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ゾディアックサイン  作者: カラス
始まり
16/73

変質した学び舎

念のために言っておきますけど、イニシャル(initial)というのは最初とか頭文字とかそういう意味です。主導者とはイニシアチブ(initiative)です。語呂がいいからいいからこうしただけで、決して、決して命名ミスったわけではありません!

 マイのナビゲートで到着した場所。ゴーレムがまた暴れているものだと予想していたが、現実は非情だった。


「なんだ……? これ……」

「正直あたしもここまでのものだとは思わなかったわ」


 唖然としたマイに同情できないものはおるまい。なにしろ、彼女がゴーレムの反応を検知したのは、まさかの二人が通う画縞高校。

 ならば明日香が善戦してくれるのではないかという淡い希望を抱いていたが、その願いは泡となって消えた。

 白かった校舎は、黒い山。悪魔の顔を刻んだ山に変化していた。十か二十メートルの高さだった校舎も、標高数百メートルの高さに変化、敷地を飛び出し、近くの道路まで山がはみ出ている。


「ちょっと、どいてください!」


 二人を、若い眼鏡をかけた女性が押しのける。マイクを持っており、相方にカメラマンがいることを考えれば、彼女がマスコミの人間であることは想像に難くない。


「こちら、絵戸街の画縞高校です。本日十一時十分ごろ、学校全体に異変があったと近隣住民からの通報がありました。ご覧ください! 今、学校そのものが不気味な山と化しています! 今、中にいる生徒や教師、各関係者との連絡はいまだに取れず、全員の安否が問われています!」


 よくみれば、他にも報道関係者が大勢来ている。テレビだけではなく、新聞、ラジオなどなど。海外のニュースキャスターも確認できる。

 その後ろには、野次馬や生徒の家族など、大勢の人々が来ていた。


「まずいわね……」


 マイは頭を抱え始める。


「これはもう隠しきれないだろう……」

「ええ。ゴーレムの気配はプンプンするし、明日香はなにをサボっているのか連絡くれないし……」

「……なあ、これってまさか……」


 ゾディアックが考えていたことが現実になっているのではないか?

 その意見が頭をよぎったとき、気がかりになるのは、彼女の消息。


「空……! エスカ! 今すぐ……!」


 そこまで言いかけて、泰吾は口をつぐんだ。今この場には、関係者の有無抜きに、数多の人々が物珍しさに詰めかけている。正門から突撃すると、必ず彼らの目に入らなければならない。


「……エスカ、どうやって入る?」

「今あたしも考えているわよ! エンシェントをばらすわけにもいかないし……」


 スマートフォンの画面を必死に切り替えながらマイは、


「どうする? アキラスに協力でもあおぐ……? ゾディアックが援軍を送るらしいけど、そんなの待ってたら中のみんなが全滅しちゃうし……空ちゃんも……空ちゃん?」


 何かを閃いたのか、マイは泰吾の顔を覗き込んでいる。全く心当たりのない彼には、得意げな笑みを浮かべる彼女の心理を理解できなかった。


「あるじゃない。突破口が!」




「すみません、今は立ち入り禁止です」


 通報を受けてやってきた警察官、千草(ちぐさ)(あや)は、アリのように群がる関係者たちを学校に入れまいと奮闘していた。


「すみません、今判明していることはありませんか!?」

「何が起こっているんですか!? 今後の対策の見解は!?」

「息子が中にいるんです! 通してください!」


 取材のために命を張ろうとしている報道各社、家族が心配な親御、全てを抑えきれず、ついに女性キャスターを一人中に入れてしまった。


「あっ! 待ちなさい! 戻ってきなさい!」


 しかし、残りの人々から目を離せず、この場から動けない。


「カメラ回ってる!?」


 キャスターの掛け声に、相棒とみられるカメラマンがサムズアップを返す。むしろサムズダウンをしろと思いかけた綾は、そのままキャスターの言葉


「さあ、皆様、ご覧ください! 異世界と化した学校。厳戒な立ち入り規制のなか、とうとう私、()(すう)小海(こうみ)は、現場に突入いたしました。立ち入り規制の都合で、今後は私の手持ちカメラでの撮影にいたしますので、皆様チャンネルはそのままで!」

「……いけない! 貴女! いますぐ逃げなさい!」

「え? 刑事さん、私たちには報道する義務と権利があるんですよ。危険地域でも、私たちは……」

「屁理屈は後ろを見てから言いなさい!」

「後ろ? 後ろになにがあ……」


 綾の指示に従ったキャスターは振り向いた瞬間言葉を失った。

 当然だろう。

 なにしろ、恐竜のように巨大な棍棒を手にした巨人がいるのだから。


「うそ……」


 キャスターは思わずマイクを落とす。

 巨人が振り上げる棍棒なら、いとも簡単に彼女をミンチにできよう。

 だが。


「待ちなさい!」


 綾は発砲した。巨人にとっては豆鉄砲のようなものだろうが、注意を彼女に向ける役割は果たした。

 すでに綾は校庭に入っており、なるべくキャスターから遠いところから巨人を狙う。狙い通り興味をこちらにもった巨人は、ゆったりした動きでこちらを追う。


「早く逃げなさい!」


 綾の言葉で我に返ったキャスターは、すでに散開している野次馬たちとともに、どこかへ逃げていった。

 綾は引き続き発砲するが、もうその弾丸には何の意味もない。


「もう……あれ?」


 いつの間に、体はコンクリートの外壁まで追い詰められていた。次の逃げ道は、すでに巨人の棍棒の射程圏内。

 ここまでか。

 無碍に接近を許す巨人に、綾は最期を悟る。

 彼女の最期の音は、棍棒の風切り音と、

 エンジン音。

 ……エンジン音?

 何事かと目を開くと、バイクが棍棒に体当たりして、軌道を逸らしていた。棍棒は綾の少し右の地点を叩き、そこにあった壁を粉砕する。


「何よ何よ! わざわざあんたの家からバイク持ってくる必要なかったわね! 泰吾!」

「その通りだが、背中を叩くな」


 目の前に着地したバイクには、ヘルメットをかぶった男女らしき二人組がいた。白と赤のヘルメットが完全に光をシャットダウンしており、中の顔は見えないが、声と体格から、高校生くらいだろうか。

 巨人は、乱入者へ狙いを定めるが、それよりも先に女性の動きが早かった。

 彼女が赤い剣を向けると、どこからか炎の狼が巨人ののど元を喰らう。炎はそのまま天へ昇る火柱となり、巨人ごと消えていった。

 綾は少し呆然としていたが、すぐに、


「あ、貴方たち、ここで何してるの!? すぐにここから立ち去りなさい!」

「それはこちらの台詞だな」

「ええ。命の恩人なんだから、少しくらい感謝してほしいものよ、刑事さん」

「エスカ。あれは刑事じゃなくて警官」

「何か違うの? どっちも銃持ってるじゃない」

「俺もよく知らないけど、私服が刑事、でいいのか……な?」


 小一時間ほど問い詰めたくなる失礼さを目にし、女性側が行った。


「これは警察が処理できる問題じゃないわ。申し訳ないけど、手を引いて」

「警察がしないで、誰がするっていうの?」

「あたしたちがやります。それともあなたは、さっきの怪物にも太刀打ちできるの? 言っとくけど、たぶんあの怪物なんて雑魚レベルよ」


 男性の方が少し驚いたようなしぐさをした。


「悪いことは言わないわ。それに、また住民が集まってこないとも限らない。刑事さん、あなたの役目は事件解決よりも人命を守ることではありませんか?」

「……確かにそうね……」

「ここはお任せください。専門家ですので、なんとかいたします」

「なら、もう行くぞ」


 男性は女性が頷いたのを確認して、バイクのアクセルを起動。山となった校舎へ姿が見えなくなった後、


「なんか……悔しいな」

 唇を噛み殺す綾は、しぶしぶ現場封鎖に勤しむことにしたのだった。




「さっきのゴーレム……」


 ヘルメット越しに、マイが喋る。


「あれが日本の妖怪ってやつ?」

「あれは、」


 泰吾はあのゴーレムの一般的な呼称を知っていた。彼だけではない。日本人で、その名前を知らないものはいないだろう。

 巨大な人型、衣類は虎柄、手には棍棒。そして、角。


「鬼だ」

「鬼……?」

「詳しいことはあとで調べてくれ。この現場を治めた後の楽しみだ」

「ふふ、それは面白そうね。鬼、ね。覚えたわ。それにしても、ここ、空間そのものが歪んでいないかしら?」

「そうだな。直線距離で学校がここまでつながっているとは思えない。もう家からの距離は走ったぞ」


 あの刑事と別れて、山の入り口と思われるトンネルに突入した。山と同じく、黒く禍々しい紋様が続く道。しかし、進めど進めど直線に伸びたトンネルは途切れることはなく、むしろ泰吾は燃料が心配になってきた。


「まあ、ごはんは調達できたからよかったわね」

「まさか爺さんが昼ご飯を忘れたと勘違いしてくれるなんてな」


 急いでバイクを取りに彼の家に入ったとき、源八は『おおう、泰吾。どうした? 弁当でも忘れたのか? 安心せい。儂がなんか作ってやろう』と、手軽におにぎりを四つ、弁当箱に詰めて渡したのだ。襷に包んで、今は泰吾の背中にある。

 ふと、泰吾はバイクを止めた。


「……エスカ、ここから先は無理だ。歩くぞ」

「あら? どうして?」

「見ろ」


 泰吾が指さすのは、正面の上り坂。凸凹がひどく、タイヤでは渡れそうにない。


「うわあ……これはかなりしんどいわね」

「早めにエンシェントになって飛び越えればいいだろう?」

「うーん、できれば体力温存しておきたいんだけど、仕方ないか……」


 マイは渋々頷き、ハウリングエッジを起動。泰吾も遅れてイニシャルフィストを纏い、ともに一気に坂道を駆け上がった。

ようやく物語が折り返しです。なんか短い気もする……

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