緑の翼
一月経ってから割り込みになります。前のものを読んで先に行った方には申し訳ないです。
「________________________________________!」
大鬼が赤、青、緑の腕を振るいながら校庭に円陣を描く。大きく吹き飛ばされながら、エンシェントたちと綾は尻もちをついた。
「なんだよ、あれ……」
大鬼はさらに、赤の棍棒、青の刃、緑のボウガンの乱舞で、周囲を無差別に破壊していく。校舎はズタズタに引き裂かれ、周辺の家々は砕かれ、逃げ遅れた人は瓦礫の下敷きになる。
「くっ……やめっ……!」
泰吾の叫びが瓦礫に遮られる。それを砕いても、また別の瓦礫。アキラスを含めたすべてのエンシェントが防戦一方になっていた。
いや、全員ではない。天空へ逃げた空は上空から弓で瓦礫を可能な限り打ち落としながら、大鬼の手の武器を射る。だが、力強く握られたそれらを落とすには敵わなかった。。
「___________________________!」
大鬼も空を目障りだと認識したのか、目線とボウガンを空に注目した。
「空っ!」
「ちぃ!」
ペネトレイヤを投げ捨てたアキラスが、鳥銃で大鬼の矢を狙撃する。そのまま鳥銃は大鬼本体にも逸れていき、その強靭な肉体にも弾丸を打ち込む。
が、
「効果なし……ならば!」
アキラスは鳥銃を捨て、新たなオーパーツを引っ張り出そうとする。が、
「……むっ!?」
もう大鬼はアキラスにそれだけの余裕を与えない。とめどないボウガンを空とアキラスに固定している。
「うわわっ!」
空は大きく翼を広げながらボウガンを回避。矢を撃ちあうも、大鬼のボウガンはまるでリボルバーのように連射式で、こちらの追随を許さない。
「やってくれたわね……こっちももう怒ったわよ!」
マイの怒声とともに、炎の番犬たちが駆ける。大鬼の棍棒と刃を伝いながら本体ののど元に喰らいつく。効果はあっても決定打には程遠く、大鬼の抵抗でいともたやすく蹴散らされる。打ち消された犬たちの残滓が泰吾の前から落ちていく。
「なっ……」
「この……!」
驚くマイを差し置き、筋斗雲に乗った明日香が大鬼の頭上へ到達。
「これならどうかしら!?」
如意棒が太く、長く伸びる。巨塔となった如意棒を全力で大鬼の脳天めがけて振り下ろす。
氾濫を鎮める重鎮が怪物にのしかかる。大鬼の背骨が揺れ動くことは叶ったものの、すぐに大鬼は怒りの形相を明日香に与えた。
「……やっぱりそう簡単にはいかないわよね……っ!」
虫を追い払う手を避けながら、明日香は破壊される校舎へ降りる。
大鬼はさらに、自身の活動領域を広げようと動き出す。柱のような太さの足で学校の敷地から出ようとするのを、泰吾とアキラスが腹へ一撃を加えることで阻止。
「こいつ、外に行くつもりだぞ!」
「力なき者を狙うとは……貴様もまた弱者か!」
「ゴーレムにお前理論の強者も弱者もないだろ……暴れることしかできないんだから」
二人の跳躍力と、空の滞空能力。それが大鬼の前に立ちはだかる。
「これじゃ時間稼ぎしかできない! 何とかならないのか?」
「ならば貴様の強さを示せ! やつを……」
「お前の暴論はもう当てにならない!」
「二人とも、危ない!」
大鬼の目先の動きのみに集中していた泰吾とアキラスは、空の悲鳴が届くまで上からのボウガンの狙撃に気付かなかった。空が身を挺してそれらを一身に受け、二人の前に墜落する。
「うがっ!」
左手からの墜落に続く空の悲鳴。骨が折れたのではと泰吾が予測してしまった。
「空っ!?」
「ちぃ!」
「________________________________________!」
敵の手数が減った。それは、大鬼の攻勢がさらに増す瞬間であった。赤の棍棒を泰吾たちと少し離れたマイに、右手の青い刃を明日香に集中する。
「やっばい!」
マイは急いで炎の犬たちを自らの盾にする。明日香も筋斗雲を奔らせ、刃の斬撃から逃れる。
しかし、空に肩を貸した泰吾に回避する余裕はない。彼女の盾になるよう抱き寄せ、大鬼に背中を差し出すが、果たしてイニシャルフィストの鎧が棍棒に耐えられるだろうか。
だが、いつまでたっても痛みはない。
代わりに、耳を塞ぎたくなるような重い金属音が響いた。
「睦城空、やはり貴様は強い!」
泰吾たちを庇ったのは、新たな盾のオーパーツで身を守るアキラス。全長二メートルはある黒い盾が、大鬼の大地すら揺るがす棍棒を受け止めていた。
「……私は、」
だが空は、少し沈んだ声で言った。
「私は、強くはありません……」
「いや、貴様は強い! 即座に他者の盾となりうるのは、強者だけだ!
「私はあなたに負けて、雅風を奪われて、今回の引き金になって、雅風も結局自分で取り戻したわけでもないし……私は!}
「オレは貴様の強さを認めた! 雅風は、貴様のもとにあってこそ真の強さを見せる!」
「真の強さ……?」
「使うものが、真にそれを愛するとき、それの真の強さを発揮できるのだ!」
「わけがわからない……一体何を言っているんですか?」
「正直俺にも分からないな」
泰吾も困惑している。だから、泰吾は自らの言葉で語った。
「でも、お前は雅風を一番大切にしていると思うし、今雅風を手放したら、きっと後悔すると思う」
「そう……ですか?」
「なんでお前がエンシェントになる決意をしたのかは知らないけど、俺は一緒に戦ってほしい、かな?」
「……私、は……」
「なら、お前は……」
泰吾は静かに尋ねた。
「どうしてエンシェントになる決心をしたんだ?」
空は泰吾の肩から降りる。そして、絞り出すように言葉を紡ぎだした。
「雅風がなかったら、力は弱いし、どんくさいし、弓道以外はとりえもない……だから、」
空は、弓となった雅風を見下ろす。
「それに、お父さんが初めて褒めてくれたから……これが、誰かを救える力になる。そう願って、私は……」
「だったら、最後までやり抜くべきだ! ここであきらめたら、絶対後悔する。アキラスに奪われて、理由もわからなく色々なことに巻き込まれて、原因の一端にもなってしまったんだ。雅風をどうするのかは、全てが終わったあとに決めればいい」
「……私は、もう一度雅風を受け入れて、後悔しないでしょうか……」
「そんなことはわからない。後悔するかもしれないし、後悔しないかもしれない。でも、」
泰吾は一息入れた。
「何もしないのは、絶対に後悔する。これだけは絶対に言い切れる!」
「……」
しばらく空は唖然としていたが、やがてクスリと微笑み、
「分かりました、先輩!」
ふらつく足取りで立ち上がる。
「私も、後悔しないよう、少しあがいてみます!」
「ああ!」
そのとき、泰吾の脳裏に何かが閃いた。泰吾がこの状況でどうするべきなのか。
(イニシャルフィストが教えているのか……?)
確証はない。泰吾はこの直感を信じることにした。
「空、ちょっといいか?」
「へ? うわっ!」
さすがに拒否された。まあ、許可なく首筋に触れるのは、鎧越しでも驚くだろう。
「ななななな、なにするんですか!?」
なぜか顔を真っ赤にしながら咎める空。マイといい空といい、ここまで強く言わなくてもいい気がする。
「俺もよくわからないが、まあイニシャルフィストがそうしろと」
「オーパーツが詐欺をしろといったら先輩は詐欺をするんですか!?」
「それぐらいの良識はあるわ。いいから」
「せっかいく気合入ったのに~」と文句を言う空の首筋に改めて触れる。すると、エンシェントのエネルギーがどんどん泰吾の中に流れていく。
「よし、いいぞ。ありがとう」
泰吾は彼女の背中をとんと小突き、もう十分だと知らせる。
瞬間、泰吾の体が再び白い光に包まれる。イニシャルフィストのエンシェントになるものと同じ輝きだ。だがそれは、徐々に色を変え、やがて緑の疾風となる。
それが消えたとき、泰吾の姿は白いマフラーを靡かせる格闘戦士ではなかった。
緑の薄い鎧、緑の翼に変化したマフラー、右手に握られた弓。
隣の空の雅風と瓜二つの姿だ。
「ああ! あんた、それ!」
驚いたマイが泰吾を指差す。
「それ、あたし以外にも使えるの!?」
「みたいだな」
泰吾は自分の姿を見下ろしながら言った。薄い鎧はとても軽く、動きにも一切干渉しない。
「さあ、改めてもう一度! 鬼退治といこうか!」
「ふっ、いい強さだ。むんっ!」
アキラスが盾を押し返す。無抵抗だった棍棒がバウンドされ、大鬼の体全体のバランスが崩れ、足元がふらついた。
「いまよ、明日香!」
「貴女に指図されたくはないわ! ダメ犬お姫さま!」
炎の剣と青のボウが大鬼の棍棒を封じる。
「貴様らの強さ、次はオレの敵として立つことを楽しみにすることにしよう!」
ペネトレイヤに持ち直したアキラスの突進。青い刃を二本一気に破断し、左側の緑のボウガンも打ち落とす。
しかし大鬼もそれだけでは足りない。振り払ったのとともに、見た目を裏切る高さへ跳躍。大鬼が星の大きさになったとき、二つの緑のボウガンが地上へ向かう。
だが、
「いくぞ、空!」
「はい!」
泰吾と空は、雅風の弓を構え、同時に矢を放つ。
エンシェントとゴーレムの矢は、それぞれに衝突し、対消滅する。
翼を広げた泰吾と空は、ともに上空の大鬼へ飛び上がる。矢を撃ちあいながら、少しずつその巨体に接近していく。
棍棒と刃をかいくぐりながらその体に矢を突き刺すも、なかなか決定打にはならない。
「____________________!」
だが、しびれを切らした大鬼が咆哮。大気を震わせ、滞空が不安定になる。さらに、動きを封じられたその隙に、大鬼の棍棒が二人の頭上から振り下ろされる。
幸い受け身は間に合ったものの、まともにそれを受けた二人は、校庭に真っ逆さまに落下した。さらに大鬼は自重で落下し、二人にとどめを刺そうとする。
すでに泰吾と空の翼には亀裂が入り、もう飛行能力はない。このまま地に落ち、大鬼の一撃で最期の時を迎えるしかない、
「泰吾ー!」
「睦城さん!」
が、そうはならなかった。地に落ちる彼らを受け止めたマイと明日香により、墜落のダメージはない。
泰吾と空は礼を言い、矢を大鬼に向ける。緑の風が集う雅風の最大威力だ。
「これで、終わりだ!」
泰吾と空は同時にそれを放つ。それは、大鬼が防御として放ったボウガンを打ち破り、盾にした棍棒をへし折り、
大鬼の心臓部に命中。
「_________!!!!!!!!!!」
鼓膜を貫く大鬼の悲鳴。
その断末魔とともに、矢は大鬼の肉体を遥上空へ打ち上げ、
やがて花火のように、その肉体を爆発させた。
それは、大鬼がこの世界から消滅したことを意味していた。
「やった……のか?」
「ああ。貴様たちの強さの勝利だ」
泰吾が振り向いたとき、事実を述べた黒マントは、もうどこにもいなかった。
かなり戦闘シーンを多めに書きました!
後悔をテーマにしているくせに自分がこれを書かなかったことを後悔していたアホですが、これで後悔はしなくて……済むかな?




