合流
最近睡眠時間が安定しない……体調悪いのかな……
「でりゃああああああああああ!」
泰吾の拳が、鬼の体に穴を開ける。爆発四散した鬼を見届け、
「急ぐぞ! エスカ!」
「ええ!」
また二人は走り出す。
坂を駆け上がってから三十分だろうか。上層階につくと、飛躍的に鬼の数が増え、休む間もなく戦闘を強いられるようになった。鬼も種類が多く、人間より背丈が低いものから入り口のような巨大なものまで、バラエティ豊かで、それらが複数組み合わさると、もう戦略を読むことなど不可能だ。
そして、数百人いたはずの生徒、学校関係者は一人として見つかっていない。持ち物と思われるシャープペンシルやノートはあっても、本人の姿はどこにもない。
「いったいどこにいるんだ……!?」
何より、空をここから連れ出さなければならない。彼女が呼び水となってこの事態を引き起こしたのなら、彼女を移動させれば、すくなくとも今の状況は悪化しないだろう。
「……待って」
マイが呼び止める。彼女の言葉通り足を止めると、泰吾の前に何かが流れた。振子の動きをするそれが、重い円月型の刃を持っていると理解したとき、泰吾の体に悪寒が走る。
「最悪。罠まであるじゃない」
来た道も、幾重にも振子の刃の踊り場となっており、引き返すのは得策とは思えない。
「ああ。しかも、お客さんだ」
さらに、鬼たち。彼らは不思議と刃に触れても効果はないようで、互いに無干渉で運動を続けている。あれがエンシェントにも通じるかどうか実験しようとはとても思えない。
気付いた時には、四方の道すべてに振子と鬼がいるという最悪な状況だった。
「どうする? あの振子、たぶんエンシェントでもアウトよ」
背中合わせになったマイが尋ねる。少し考えた泰吾は、
「エスカ。掴まれ」
「は?」
「いいから、掴まれ!」
意図を理解できない表情のマイは、泰吾の首に手を回す。
「行くぞ」
「どこへ?」
泰吾はマイの言葉を無視し、拳を身構える。鬼たちを振子ごと蹴散らすスペックがあるのかと思いきや、
「きゃああ!?」
泰吾は跳躍した。突然の動きに舌を噛みそうになり、風圧に押しつぶされる。
その拳は、止まることなく天井を貫いた。瓦礫がうかつに近づいた鬼を数体押しつぶす。
「俺たちの目的は、とりあえず上だろう?」
「そ~ですね~」
マイは半分泣きべそをかいていた。
「……! あれは!?」
泰吾は、目の前に広がる光景に足を止める。
「なんか、ただごとじゃないわよね、やっぱり」
マイも賛同する。
それは、周りの壁から黒いツタが木の根のように絡みつく光景。その部屋の各箇所に、まるで何かを求めるように、ツタが絡みつくのは、
学校の生徒たち。
「考えるのは後だな!」
「ええ!」
生徒たちの姿を確認しながら、二人は一気にツタを破壊する。
ツタに抵抗する機能はないのか、いとも容易く潰され、斬られた。むしろ警戒していた泰吾は拍子抜けだった。
「おい、大丈夫か?」
救出した生徒の一人を抱え上げる。この男子生徒は、転入初日に泰吾に質問攻めをした生徒の一人だ。名前は朝霞優斗だったか。
しかし、優斗の顔は蒼白で、息も絶え絶え。今にも動かなくなってもおかしくはない。
しかも、斃れたツタに代わる、新たなツタたちが、生徒たちを求めて這い出てくる。
「なっなんだ!?」
「これ、多分みんなの生命力を狙っているのよ!」
「生命力!?」
テキパキと残りの生徒たち、十五人を部屋の中心に集めたマイは、泰吾と背中合わせになる。
「つまり、このバカみたいな山は、学校の人たちの生命力を糧にして作られている……そこにゴーレムが発生したってこと?」
「大体見当はつくが、一応聞かせてくれ。このまま時間が経てば、どこかで捕らえられてる人たちはどうなる?」
ツタを伐採しながら、泰吾は尋ねた。
最後の一刈を終えたマイは、
「お察しの通り」
「やはり死ぬか」
「ええ」
「最悪だ。このまま先に進むのも、少しな……」
「あたしの犬を置いていくわ」
マイはハウリングエッジを振り、その剣先から炎の犬を生み出した。アキラス戦でも大勢生み出したように、五匹の犬たちが生徒たちを守るように群れを成す。
「たぶん、あれくらいのツタならば追い払えるけど、さすがにゴーレムが来たら不安よね……」
「でも、これで行くしかない。ここで足を止めるわけにはいかないだろう」
「そうね。いい? 一郎、次郎、三郎、四郎、五郎! 根性みせなさい!」
マイの呼びかけに、犬たちは元気に「ワン!」と応えた。
マイは頷き、先を急ぐ。
「ところで、あいつらに名前あったのか?」
「ないけど、あそこは気合入れるために言ったのよ!」
そのまま泰吾たちは、三回同じように人を閉じ込めるツタの群生に遭遇した。
同じように切り払い、炎の犬を番犬に立たせていくが、(六郎、七郎、八郎、九郎、十郎が二十まで続いた)そのたびに明らかにマイに疲れが溜まっていった。走る速度が落ちており、エンシェントでない泰吾でも追いつけるレベルだ。
「エスカ、大丈夫か?」
「平気よこんくらい。なんてことないわ」
「汗だくじゃないか。もうツタの戦闘は俺一人に任せろ」
「そうはいかないわ。王族が、例え他国でも、国民を見捨ててたまるものですか!」
まっすぐなマイの言葉に、泰吾は少しだけ感激した。
次に泰吾たちが止まったのは、ツタによる捕食現場ではない。
「明日香!?」
その部屋では、明日香が倒れていた。
マイは急いで彼女を抱え起こす。
生徒たちとは違い、明日香にツタは絡まれず、生気も失われていない。ただ、全身傷だらけで、清廉だった青髪は、血で滲んでいる。そばに落ちている禁固呪が、彼女が最後まで戦っていたことを物語っていた。
「明日香、なにがあったの!?」
「うっ……」
明日香がおぼろげに目を開く。自分を介抱しているのがマイだと気付くのに、少しの時を要した。
「……あら。遅刻サボりのお姫さまじゃない。何してるのよ?」
「その口なら心配なさそうね」
明日香は一度頭を振り、起き上がる。
「油断したわ。まさかここのボスにしてやられるなんて」
「ボス!?」
「ボスがいるのか?」
「……ええ」
少し泰吾に嫌そうな視線を投げて、
「他の雑魚たちよりも大きいわね。大体身長十五メートルといったところかしら」
「十五メートルって……」
「あくまで私の目測よ。もっと小さいといいけど。あれだけのゴーレムは資料でも見たことないわね。右から左お姫さまはどう?」
「それはあたしが忘れっぽいと言いたいの? まあ、あたしも知らないわね」
「そう。……で、その鬼が宝物みたいに守っているところに、」
明日香はスマートフォンの写真を見せた。戦いの最中に撮影したのか。
「睦城さんがいたわけだけど」
ツタどころか、紫の水晶に閉じ込められている空の姿が映っていた。
「空!?」
「空ちゃん!?」
二人は奪うように明日香のスマートフォンを独占しようとするが、当の彼女は見事な身のこなしでそれをかわす。
「この山……そうね、結界と呼んでもいいでしょう。おそらく睦城さんは、結界のコア。つまり、中核にされていると考えてよさそうね」
「ゾディアックが懸念していた、ゴーレム呼び寄せってやつ?」
「……クールな人って、意外に口が軽いのね」
「この前盛大に空ちゃんに言ってたじゃない。それで? 空ちゃんはどこ?」
「こっち……その前に、」
明日香は泰吾へ表情を向きなおした。
「貴方には来てほしくないわね。力のない上、人が足りない。まだいる学校関係者の保護に回ってほしいのだけど」
「いや、俺も行く。あんたの言う通り、人が足りない。急いでそのボスと決着をつけるべきだ」
「……時間を無駄にしたくないから論争はしないけど、助けないわよ?」
「構わない」
「そう。なら来なさい」
明日香は拾い上げた禁固呪を巻く。渦潮とともに、腕には如意棒が、そして彼女の足には筋斗雲が現れる。
「命を捨てる覚悟があるならね」
手加減が一切ないスピードが、筋斗雲とブースターから発せられた。
「あっ……! ちょっと!」
移動能力をもたないハウリングエッジのマイを取り残して。
「あら」
おとぼけた表情の明日香は、
「あの鈍足重鈍お姫さま、置いてきちゃったわ」
と、口にした。
「あんたさっきまで人手がどうこう言ってなかったか?」
「あら? 口うるさい男性は嫌われるわよ」
さっきまで自分を毛嫌いしていた様子はどこへやら。おそらく彼女の中では、自分のことよりもマイを悪く言うことを優先したいらしい。
「それより、貴方のオーパーツ……前よりも強化されたみたいだけど、役に立つの?」
「ああ。それより、お前の見たボスというのは?」
「この先の角にいたわ。慎重に行くわよ」
明日香は筋斗雲から降り、歩いていこうとするが、
「……」
泰吾の耳に、ひどく日常的な音が聞こえた。
「……結構可愛い瞬間を目にしたな」
「何もないわ」
「いや、これから決戦なんだ。何もないでは……」
「何もないわ」
明日香は否定するが、聞き間違いではない。明らかに、
明日香の腹から空腹が聞こえた。
「別に、昼食のときにこの状況になったからって、おなかが空いたわけでは……」
「いいから」
明日香の言い訳を遮るように、泰吾は源八のおにぎりを差し出した。
「食べておけ。いざって時に倒れたら困るだろう?」
「いいわ。仲間でもない人からの施しなんて……」
「なら、同級生ってことで」
「同級生? 貴方二年生でしょ? 私のほうが年上よ」
「俺は一年休学している身でね。今年の十月に十八になる。同じだろ?」
「……ムカつくわね、貴方やっぱり」
「それでいい」
「……」
明日香は数刻泰吾を見つめ、
「やっぱり遠慮しておくわ」
拒否することを選んだ。
切羽詰まっているのにずいぶん余裕だって?
よく映画でもあるじゃないですか、こういうの




