最初の決戦
さあ、ようやく総力戦です。
前回の赤鬼よりもバトル多めです!
「さすがに面倒ですね……」
ナラクはエンシェントたちをぐるりと見渡しながら、
「乱入者が出るわ、寒い三文芝居を見せつけられるわ、なんなんですかね? もう殺しにかかってもいいですよね?」
青鬼と緑鬼が玉座の前で並び立つ。
「来るっ!」
「行くわよ!」
「ええ」
泰吾、マイ、明日香がともに駆け出そうとするが、
「甘いですね!」
緑鬼のボウガンが、エンシェントたちを襲う。まだ生身のエンシェントたちは、いきなりの爆発に耐える手段を持たず、地に転がる結果となった。
「ふん。やはり貴様は弱者だ」
すでにペネトレイヤを展開していたアキラスのみが無事であった。
「弱者? 私が?」
「戦う前の敵を攻撃するなど、弱者のすることだ! 強さをぶつけずに終わらせるなど、貴様の弱さを隠すためだ。違うか!?」
「本当にあなたには腹が立ちますね。肉片一つ残しませんよ……」
「構わん。……貴様らも」
アキラスは、エンシェントたちへ向き直る。
「貴様たちは強い。オレという敵にも、奴という敵にも、臆せずに立ち向かう。オレは貴様たちに敬意を表そう」
「そういうのなら、オーパーツ狩りをやめてほしいんだけど……」
一番に立ち上がる明日香。しかしアキラスは、
「済まないが、オレの強さの証明のためにそれはできない。だが、この場限りでは力を貸そう」
「あっそ。つまり、そのうちあたしたちのオーパーツも奪いに来るということよね」
アキラスに並ぶマイ。
「今回、あんたの手の内、可能な限り探らせてもらうわ」
「戦いの中で見出したものは、それもまた貴様の強さの内だ。そして、睦城空」
突然アキラスは、空に何かを投げ渡した。翡翠色の軌跡とともに彼女の手元に収まるそれを見た泰吾は愕然。
「これって……!」
「雅風……!?」
「貴様は奴よりも、そしておそらくこの中の誰よりも強い。その強さを、奴に、オレに見せてみろ!」
「……」
空は雅風を静かに見下ろしている。彼女の目には、迷いと躊躇いがあった。だが、アキラスはそれを吹き飛ばす。
「貴様が弱くなったというのなら、それを投げ返せ。これ以降、もう貴様の前に現れることもあるまい。だが、貴様がまだ強さを持ち、力なき者たちのためにその強さを使うというのなら、それを使え! 貴様の強さを、オレはもう一度見たい!」
「……分かりました」
空も立ち上がる。
「これは私の強さそのものです。私は、お父さんから、おじいちゃんから、皆から受け継いだ雅風で、ゴーレムと戦う! 人を守るためにエンシェントになったんだ!」
「ふん。それでいい」
「……みんな、これ……」
泰吾は、源八からもらった包みを開いた。力強く握られたおにぎりが四つ顔を出した。
「みんな、少しは体力の足しになると思う。アキラス、お前も……」
「いらん。オレと貴様たちはあくまで敵同士だ。貴様が食い、己の血肉としろ」
「……さあ、みんな」
「そうね、今度はいただくわ」
マイは真っ先に右端のものを取る。
「借りは今度返すわ」
その隣を、明日香が掴む。
「いただきます、先輩!」
左端を空が。
残ったものを泰吾が口に運ぶ。
源八の作ったおにぎりは、具が多すぎで、おにぎりというより、具を米で包んだという方が正しい。牛肉と野菜、卵の味が完全に米を埋めている。
だが、少しは力が出たと思う。
泰吾は口を拭い、
「皆。行くぞ」
マイが炎のペンダントを掲げ、
火柱が立つ。
明日香が鉢巻を巻き、
水柱が立つ。
空が笛を鳴らし、
風柱が立つ。
泰吾の心臓部が輝きはじめ、
光柱が立つ。
四本の柱が消え、
ハウリングエッジを構えるマイ。
如意棒を振り回す明日香。
雅風で飛び上がる空。
そして、イニシャルフィストで真空を穿つ泰吾の姿があった。
泰吾は左手首を右手で握り、
「さあ、鬼退治と行こうか!」
「潰せ! 青鬼! 緑鬼!」
ナラクの命令とともに、二体の鬼が動き出す。それとともに、部屋の壁から有象無象の人間大の小鬼たちも攻めてくる。
エンシェントたちはそれぞれの武器で小鬼を蹴散らしながら、少しずつ前へ進む。
「弱い」
先頭の小鬼にペネトレイヤを突き刺したアキラスは、それを群がる小鬼に投げ渡す。群れのスピードが遅くなり、後ろがつっかえたところに、炎の巨大な犬がそれらをまとめて焼き尽くす。
「ほう。貴様か」
「協力してあげたのよ。少しは感謝したら?」
マイがハウリングエッジを肩にかけながら皮肉を言った。アキラスは鼻を鳴らし、
「貴様のオーパーツを頂いたあとで、まとめて感謝を送ってやる」
「あっそ」
マイは背後の小鬼を斬り捨てながら、
「なら、あんたから礼を言われる日は永遠に来ないわね」
「そうか?」
アキラスも目の前の小鬼の一団を斬り伏せる。
「オレはいつでも構わんぞ?」
小鬼たちの波が一度治まったところで、二人はにらみ合う。少しづつ距離を縮め、
「ふんっ!」
「はあっ!」
マイとアキラスは、それぞれ互いへ武器を振るう。
そして、それぞれの背後から襲おうとしていた小鬼の心臓を破壊した。
「言っとくけど、あたしもお礼は言わないわよ」
「好きにしろ」
背中合わせになった二人を、無数の小鬼たちが囲む。
「でも、空ちゃんに雅風を返してくれたことだけは少し感謝してあげる」
「不要だ。オレは奴の強さを再び見たかった。それだけだ」
「あっそ。なら見てなさい。空ちゃんは強いわよ!」
マイとアキラスが同時にそれぞれの武器を振るう。
赤い炎と、黒い尖刃が小鬼たちを引き裂いていった。
「いい加減にしなさい……!」
小鬼たちが見えなくなったところで、ナラクが頭上で浮遊している。
「私の計画の邪魔になります。とくにアキラスとやら。あなたが来てから、エンシェントたちが活気づくわ、鬼を殲滅してくれるわ。迷惑もいいところですよ!」
「文句があるなら自らの力を示せ。自ら以外のものでしか語れぬ者に、この者たちを阻む資格はない!」
「敵のあたしたち、結構高く買われてるわね」
「オレは敵には敬意を払う。だが、自らの非力を他者に委ねるものは最早敵ですらない!」
「敵ですらない……言ってくれますね……?」
もう最初の余裕すら見せなくなったナラクは、腰に付けてあったステッキを掴む。
「覚悟しろ! 屑どもがあああああああああああああ!」
もう最初の丁寧語すら崩したナラク。ステッキの先端を向けると、
「っ!?」
魔術師の手品のように白い煙が発生、そこから無数のコウモリが出現する。
コウモリたちはそのまま二人のエンシェントに迫る。二人はそれぞれの刃物でコウモリを切り裂くが、数が多い上、コウモリの発する音波で膝をついた。
「っ!?」
さらに、マイは首筋に痛みを感じる。彼女の首に喰らいつくコウモリを引きはがし、踏みつぶすと、悲鳴を上げる頭を無視しながら、ハウリングエッジをがむしゃらに振る。
「はははっ!! どうだ!? 誰が弱者だ!? 私は弱者ではない! 有り余る強さがある! 屑のお前たちとは違うのだ!!」
大笑いするナラクの声は、不自然に鮮明だった。
ようやくコウモリの群れが煙と消え、マイたちは開放される。
「もうさっきのキャラ完全に崩壊しているじゃない……」
「自分を偽っていたということだ。自らの弱さを自覚しているのだろう。それを口にすることをなによりも恐れる。本当に哀れな男だ」
「黙れ……」
アキラスの挑発に対し、煽り耐性のないナラクが逆上し始める。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れだまれえええええええええええええええええええええええええ!」
小鬼たちですら怯える形相とともに、ナラクの胸から、巨大な手が出現する。長い爪を持つ右手は、その気になれば人間など簡単にひねりつぶせるだろう。
ファントムハンドと呼ばれる腕が、二人のエンシェントに伸びる。確かに異様な速度だが、ナラクも運が悪い。
エンシェントの人間よりも強化された動体視力からすれば、それを避けることなど容易い。コウモリたちの音波でも、運動速度に効果はなかったのだ。二人が避けた地点に、影の手が突き立てられる。
「ぐぬぬぬぬ……!」
「どうした? 思いもよらないことは生まれてこの方初めてか?」
ここでマイは、アキラスの挑発に便乗することにする。
「あら、それってもしかして温室育ちなの? いやあねえ。もしかして、ずっとお母さんに守られてきたとか? こういうのをこの国ではマザコンっていうのよね」
「黙れええええええええええええええ!」
彼は見るからに遠距離タイプのエンシェントだ。あの細腕からも、あの奇術と腕を駆使するタイプだろう。そんな彼が二人の敵と対峙しているときにしてはいけないのは、接近戦を挑むことだ。
だが、頭に血が上った彼は、そんなセオリーすらもう忘れてしまっている。ステッキを振り回しながら二人のエンシェントに挑むが、
だが、炎の剣と槍は簡単にそれを押し返す。
「喰らいなさい!」
続けて距離を一気に詰めたマイは、炎の剣を振るう。炎が数閃、ナラクの体を走り、
追撃の黒いドリルが、その腹を抉る。
「があああああああああああああああああ!?」
すがすがしいほど吹き飛ばされながら、ナラクは意識を地面に落としていった。
「本当に、哀れな男だ」
アキラスの無関心さは、もう焦点を小鬼に移し替えるほどだった。
「せいっ!」
見事な棒術で、明日香は小鬼の追随を許さない。しかし、小鬼たちの増殖は治まることを知らず、片目にも壁から湧いてくるのが確認できる。
「面倒ね……伸びろ、如意棒!」
明日香の言葉に従い、如意棒は鉄棒サイズから延長を始める。
それは彼女の背丈を超え、鬼たちを超え、天井まで。
「喰らいなさい!」
棒を薙ぐだけで、視界一面の小鬼たちが払われていく。それを鉄棒の時と同じ速度で処理すると、
当然、視界一面の小鬼たちは一人もいなくなる。
「こんなものかしら?」
しかし、こんなものではない、と目の前の緑鬼が着地で語った。
「あら? 私の相手は貴方なのね」
緑鬼はボウガンを発射。緑の風が無数に明日香を襲う。
「さあ、来なさい!」
明日香は筋斗雲に飛び乗り、それを走らせる。緑鬼もそれを追いかけるように何度も跳躍する。
「伸びろ、如意棒!」
届かない距離にいる緑鬼にむかって、如意棒が放たれる。しかし、身軽な動きを得意とする緑鬼は、嘲笑うようにそれを回避する。
それどころか、緑鬼は柔軟な体を駆使し、如意棒の上を走ってくる。
「何よあれ!?」
振り回すも、緑鬼は如意棒と天井の間を往来し、うまく上空にいられるように保っている。
そして、天井を蹴り、こちらへ急速接近。至近距離で緑鬼はボウガンを鳴らした。
「!!!」
防御態勢を取るも、ボウガンの衝撃には耐えれられない。
筋斗雲から落とされる明日香は、慌てずに受け身体制を取る。足にいささか無視できない負担がかかったが、問題ない。
緑鬼は、落下しながらボウガンを放つ。放物線を描く軌道を予測し、
「来なさい! 筋斗雲!」
金色の雲が宙を奔る。しかし、それが明日香本人へ向かっているわけではないことに緑鬼は気付かない。
筋斗雲はそのまま緑鬼の左のつま先をたたく。たったそれだけの動作だが、空中にいた緑鬼にとっては、バランスを崩す十分な理由となる。
如意棒を数回振り回し、腰の位置に落とす。
「はあああああああああああああああああああああああああああああ!」
緑鬼へ振り、どんどん伸びていく如意棒のその先端が緑鬼の頭蓋に命中する、まさにその直前。
如意棒は、太く変化した。
もはや棒ではなく、柱となったそれは、緑鬼を再び天井近くへ突き上げる。
そして、神速を誇る筋斗雲により、緑鬼よりも先に天井へたどり着いた明日香は、
「念仏はお早めに」
筋斗雲を全力で蹴り、ミサイルのような速度で緑鬼とすれ違う、
その間際に、全身全霊を込めた如意棒を叩きこむ。
部屋全体に伝わる振動音と粉砕音。それは、緑鬼の体内全ての組織が崩壊したことを意味していた。
地面に落下、床を突き抜け、緑鬼の姿は奈落の底へ消えていった。
着地した明日香は緑鬼の穴を見下ろし、
「ナラクだけにね……ププッ!」
小さく吹いた。
風が集い、空は天井高くへ駆け上がる。まるで雅風との再会を喜ぶように、体が跳ね上がっていた。
「行くよ!」
雅風の弦は、これほどまでに軽やかだっただろうか。
雅風の翼は、これほどにしなやかだっただろうか。
緑の嵐のなかで、空は大空を翔る。地上の小鬼たちを撃ちながら、どんどん進んでいく。
「よし……うわっ!」
突如現れた白銀の刃に、空は慌てて急旋回。青鬼は、細い刃で的確に空の座標を突いてくる。常に動き回ることを強制される。
「!」
青鬼の素早い動きは、空の意識外で彼女の目前への移動を可能にするほどだった。急停止しようにも、翼は勢いを殺しきれない。
だが、
青鬼の刃は、割り入った泰吾が受け止めた。
「はあっ!」
泰吾の回し蹴りで、刃は粉砕。青鬼の顔面を蹴り、天井に穴を開け張り付く。
「_____________________________!」
青鬼の怒りの咆哮。数刻地面に緑色の流れが発生するとともに、青鬼の刃が弓の形となる。
「え?」
空が驚くのも無理はない。青鬼の弓は、その形といいしなり具合といい、雅風のそれと酷似していた。
違いがあるとすれば、空の弓は透き通った緑色に対し、
青鬼の弓は、おどおどと全ての生を否定するような青だった。
青い矢が放たれようとする直前で、空も大慌てで弦を弾く。
二色の矢が空中で追突、消滅した。
「っ!」
発生した煙から、青鬼襲来。泰吾の篭手と白刃が、耳障りな音を立てる。
「ぐっ……」
数瞬の力の均衡は、馬力の差により泰吾の敗北となった。
直線に地面へ跳ね飛ばされる泰吾をダイビングキャッチし、空は再び上空へ舞い戻る。
「先輩、ご無事ですか?」
「ああ。助かった……」
泰吾は一安心し、
「……空、俺をあいつに向かって投げてくれ!」
「……はい!」
空は回転投げし、泰吾を投げ飛ばす。
空中で自由になった泰吾は、ブースターを超加速。さらに、援護として足に撃たれた空の風の塊。より加速した速さで青鬼の腹を殴る。
拳の幻影とともに、泰吾の拳は青鬼の腹を貫通。
「___________________________________!」
青鬼の断末魔を最後に、その姿は爆炎とともにこの世から消滅した。
泰吾「やったか!」
マイ「これで、ようやく終わり……」
空「私、これ終わったらお父さんに報告があるんだ……」
明日香「別に小鬼まで倒してしまっても構わないんでしょ?」
アキラス「もうなにもこわくない」




