地下室
書いているとキャラが勝手に動いて予想外のキャラクターになることってあるよね!
前回の空といい、今回の羽月といい、自分のキャラはずいぶんとわがままです
「というわけで、ここがゾディアック、絵戸街支部です」
昼過ぎ、店をやってきたバイト三人に任せた羽月に連れられて、泰吾と空は店の地下室を訪れた。マイは兄から仕事を頼まれたため、先に帰宅している。「あのバカ兄が~!」と叫びながら彼女の分の支払いを空に押し付けていったが、何があったのだろうか。
厨房の奥から階段を下った先にある、古風な壁に似合わぬ近未来的な扉。木製の廊下に埋めつけられている白い自動ドアが開いた先の光景に、泰吾は目を奪われる。
「な、なんだ、ここ……!?」
果たして現代技術の結晶なのだろうか。地下室そのものは、車が三台も入ればそれで埋まる程度の大きさだが、天井からは無数のモニターが目まぐるしく変わる画面で見下ろしており、自然と背筋が伸びる。
「ここは、本当に日本なのか……!?」
「やっぱり男の子って、こういうところ好きですよね」
空がにっこりと泰吾の顔を眺めている。
「私も少し分かります。ロボットとか、こういう機械とか」
「それどころじゃない……! これも、これも!」
近くのデスクで、パソコンの近くに散乱している機材に少し触れてみる。ジャンク屋見習いの彼でも、それらが見たこともないパーツからできていることが理解できる。
「なんだこれ……USBメモリか?」
泰吾が手に持ったのは、小さな小型端末。細長いそれには、色とりどりの電子的紋様が続いており、見るだけでも近未来のものだと考えられる。
「それは開発中のオーパーツリバーサーですね」
「リバーサー?」
空も初めて聞いたワードらしい。同じように疑問符を浮かべている。
「簡単に言うと、オーパーツを初期化するものです。逸夏さんのように、望まぬエンシェントとオーパーツとの縁を切るための道具です」
「へえ……これって、役に立つ機械はあるのか?」
「限定される用途なのであまり自信作ではありませんが……たとえば、遺跡調査の人が間違ってエンシェントになったり、市場にながれたオーパーツの悪用を防いだりできます」
「すごいな……」
「あれ? 羽月ちゃん、前来たときこんなのあったっけ?」
次は空だ。ヘッドホンらしきものを手にしているが、それがただのヘッドフォンなどという期待外れなことはないように願いたい。灰色のデスメタル系の色合いだが、果たしてどんな意味が……
「それはただのヘッドホンです」
足が滑った。
「え……ただのヘッドホン?」
「イルカさんみたいに遠くの音が聞こえるものが欲しくて。でも、はんだ付けとコイル間違えちゃって、結局普通のヘッドホンになりました」
「間違いで普通のヘッドホン作るのもそれはそれですごいと思うけど」
すると、羽月が空のヘッドホンを取り上げる。
「色々ゴチャゴチャしちゃうので、あまり触らないでください」
「おっと、すまない」
「あと、この机は私ものもなので、あまり荒らさないでください。必要機材が行方不明になってしまいます」
「この机……君の物なのか?」
羽月は簡単に机と言っていたが、この長机の長さは少なくとも五メートルはある。机の模様が分からないほどもので溢れた机を見ていると、色々組み合わせたくなるのは実家の影響だろうか。
「はい。何か?」
「いや、もしかして……」
「片付けが苦手なので、このままです」
「ええ……」
「以前私たちも手伝ったりしたんですけど、余計に分からなくなっちゃって。もうそれ以来ここは半分羽月ちゃんの個室です」
空の言葉に、泰吾は声も出せなくなる。
「この街の中枢支部がそんな調子で大丈夫なのか?」
「ゾディアック本部との連絡は、時々父が本部まで足を運んでいるので、ここは滅多に使われません」
「滅多に使われないからって……」
「それより、逸夏さん」
羽月は無造作の山に手を突っ込み、何かを取り出した。これまた携帯できる端末だが、目盛が並んでいることから、何かの測定器だと判断するのが妥当か。
「少し脱いでもらえませんか?」
「……は?」
「……! 羽月ちゃん!」
顔を真っ赤にしている空。当然だ。こんなことを言われて、泰吾もすぐに反応できない。
「? なにか?」
しかも当の羽月は何がおかしいのか理解できない様子。
「なにかって、おい、あの」
「あのね、羽月ちゃん、そういうことはもっと段階を踏まないと……」
「段階?」
「だから、そういう……」
「そもそもどこでそんな言葉を覚えたんだ?」
「そんな言葉?」
「だから、」
「なにを驚いているのですか? マイさんからの報告、さっき読みましたよ。逸夏さんの体のなかにエンシェントが埋め込まれているんですよね? どれくらい体に溶け込んでいるのか調べたいのですが」
「ああ、なるほど」
「なんだ、そういうことか……ビックリしちゃった……」
「? なんだと思ったのですか?」
「いや、いきなり脱げと言われると……」
「脱げと言われると?」
「いや、その……」
羽月が純粋な瞳が泰吾と空の二人を映す。
「その……空、なんとかしてくれ」
「いや、私は……先輩こそ」
「俺にできるわけないだろう? そもそも、お前がきっかけになったんだから」
「いや、お前が……」
「なんの話ですか?」
「いや、……それより、なんで脱がないといけないんだ?」
「服があると正確な数値が測れないので、ご協力お願いします」
「ああ、分かったよ……」
と、ジャージを取ろうとしたところで、その手が止まる。
「……空、お前いつまでそこにいるんだ?」
「あ、いや、あははははは。気にしないでください」
「俺も年頃だから、さすがに同年代の女の子の前で脱ぐのはなるべく避けたいのだが」
「ワタシハキニシマセンノデドウゾツヅケテクダサイ」
「なぜに片言」
「キニセズニ」
「いや無理だ」
「どうぞどうぞ」
「無理」
「遠慮なさらず」
「早くしてください!」
結局、羽月に追い出されるまで、空が動くことはなかった。
「私にはよく分かりません。何であんなに時間を取らせるんですか?」
「子供にはまだ早い」
「そうだよ、子供にはまだ早いよ」
計測後、パソコンにデータを打ち込む羽月に二人は言った。小学生のものとは思えないタイピングスピードで、計測データを入力しており、この段階で羽月は天才なのだろうかと考えてしまう。
「体育の時間とか、水泳の時間とか、異性の方の裸を見ることなんてたまにあるではありませんか。なぜにそこまで抵抗するのか、私には分かりません」
「君も中学生になればきっとわかることだ。そもそも俺たちの高校には水泳はないけど」
「私の友達は小学生からでも分かってましたけど」
「それは早すぎるだろ……そういえば、えっと、羽月、ちゃんと呼べばいいのか?」
「お好きにどうぞ」
「羽月ちゃんは、ここのお店のオーナーの娘さん、だよね?」
「はい」
にこりともしない。嫌われてしまったのか。
「日常的にここの手伝いをしている、でいいのかな?」
「はい」
「でも、この部屋の私物化といい、機械の手つきといい、エンジニアに向いていそうだな」
「エンジニアですか……確かに……」
空も相槌を打つ。
「そういえば、羽月ちゃんって、私が見ている範囲では、いつもここの店員か、機械いじりをしているよね? 外で遊んだりしないの?」
「むっ……私をなんだと思っているのですか? 私だって外で遊んだりしますよ。友達だって。明さんと千夏さんがいます」
が、ここで少し顔を背け、
「あまり体動かすのは得意ではありませんが」
「やっぱり、機械をいじるのが好きなんだよね?」
「はい。機械は素晴らしいです。手を込めればそれだけ動いて応えてくれます。大変な作業も終わったら気持ちいいです。あと、お姉ちゃんが褒めてくれます」
「へえ。ということは、将来の夢は、やっぱりエンジニア?」
泰吾が質問すると、羽月はタイピングの手を止めた。回転いすで二人に向き直り、
「……知りたいですか?」
「ちょっと興味あるかも」
「私も聞きたい!」
「ふっふっふ。では、お答えしましょう」
さっきまでの小声はどこえやら、羽月は奥へ移動し、引き出しを開く。ペンチやドライバーなどといった工具をかき分けて、彼女が取り出したそれは、
「私は、この工場の工場長になることです!」
大きな画用紙に描かれた、くすんだ灰色の巨大な建物。マウスのような造形と、煙突が数本伸びている。一般的な大工場と分類できるそれに違和感があるのは、その下に煌びやかな色で、『ウサギさん工場』と書かれているからだろう。
「この工場で、いろんな人を動かして、いろんな機械を作って、いっぱいお姉ちゃんに褒められたいです!」
でも最後はお姉ちゃんなんだ、と泰吾はぐっとその言葉を飲み込んだ。
さらに、羽月が次の画用紙を取り出し、
「見てください! これが未来で作る予定の機械です!」
真っ白な紙に描かれている羽月の絵。それは、お花畑でも家族の笑顔でもなく、泰吾も空も知り得ない無機質な機械たちだった。
「なんだこれは?」
「まだ設計の最中ですが、これは脳波目測機です。人の脳波を機械が読み取って、実際にその通りの動作をするものです」
「うわあ、そんなものができたら便利になるね」
「俺の実家は潰れるがな」
「あと、こっちは汎用制限回路です! こっちはもうすぐで完成するんです!」
小さな回路を見せつける羽月。どのパーツに付ければいいのかはなんとなくわかるが、この奇怪な回路の形はみたことない。
「これ、すっごく使えるんですよ!」
羽月がとても明るい。たぶん、今日一番ではないだろうか。
「今の半導体、実はほとんど余計なところに電力を回しているせいで、非効率的になっている場合が多いんですよ。でも、この回路を組み込むことで、一部の機能は制限されますけど、こっちのデバイスと連動して機械全体に電流が回るようにしているんですよ!」
「はんどうたい? かいろ?」
まだ理解できる泰吾はいいが、空は目を回して頭をショートさせている。彼女にこそその回路が必要ではないだろうか。
「まだありますよ!」
回路を大事そうにケースに入れ、羽月は次の発明品を発表しようとする。
「いや、もう充分。分かったから、」
「分かりました? では、次はこれらの技術の応用へ移りましょう!」
「いや、そういう話ではなくて、ほら。空が……」
「空を飛ぶ技術ですか? もちろん作っておりますよ!」
「いや、そっちの空じゃなくてこっちの空……」
だが羽月は泰吾の言葉を無視し、壁に立てかけてあったものを外す。鳩のような翼がつけられたリュックサックについて解説が始まろうとしている。
「これは空さんの雅風をモチーフに作りました、フライサックです!」
羽月が「これの動力はなんと……」と言いかけたところで、彼女の業務用トランシーバーが鳴る。羽月のマシンガンが治まって正直ほっとした。
「なんですか、いいところなのに……もしもし、こころさん?」
こころというのは、バイトの子の内一人だ。偶然にも泰吾と同じクラスの生徒で、さっき軽く挨拶した。
『羽月ちゃん! 大変なの! 今すぐ警察を呼んで!』
これまで聞いたことがないくらい緊迫した声がトランシーバーから聞こえる。
『お店が、悪い人に乗っ取られちゃった!』
羽月一人で、クロガネ屋のピンチです!
源八は、今すぐこの娘を雇うべきかも




