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ゾディアックサイン  作者: カラス
始まり
10/73

揺らぐ気持ち

やっとマイがヒロインらしくなってきた。少しシリアス展開になります

「空ちゃんが倒れたですって!?」


 報せを受けたマイは、病室のドアを開けるなり大声を上げた。中央のベッドで目を閉じている空は、まるで石造のように動かない。そして、椅子では、


「病院では静かにしなさい。気品皆無お姫さま」


 明日香が静かに見返している。


「明日香……なんであんたがいるのよ……!」

「あら? 大切な後輩が搬送されたのよ? 部長としてお見舞いに来るのは当然じゃない? それとも、貴女の国には病院にお見舞いという文化そのものがないのかしら? 人でなし冷酷お姫さま」

「あんたはよくそう毎回毎回あたしの悪口を思いつくわね……っ!」

「ふふ、ごめんなさい。嘘はよくないと教えられたから、本当のことしか言えないのよ。正直者なのよ、私は」

「あたしが血も涙もない冷血王族みたいな言い方やめなさい!」


 しかし、当の明日香はマイの言葉をどこ吹く風ともいわんばかりに無視。これ以上の追及を諦めたマイは、入り口近くの席に座る。明日香が窓側の椅子に腰かけているので、ちょうど空を挟んで反対側だ。


「……逸夏泰吾は?」

「睦城さんが倒れた現場にいたそうよ」

「……空ちゃんが倒れたのは、昨日なのよね?」

「ええ。看護婦いわく、家にも帰らずにずっとそばに付き添っていたそうよ」

「連絡くれればよかったのに……」

「彼の前でこうなったのよ。落ち着きが必要でしょうけど」

「そう……ゴーレムの気配がまさか二か所から来るなんて思わなかったわよ。いくら機動性に優れるといっても、空ちゃん一人で遠くに行かせたのは、やっぱりまずかったわね。逸夏泰吾はどこに?」

「さあ? さっき、どこかへ行ったわ。さっさと帰って寝るような人でないなら、病院内にいるんじゃないかしら?」

「そ。明日香、悪いけど、空ちゃんのこと、お願いしていいかしら?」

「頼まれることでもないわね。貴女は?」

「ちょっと探してみるわ」


 マイは、しばらくの間、頬に傷のついた空の顔を見つめる。「ごめんね」と頭を下ろし、ドアから出ていこうとすると、「待って」と明日香の声が彼女を止めた。


「マイ、彼にエンシェントは向いていないわ。何があったかは知らないけど、トラウマを乗り越えられずに引きずるのは、命のやり取りでは不確定要素どころか、私たちへの危険要素になるわ。それを理解した上で彼を勧誘しているの?」

「あんたが言うこと? 過去に引きずられてエンシェントになったくせに」

「……そうね、私が言える立場ではないわね」

「そうよ。彼のこと、忘れられないんでしょ?」

「……過去の呪いで死地へ赴くのは、私だけでいいわ」

「驚いた。あんたにも、意外と優しいところあるのね」

「あら? 私はいつでも優しいわよ?」


 窓からの光で、振り向いたマイは、明日香が一瞬本当に美しいと思ってしまった。








「……」


 見下ろすと、病院には実に多くの人が訪れる。車いすの人や、付き添いがなければ歩くことすら困難な年寄りなど。一見健康そうな人も、多くが行き来している。


「もし、この場にゴーレムが現れたら……」


 不謹慎だと分かっていながら、かつてのドームのことを思い出す。あの時の惨劇がこの場で再来……明日香がいるから、あの時ほど犠牲者は出ないだろう。加えて、マイにも連絡済みだ。二人のエンシェントがいるならば、半人前の自分など必要ないだろう。

 加えて、自分は敵にすら覚える価値すらないと扱われる。


「後悔、しないって……エゴかもな」


 泰吾は顔を下ろし、手のひらを見下ろす。イニシャルフィストに姿を変える、手を。


「しょうね~ん!」


 彼を現実に引き戻したのは、現実離れしたおとぼけた雰囲気の声だった。


「な~にを黄昏ているのかね~?」

「エスカか」


 レクトリア王国のお姫さまは、不自然なまでにニコニコした笑顔で泰吾の隣に寄り添う。


「何してるの? こんなところで?」

「……悪いものでも食べたか? お前がそんなに優しく語り掛けるとは」

「失礼ね。あたしは尊大で優しいお姫さまよ」

「……そのようだな」

「何があったか聞きたいんだけど、その前にあなたの方から言いたいことがあるならいいなさい」


 促す形で、マイは泰吾の口を割らせる。泰吾はほとんどノータイムで、


「どうして勧誘したんだ?」


 考える前に出た言葉に、マイは全く驚く素振りを見せない。「まずそれを聞くんだ」と、背中を手すりに寄りかからせて、


「ぶっちゃけ人数不足なのよ」


 マイの返事は、とくに驚くことでもない答えだった。


「エンシェントはね、オーパーツをはいどうぞとプレゼントすればなれるものじゃないのよ。適合は十分の一と少なくはないけど、同時に一生外すことのできない呪いとなる。定年退職なんてありはしないわ。一度エンシェントになってしまえば、何かしらの体への影響が未来永劫残り続ける。あたしなら体温が他より上がったり、空ちゃんなら簡単な風くらいなら操れたり。永遠に戦い続けるなんて、誰でもやりたがらないのよ。やるなら、相当の理由があるからよ。……悪かったわね、黙ってて。たまたま巻き込まれたからって、こんなものとは縁を切りたいでしょう?」

「いや、構わない……猿飛の理由は聞いた。お前と睦城は……空は、どうしてエンシェントになったんだ?」

「空ちゃんの理由は知らないけど、あたしは……そうよね、巻き込んだんだから、それくらい言わなくちゃね」


 マイは目を閉じる。清風が運ぶ温度が、彼女を通して少し暖かくなる。


「あたしの家、大使館を兼ねてるにしても、大きすぎたと思わなかった?」

「まあ、な」


 思わず見上げる煌びやかな建物を、大きすぎないと呼べる存在に望めるならばなりたいものだが、クロガネ屋とゆかりの収入ではとても無理だ。


「レクトリア王国の文明開化も知ってるわね?」

「ああ」


 三年ほど前だったか。連日のように新聞一面が王国一色だったのは、いやでも忘れられない。


「でも、国の人口十万人のうち、その波に乗れたのはたった一万人だけ。残りは、昔のような貧民生活を続けているわ」

「お前、姫なら、金をある程度操作できるのではないのか?」

「姫って、案外不自由なものよ。あたしにはバカみたいにお金が使われるけど、あたしが自由に使える金なんて、たかが知れてる。あの家を売り払いたいって、いつも思ってるわ」

「……」

「ふふ、公式のエンシェントってね、ゾディアックの、まあ構成員になるわけじゃない? 給料も、少なくともあたしみたいな子供が得られる給料は、他に比べると明らかに高いのよ。出所は知らないけど。それに、ゾディアックという組織は、あたしの働きによっては、国民の援助をしてくれるとも約束してくれた。だから、あたしはエンシェントになったの。で、激戦区の日本に渡ったんだけど、あの家はお父様に媚びを売りたい為政者が建てたのよ。あたしもお兄様も反対できるほど強くはないから、結局あの家で済むことになったの。ああ、あなたを雇ったのは本当に偶然よ。話し相手と、愚痴を漏らせる味方が欲しかったのよ」

「そうか……」

「じゃ、次はこっちの番。……昨日。何があったの?」

「……雅風を奪われた」


 沈黙の中に、彼女の顔から血の気が引いていくのが分かる。


「なんですって?」

「アキラスというエンシェントに襲われたんだ。空は俺を庇って、やつにオーパーツを奪われた」

「待って。ゴーレムじゃなかったの? エンシェントが、エンシェントを襲ったっていうの? 何のために? 売って大儲けする気なの?」

「いや」

「なら、コレクター?」

「違うだろう。おそらくだが、自らの戦力強化だと思う」

「戦力強化? オーパーツがいくつあっても、一人には一つしか使えないのに。エンシェント軍団でも作ろうっての?」

「おそらくだが、やつは、自分に使っている」

「はぁ? 一人が二つ以上のオーパーツを使ったっていうの?」


 泰吾は頷く。鳥銃がスピアと差し替えられたのは、見間違いではない。


「ええ……」

「おそらく、奴はいずれお前たちの前にも現れる」


 そして、それぞれのオーパーツを勝ち奪うに違いない。空にやったように。


「なら、警戒しなくちゃ……泰吾はどうするつもりなの?」

「……分からない」


 泰吾は手を見下ろした。あの時、何もできなかったこの手で、果たして何がつかめるだろうか。エンシェントになった今の自分が、去年の自分となにも変わっていない。そう考えられる。

 だが、彼にどうするかを選ぶことなどできない。


「素直に差し出すさ。俺の後悔だなんだと言っていられないからな」

「忘れたの? 貴方はオーパーツを所持しているんじゃないのよ。オーパーツが埋め込まれているのよ」


 マイは、泰吾の胸元を叩く。


「この前の人間ドックでも、心臓部位近くにオーパーツの破片があったでしょ? その、アキラス、だっけ? そいつにどうやって渡すの? 絶対手術なんて受けさせてもらえないわよ。殺して抜き取るか、あんたごと誘拐よ」

「……!」

「明日香の言葉と、空ちゃんの敗北。ダブルパンチの上に、そんなことがあったから、無理いうことになる。でも、」


 マイは改めて、


「あたしたちに協力して。後悔しない、誰かを救える手が、今のあなたにはあるのだから」


 彼女の手を掴むべきかどうか、泰吾は分からなかった。

開始時は書き溜めがそこそこあったのに、そろそろ尽きそうなので、少しペースが遅れますので、ご了承ください

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