強さ 2
サブタイトルがダブった……初めに考えておかないからです。私の自己責任ですね、はい。
昼休み。たぶん、今日の泰吾とマイは、レクトリア王国のダミーだろう。
空は、そんなことを考えながら廊下を当てもなく歩いていた。時々すれ違う知人に曖昧な挨拶を交わし、友人からの遊びの誘いも断る。
とにかく落ち着かない。
(先輩たちが私のために頑張っているのに、私にはなんで何もできないのだろう……)
考え込んでいるせいで、明日香の前を通過したことすら気付かなかった。
「おや。誰かと思えば」
しかし、そんな物思いを払拭させた一声。耳に残る声色のそれは、目の前の壁に寄りかかっている少年からだ。
灰色の髪はウェーブ状になり、細目には、青い瞳がしっかりとこちらを刺している。空の記憶には、この学校にこのような生徒はいなかったはずだ。
「お悩みの様子かな?」
「え?」
いつの間にか、空は校舎の外れ、体育館近くまで来ていた。このまま廊下を進めば体育館の入り口となる、その場所で、彼は口元に笑みを浮かべていた。
突然の質問に、空は言葉を失う。「は、はい」と返事をしたのは十秒後だ。
「なにかあったのかな? よろしかったら相談に乗ろう」
「あ、ありがとう……ございます……?」
親切なのは嬉しいが、少しぎこちない。オーパーツのことを話すわけにもいかず、空は肩をすぼめてごまかした。
「ふむ。あまり口にできないご様子だね」
「あ……すみません」
「別に構わないさ。……そうだ」
彼は、いきなり空の手を取った。反射的に投げ飛ばそうかとも思ったが、不思議な手つきが彼女の行動を阻害する。
「よろしかったら、これ。きみの悩みが解決する、お守りだよ」
その一言とともに、空は手のひらに何かが置かれるのを感じる。彼はそれだけ言い残し、微笑とともに階段へ消えていった。
「え? お守り?」
空の手に残されたのは、なんとも小さな本。市販では見たこともない大きさの、まさに小人サイズの本だった。
古びた革製の表紙に、何度も見覚えのある絵。
赤い人型で、虎柄の腰布をした生き物。その特徴たる角が二本、頭から突き出ている。
それを鬼と認識した瞬間、空の意識は少しずつ暗濁していった。
自分の姿の幻影を纏った突撃。前回アキラスに破れた技であり、おそらくイニシャルフィストの切り札だ。
それを最初からアキラスに放つ泰吾。
前回同様アキラスも、ペネトレイヤの腹でそれを迎える。
二つのオーパーツのぶつかりは、徐々に大きくなっていく。アキラスを押し続け、やがて彼の体は砂浜を引きずる。
「ほう。パワーは上がっているな」
「あいにく、柄にもなく、後輩にカッコつけてしまってな。こっちも負けられないんだ!」
今度は、受け流すことはさせず、海に投げ入れるまで、泰吾の勢いは止まらなかった。
「後輩……あの睦城空か。なるほど」
しかし、今のは決定打にはならなかったようだ。膝まで浸かった海の中、ペネトレイヤを杖にしながらアキラスは体制を立て直している。
「自らの言葉を呪いにしてしまったのか」
「違う!」
「違うかどうか、貴様の強さをみればわかることだ」
「なにっ……?」
「ふんっ!」
アキラスはペネトレイヤで、海面を切る海水とともに混じった衝撃波は、一直線で泰吾に向かってきた。
「させるか!」
しかし泰吾の前に、炎が盾となり割いる。アキラスは、水を蒸発させる炎をじっと見つめ、マイへ声を投げた。
「なるほど。それが貴様のエンシェントというわけか」
砂浜のマイの背後には、炎で構成された犬が何匹も待機している。
「炎を自在に操る能力か。剣に入れるもよし、僕を従えるのもよし。なるほど、いい強さだ」
「あんたの強さ弱さがわけわからないわ! 興味ないけど、一体なんなのよ! 持論を広めたいの!?」
「違う。オレは、オレの強さを示したいだけだ!」
「結局持論広めたいってことじゃない!」
マイがハウリングエッジでアキラスを指すと、犬たちは一斉に獲物へ襲いかかる。野生動物さながらの動き、しかも炎の犬たちは海水を蒸発させる温度で、アキラスへ食らいつこうとする。
「……なるほど、この場所を選んだのはそういうわけか」
「そうよ! 視界が悪いでしょ!」
犬たちが移動するたびに、海水が白い水蒸気に変わっていく。アキラスの視界は、いまごろ白一色になっているはずだ。それに加え、泰吾も攻撃に混じっている。防ぐことはできても、攻めに転じるのは難しいだろう。
「小細工を……確かにこれはペネトレイヤでは勝てないが、」
しかし、アキラスは余裕を崩さない。迫ってきた犬にペネトレイヤを投げ、相殺させる。
「貴様も知らないわけではあるまい。オレのオーパーツは、ペネトレイヤだけではない!」
つまり、別のオーパーツを使うということだ。前回の鳥銃や、空から奪った雅風では、この状況に対応できるとは考えにくい。つまり、新たなオーパーツということか。
「使わせない!」
彼が次のアクションに移るよりも先に、泰吾が飛び出す。
エンシェントの瞬発力をもってすれば、アキラスの次の手を防げる。
そう思った。
だが、
「小細工は好まんが、貴様たちへの敬意だ。オレも出し惜しみはしない」
泰吾の拳は、虚空を貫いた。
「え?」
だが、すぐに事実を見定める。
「貴様は確かに力があるが、強くはなっていない!」
上空にいたアキラス。しかし、様子がおかしい。
彼の体は、まるでブロックでできていたかのように、直方体として分解されており、一つ一つが別々の動きをしていた。
「それでは、オレには勝てない!」
ブロックたちは蜂の群れのように二人を襲い、犬をかき消し、炎をかいくぐり、マイを壁に打ち付け、泰吾をオーパーツの山へ投げ入れた。
二人の前で重なるようにして作られるアキラスの体。見下した表情の彼は、黒い中世の鎧のようなエンシェントになっていた。
「これ程度か。ならば、貴様らの強さの証をいただく」
「ふ、ふざけんな! あんたのは強さって言うのかしら!? そのせいで、誰かを泣かせているあんたが!?」
額から血を流すマイは怒鳴る。それに対し、アキラスはまっすぐに彼女へ答えた。
「違う! 強さとは力のことではない! 自分を信じる意思のことだ!」
「あんたの場合自惚れになってるのよ!」
マイの炎が、アキラスへの狙いを外し、海へと放たれる。瞬時に蒸発する海水が立ち込め、海岸線のこちらへも広がっていく。
「……!」
オーパーツの山から抜け出した泰吾。全身にオーパーツたちの角が刺さったせいで、皮膚があちらこちら破れ、血が流れる。しかも、打ちどころが悪かったのか、右足が言うことを聞かない。マイの前に行きたいのに、転がることしかできない。アキラスも少しだけ自分へ注目したが、もう彼に注意する必要はないと判断し、マイへ向き直る。
「お前はたしかに強い。貴様の名前を聞いてこう」
「やめろ!」
アキラスのっ纏う雰囲気が変わる。泰吾の叫びに、もう意味はない。
「ふん。わざわざ教えるもんですか。被害者名簿なんて作らせないわよ」
「なら構わん」
黒い鎧が、もう一度ペネトレイヤに戻る。長いランスの先端が、彼女の首に当てられる。
「解除するなら今だ。オレはあまり殺生をしないのでな」
「善人気取りもいい加減にしなさいよ。このド悪党が!」
「……さらばだ。愚かな強き者!」
アキラスがペネトレイヤを振り上げた瞬間。
あの時と同じ、いや。それ以上の光の柱が天へ伸びる。
「なにっ!?」
その光は、初めて泰吾がエンシェントになったときのものに似ていた。しかし、それよりもより強く、より激しいものだった。
「この光、一体なんなの……?」
「まさか、やつは……!?」
「なに? なんなの!?」
どうやらアキラスには心当たりがあるようだ。
「やつのエンシェントは、完全なものではなかったのか!?」
「完全!? エンシェントに完全も不完全もないでしょう!?」
「本来はな……どうやら、奴のオーパーツはいわくつきのものらしい」
「いわくつき……」
敵と会話しているうちに、泰吾が埋もれていたオーパーツの山が、光の柱を囲うように飛んでいく。それらは天辺まで届くと、一斉に泰吾に向かって降り注ぐ。
無作為にゾディアックから調達してきたそれらは、ひとつ残らず泰吾に吸収されていく。
以前調べた結果、彼の体にはかつての戦神のオーパーツが埋まっていることが分かっている。ならば、
「もしかして、アイツの中でオーパーツが成長しているとでもいうの? そんなまさか……」
「面白い。もし貴様の言うことが真実だとすれば、奴の強さはより上がりやすいものになっているだろう。ならば、その強さを示してもらわねばならない!」
アキラスはもう自分には興味がないのか、泰吾に勇んで挑んでいく。
ペネトレイヤが、泰吾の体を貫く、
かと思いきや、それは止められた。
光の柱の消滅と、そこから現れた白い腕によって。
「なに?」
そこにいたのは、より進化したイニシャルフィスト。
篭手どころか、泰吾の腕そのものを抱擁する巨腕となり、ペネトレイヤを抑えている。
「なに……?」
驚愕しているアキラスの目前にいるのは、
腰からは二本のブースターを装備し、
白いマフラーを潮風に揺らす、
新生イニシャルフィストとともに、アキラスを睨む泰吾の姿だった。
ようやく来ました主人公の覚醒回。前? あれは、まあ、未完成形態ですから……




