揺らぐ気持ち
やっとマイがヒロインらしくなってきた。少しシリアス展開になります
「空ちゃんが倒れたですって!?」
報せを受けたマイは、病室のドアを開けるなり大声を上げた。中央のベッドで目を閉じている空は、まるで石造のように動かない。そして、椅子では、
「病院では静かにしなさい。気品皆無お姫さま」
明日香が静かに見返している。
「明日香……なんであんたがいるのよ……!」
「あら? 大切な後輩が搬送されたのよ? 部長としてお見舞いに来るのは当然じゃない? それとも、貴女の国には病院にお見舞いという文化そのものがないのかしら? 人でなし冷酷お姫さま」
「あんたはよくそう毎回毎回あたしの悪口を思いつくわね……っ!」
「ふふ、ごめんなさい。嘘はよくないと教えられたから、本当のことしか言えないのよ。正直者なのよ、私は」
「あたしが血も涙もない冷血王族みたいな言い方やめなさい!」
しかし、当の明日香はマイの言葉をどこ吹く風ともいわんばかりに無視。これ以上の追及を諦めたマイは、入り口近くの席に座る。明日香が窓側の椅子に腰かけているので、ちょうど空を挟んで反対側だ。
「……逸夏泰吾は?」
「睦城さんが倒れた現場にいたそうよ」
「……空ちゃんが倒れたのは、昨日なのよね?」
「ええ。看護婦いわく、家にも帰らずにずっとそばに付き添っていたそうよ」
「連絡くれればよかったのに……」
「彼の前でこうなったのよ。落ち着きが必要でしょうけど」
「そう……ゴーレムの気配がまさか二か所から来るなんて思わなかったわよ。いくら機動性に優れるといっても、空ちゃん一人で遠くに行かせたのは、やっぱりまずかったわね。逸夏泰吾はどこに?」
「さあ? さっき、どこかへ行ったわ。さっさと帰って寝るような人でないなら、病院内にいるんじゃないかしら?」
「そ。明日香、悪いけど、空ちゃんのこと、お願いしていいかしら?」
「頼まれることでもないわね。貴女は?」
「ちょっと探してみるわ」
マイは、しばらくの間、頬に傷のついた空の顔を見つめる。「ごめんね」と頭を下ろし、ドアから出ていこうとすると、「待って」と明日香の声が彼女を止めた。
「マイ、彼にエンシェントは向いていないわ。何があったかは知らないけど、トラウマを乗り越えられずに引きずるのは、命のやり取りでは不確定要素どころか、私たちへの危険要素になるわ。それを理解した上で彼を勧誘しているの?」
「あんたが言うこと? 過去に引きずられてエンシェントになったくせに」
「……そうね、私が言える立場ではないわね」
「そうよ。彼のこと、忘れられないんでしょ?」
「……過去の呪いで死地へ赴くのは、私だけでいいわ」
「驚いた。あんたにも、意外と優しいところあるのね」
「あら? 私はいつでも優しいわよ?」
窓からの光で、振り向いたマイは、明日香が一瞬本当に美しいと思ってしまった。
「……」
見下ろすと、病院には実に多くの人が訪れる。車いすの人や、付き添いがなければ歩くことすら困難な年寄りなど。一見健康そうな人も、多くが行き来している。
「もし、この場にゴーレムが現れたら……」
不謹慎だと分かっていながら、かつてのドームのことを思い出す。あの時の惨劇がこの場で再来……明日香がいるから、あの時ほど犠牲者は出ないだろう。加えて、マイにも連絡済みだ。二人のエンシェントがいるならば、半人前の自分など必要ないだろう。
加えて、自分は敵にすら覚える価値すらないと扱われる。
「後悔、しないって……エゴかもな」
泰吾は顔を下ろし、手のひらを見下ろす。イニシャルフィストに姿を変える、手を。
「しょうね~ん!」
彼を現実に引き戻したのは、現実離れしたおとぼけた雰囲気の声だった。
「な~にを黄昏ているのかね~?」
「エスカか」
レクトリア王国のお姫さまは、不自然なまでにニコニコした笑顔で泰吾の隣に寄り添う。
「何してるの? こんなところで?」
「……悪いものでも食べたか? お前がそんなに優しく語り掛けるとは」
「失礼ね。あたしは尊大で優しいお姫さまよ」
「……そのようだな」
「何があったか聞きたいんだけど、その前にあなたの方から言いたいことがあるならいいなさい」
促す形で、マイは泰吾の口を割らせる。泰吾はほとんどノータイムで、
「どうして勧誘したんだ?」
考える前に出た言葉に、マイは全く驚く素振りを見せない。「まずそれを聞くんだ」と、背中を手すりに寄りかからせて、
「ぶっちゃけ人数不足なのよ」
マイの返事は、とくに驚くことでもない答えだった。
「エンシェントはね、オーパーツをはいどうぞとプレゼントすればなれるものじゃないのよ。適合は十分の一と少なくはないけど、同時に一生外すことのできない呪いとなる。定年退職なんてありはしないわ。一度エンシェントになってしまえば、何かしらの体への影響が未来永劫残り続ける。あたしなら体温が他より上がったり、空ちゃんなら簡単な風くらいなら操れたり。永遠に戦い続けるなんて、誰でもやりたがらないのよ。やるなら、相当の理由があるからよ。……悪かったわね、黙ってて。たまたま巻き込まれたからって、こんなものとは縁を切りたいでしょう?」
「いや、構わない……猿飛の理由は聞いた。お前と睦城は……空は、どうしてエンシェントになったんだ?」
「空ちゃんの理由は知らないけど、あたしは……そうよね、巻き込んだんだから、それくらい言わなくちゃね」
マイは目を閉じる。清風が運ぶ温度が、彼女を通して少し暖かくなる。
「あたしの家、大使館を兼ねてるにしても、大きすぎたと思わなかった?」
「まあ、な」
思わず見上げる煌びやかな建物を、大きすぎないと呼べる存在に望めるならばなりたいものだが、クロガネ屋とゆかりの収入ではとても無理だ。
「レクトリア王国の文明開化も知ってるわね?」
「ああ」
三年ほど前だったか。連日のように新聞一面が王国一色だったのは、いやでも忘れられない。
「でも、国の人口十万人のうち、その波に乗れたのはたった一万人だけ。残りは、昔のような貧民生活を続けているわ」
「お前、姫なら、金をある程度操作できるのではないのか?」
「姫って、案外不自由なものよ。あたしにはバカみたいにお金が使われるけど、あたしが自由に使える金なんて、たかが知れてる。あの家を売り払いたいって、いつも思ってるわ」
「……」
「ふふ、公式のエンシェントってね、ゾディアックの、まあ構成員になるわけじゃない? 給料も、少なくともあたしみたいな子供が得られる給料は、他に比べると明らかに高いのよ。出所は知らないけど。それに、ゾディアックという組織は、あたしの働きによっては、国民の援助をしてくれるとも約束してくれた。だから、あたしはエンシェントになったの。で、激戦区の日本に渡ったんだけど、あの家はお父様に媚びを売りたい為政者が建てたのよ。あたしもお兄様も反対できるほど強くはないから、結局あの家で済むことになったの。ああ、あなたを雇ったのは本当に偶然よ。話し相手と、愚痴を漏らせる味方が欲しかったのよ」
「そうか……」
「じゃ、次はこっちの番。……昨日。何があったの?」
「……雅風を奪われた」
沈黙の中に、彼女の顔から血の気が引いていくのが分かる。
「なんですって?」
「アキラスというエンシェントに襲われたんだ。空は俺を庇って、やつにオーパーツを奪われた」
「待って。ゴーレムじゃなかったの? エンシェントが、エンシェントを襲ったっていうの? 何のために? 売って大儲けする気なの?」
「いや」
「なら、コレクター?」
「違うだろう。おそらくだが、自らの戦力強化だと思う」
「戦力強化? オーパーツがいくつあっても、一人には一つしか使えないのに。エンシェント軍団でも作ろうっての?」
「おそらくだが、やつは、自分に使っている」
「はぁ? 一人が二つ以上のオーパーツを使ったっていうの?」
泰吾は頷く。鳥銃がスピアと差し替えられたのは、見間違いではない。
「ええ……」
「おそらく、奴はいずれお前たちの前にも現れる」
そして、それぞれのオーパーツを勝ち奪うに違いない。空にやったように。
「なら、警戒しなくちゃ……泰吾はどうするつもりなの?」
「……分からない」
泰吾は手を見下ろした。あの時、何もできなかったこの手で、果たして何がつかめるだろうか。エンシェントになった今の自分が、去年の自分となにも変わっていない。そう考えられる。
だが、彼にどうするかを選ぶことなどできない。
「素直に差し出すさ。俺の後悔だなんだと言っていられないからな」
「忘れたの? 貴方はオーパーツを所持しているんじゃないのよ。オーパーツが埋め込まれているのよ」
マイは、泰吾の胸元を叩く。
「この前の人間ドックでも、心臓部位近くにオーパーツの破片があったでしょ? その、アキラス、だっけ? そいつにどうやって渡すの? 絶対手術なんて受けさせてもらえないわよ。殺して抜き取るか、あんたごと誘拐よ」
「……!」
「明日香の言葉と、空ちゃんの敗北。ダブルパンチの上に、そんなことがあったから、無理いうことになる。でも、」
マイは改めて、
「あたしたちに協力して。後悔しない、誰かを救える手が、今のあなたにはあるのだから」
彼女の手を掴むべきかどうか、泰吾は分からなかった。
開始時は書き溜めがそこそこあったのに、そろそろ尽きそうなので、少しペースが遅れますので、ご了承ください




