、
これは決定事項。あと、さっきの話も聞こえたわ」
ひどく落ち着いた声。泰吾は、そこにいるのが本当に美月か疑わしくなった。
「自分の身はもう少し大切にしなさい。その考え方だと、いつか動けなくなるわよ」
「聞こえてたんなら知ってんだろ? 俺は元々ガキのころ死んでいるんだ。今さら心残りなんざねえよ」
「なら、どうしてこんなにたくさん食べたがるのかしら?」
美月は、自分たちが苦心して作ったステーキを眺める。
「心残りがないなら、食事なんて最低限でいいでしょう?」
「……ふん。知るか」
「そう」
この次の言葉は、空と明日香を驚愕させた。
「どうやらあなたには、私の弟になる資格すらなさそうね」
「嘘っ!?」
「白珠さんが!?」
空はともかく、明日香がここまで取り乱すとは。
(むしろ美月さんの方が異常だろ……)
エクウスも泰吾と同じように、エンシェントたちの反応から同じ結論に至ったらしい。
「さっきは何をふざけたことをと思ったが、お前は底抜けのバカだったようだな」
バン!とテーブルを叩き、立ち上がり、美月を見下ろす。
しかし、自分より長身の男に迫られているというのに、美月に怯みはない。
それどころか、
「だって、死にたがりを弟にしたくないもの。あなたの命って、それだけの価値しかないんでしょ?」
これには、エクウスの堪忍袋の尾が切れた。彼女へ拳をぶつけるが、美月はそれを難なく受け止める。
「あなた、これまで出会った中で最低の人間ね」
「言うじゃねえか。へっ、決めたぜ」
「?」
エクウスはにやりと笑い、
「お前がもらったのは、あの紫のだな?」
「そうよ」
「あれは確か、この国では十五万だったな?」
「間違いないわ」
「今回の俺の注文はいくらだ?」
「二万弱」
「なら、」
エクウスは自信たっぷりと、
「二ヶ月、俺を住み込みで雇え。弟だなんだはどうでもいいが、他の奴らがよくて俺だけ仲間ハズレってのは気に入らねえ。いいな?」
エクウスの啖呵に一瞬美月は微笑み、
「嬉しい! 自分から弟になろうとしてくれるなんて!」
突然美月の調子が戻った。しかし、エクウスは全く動じず、
「だがてめえの下に落ち着くのは面白くねえ。俺を兄と敬わせてやる!」
「ふふ、いいわよ! さて、じゃあ今からエク君の歓迎会の準備しなくちゃ! お姉ちゃん、ケーキ作るから、皆んなも食べて行ってね!」
こちらが何か言うよりも先に、美月は厨房へ消えていった。泰吾たちに残されたのは、ガツガツとステーキを食らうエクウスだけだった。
エクウスが頑張りすぎたので、前回の登場人物たちが空気になってしまいました。申し訳ないです




