強さ
二話連続で明日香視点からスタートです
どうも様子がおかしい、と明日香は感じ始めていた。
荘が指定した空が送り返される期日まで、もう三日を切っている。だというのに、時間無駄遣いお姫さまと何も知らない愚か者は、見える範囲ではなんのアクションもしていない。
病院で「もう関わるな」とは言ったものの、まさかあれだけで泰吾が手を引くだろうか。
連日明日香は学校で時間を拾っては二人の教室に様子を確認しているが、二人ともいつものように淡々と授業を受け、昼食を共にし、そのまま下校している。ゾディアックの報告会がなければ自宅までついていくところだが、空曰く、「二人とも頑張っているので、気にしないでください」と終わらせていた。しかし、
「どうしたの? ずいぶんと疲れているようね?」
昼休みは平常通りの衣服が、放課後、週に一回の世界平和部集会になったら擦り切れているのはなぜだろう。
二人とも顔は泥だらけ、息も絶え絶え。泰吾の右足は直立すら難しく、生まれたての小鹿のように震えている。マイにいたっては、毎日目の毒になる炎の光が土と埃で汚らしくなっており、かつての宝石のような赤が懐かしい。
それは、この日の昼休みも例外ではなかった。
「さしずめ今日の授業はよほどハードだったのかしら?」
「ま、まあ、そんなところね! いつも優雅にしている貧相さんには分からないだろうけどあたしたちは特訓の上に授業だから、それはそれは悪戦苦闘してるのよ。まあ、受験を控えたあんたよりはマシだろうけど!」
それでも、いつもと変わらずケンカ腰のマイに、明日香はむしろ安心感すら覚える。
「そうね。あなたの脳細胞のエネルギーがその脂肪分に回っているから、簡単なものでもそれはそれは考えるのに苦労するわよね」
「あんですって!?」
「まあまあ」
いつものように、二人の争いを空が宥めてはいるが、このままでは今日が彼女の最後の集会になってしまう。急いで集会の内容に入ろうと咳払いをして、
「私は昨日一体ゴーレムを討伐したわ。たぶん虎型。場所は絵戸商店街。犠牲者は少なくないし、ゴーレムが現れたってニュースにもなったわね。貴女たちは?」
「昨日? それなら、逸夏泰吾が……」
「俺が一体倒した。また馬型だ。家の近くの沿岸。たぶん、こっちには被害は大きくない」
「そう。一週間に二体現れたのね」
明日香は手慣れた手つきでホワイトボードにゴーレムの情報を書き加えていく。一か月ごとに更新されていく情報リストだが、目新しいものはなにもない。
報告会をさっさと切り上げて、
「そういえば、技術使い潰しお姫さま」
「どこからその呼び名のネタが出てくるのよ」
いつものように、余裕を表した表情で軽く語る。
「最近レクトリア王国の技術進歩はすさまじいみたいね」
「何の話よ?」
「新聞に出ていたじゃない? 読んでいないの? 携帯アンドロイド。なんでも、顔登録さえさせれば、本人と同じ姿になって行動できるらしいじゃない? 全く、漫画の未来世界のようね」
「……え?」
「貴女たちがそれと入れ替わって、学校にこの一週間来ていないんでしょ? 睦城さんを留めておきたいのはわかるけど、少し身に余る行動じゃないかしら?」
「あの、それは……」
空が二人を庇おうとするが、それよりも先に泰吾が口を開いた。
「あんたはそれでいいのか?」
強い口調でもない、純粋に問いただす声色。
「あんたとエスカは、ずっと三人でゴーレムと戦ってきたんだろう? 俺のような新参者の失態のせいで別れることになってもいいのか? 後悔しないのか?」
「前にも言ったけど、私としては睦城さんには残ってほしいわよ。でも、私個人の意見で、ゾディアックという組織の歯車を狂わせるわけにはいかない。後悔? いくらでもするわよ。私の軽はずみのせいで、睦城さん自身を危険な目に遭わせるくらいなら、一生後悔を背負い続けたほうがまだマシよ」
「……」
彼には、ゾディアックの懸念についてもうすでに語った。空がゴーレムを集めてしまう可能性も、彼は当然分かっているだろう。
「睦城さんの目の前でこんなことを言うのは酷でしょうし、恨んでもらっても構わないわ。でも、今の睦城さんがここにいてはいけない」
明日香は一切の曇りをもたない空の瞳へ視線を写す。彼女も、この上ない態度で真摯に受け止めている。
「貴女を東京に置いておきたくないの」
「……ああもう! 分かったわよ!」
すると、いきなりマイが大声を上げた。
「つまりアレでしょ! 部長さんは、空ちゃんが帰るにしろ帰らないにしろ、さっさと雅風の件を決着つけろということでしょ!」
「違うわよ。この話ガン無視お姫さま」
「なら、もういいわよ! 逸夏泰吾! もういい! 今日やっちゃいましょ! もう手配してあるはずだから! 待ってなさいよ明日香! すぐに雅風を持って帰って、ぎゃふんと言わせてやるわ!」
「それがお姫さまの言葉か?」
「そして空ちゃん!」
「はい!?」
「待ってなさいよ。必ず相棒を連れ戻すから! ほら、行くわよ!」
マイは泰吾の手を強引に引っ張りながら、部室を出て行った。
嵐のような退出に、棚の書類が数枚宙を舞った。
「罠のわりには、分かりやすいな」
その日、アキラスはそう呟いた。
彼の目の前にあるのは、有象無象のオーパーツ。槍やら剣やら銃やら。見るからに能力の劣る量産型のオーパーツをよくもここまで集めたものだ。
「出てこい! 姑息な真似を。オレに会いたいなら、直接出向いて来い!」
人気のない工場団地を抜けた海岸。階段の影から人影が現れるのは、それほど時間を必要としなかった。
「丸一日待ったぞ……用件は分かっているな?」
「強者の証を取りに来たか」
全身傷だらけの逸夏泰吾が現れた。袖も引き裂かれ、顔も傷だらけ。最後に彼と会ってから一週間で、ずいぶんと苦難を重ねてきたようだ。アキラスは満足そうな笑みを見せ、
「前回は弱者だったが、少しは強くなったか?」
「さあな」
「そこに隠れているやつも出てこい。まさか、不意打ちなどという弱者の手段を狙おうとしているのではあるまいな?」
彼の言葉とともに、反対側の階段から現れた深紅の女性。炎を秘めたような彼女も、おそらくエンシェントだろう。
「卑怯なんて言うなよ? そもそも空の雅風を奪ったお前にその資格はないのだから」
「多人数で攻めてくることを卑怯とは言わん。弱者は、相手の前に立たないものだ」
「なによ、その変な理論。あんたがアキラスよね?」
「そうだ。さあ、お前も見せてみろ。お前のエンシェントを」
「……」
炎の女性は、焔のキーホルダーを引っ張り出す。炎が湧き出るとともに、彼女の手に炎の剣が握られる。
「ほう。威力が高そうなオーパーツだな」
「あら? 見ただけでわかるの? その通りだけど」
彼女の剣が揺れるたびに、彼女の体に炎が生まれる。砂浜が火の海へと変わり、エンシェント以外の足場がなくなる。
「あたしのオーパーツ、ハウリングエッジよ。あんたの敗北記念に覚えておきなさい」
「ふん」
「余裕ね。でもこっちは、可愛い後輩が傷ついてイラついてるのよ。悪いけど、大けがで済むと思わないでね」
「あの強者、睦城空のことか」
「名前は憶えていたのね」
「彼女は本物の強者だ。決して油断せず、それでいて他者を庇う強さがある」
「ほんとにあんたの強さの基準が分からないわ。そういう奴って、仲間に頼るのは弱さになるんじゃないの?」
「人数と強さ弱さは関係ない。どう利用し、どう活用するか。敵と正々堂々ならば、無勢にならぬ限り弱さではない。これは世界の真実だ」
「うわっ、いるよね~、こういう自分の考えが正しいって信じ込む奴。痛いわ~!」
「理解できないからこそ拒否に走る。それはつまり心のどこかでは認めているということだ。それを理解できないものは最早弱者ですらない!」
「あっそ、なら弱者以下に負けて屈辱でも感じなさい!」
乱暴なドッヂボールもほどほどに、マイは炎のきらめきを示す。アキラスは鼻を鳴らし、ポケットから黒いカードを取り出す。ランスが描かれたそれを、右手についているアダプターにスラッシュすると、
「さあ、俺と貴様たち、どちらが強いかはっきりしよう。そして勝った者のみが、全てを手に入れる!」
彼の右手に黒い棒が握られる。棒の先端を起点に、黒い物質が拡大していく。それはやがて細長い円錐となり、ランスとなる。
ペネトレイヤと呼ばれるエンシェントの姿になったアキラスは、
「さあ、貴様もエンシェントとなれ!」
「ああ……」
静かな敵意の泰吾にランスを向ける。
「お前は空を傷つけた。それだけは、絶対に許せない!」
泰吾の体から白い光が生まれる。それは、彼の両腕に集まるごとに、篭手の形をしていく。
「アイツを苦しめ、泣かせた報い! 受けてもらう!」
キャラのモチーフが誰かわかっちゃう人っているのかな……? いるだろうなあ




