26th story 新生活へ
与えられた部屋でしばらくの時間を潰していると、外から部屋の扉をノックする音がした。それにイヴさんが対応する。イヴさんは外の人物と二言三言話すと、俺の方を振り向いた。
「シェル、キース様とタムズ様がお呼びだそうです。もう一度、広間に移動を」
「分かりました」
俺は座っていた椅子から腰を上げると、この部屋に案内されたときと同じようにイヴさんの後に続いて廊下を歩いた。
広間に到達する。中の様子は、俺が出ていったときと何ら変化していないように見えた。俺が二人の魔王の前に移動し礼をすると、タムズが口を開いた。
「非常に厳格な協議を経て、君の処置が決まったよ」
「うんうん。非常に厳格な協議を経てね」
「とりあえず、しばらくの間は君を僕達の軍の監視下に置かせてもらう」
「まだ、君が敵か味方かを判断するには、材料が足りないのさ」
「その間、君が生活する場所なんだけどね」
「君を引き取ってもらうのに、ピッタリな人物が一人いるんだよ」
「イスキリ、ここへ」
タムズの声がけに、広間の隅から、一人の魔族の男が魔王の隣へとやってきた。彼は魔王のそばで跪くと、頭を垂れて微動だにしなかった。
「紹介しよう。イスキリ・ヘブラ 」
「かつて、ヘロドトス・クライマンを家に住まわせていた、タレス・ヘブラの息子だ」
俺は一度、“クライマン”の記憶を辿った。が、タレス・ヘブラなる人物の名前は思い出せない。もっとも、“クライマン”の全てを暗記しているわけではないので、当然と言ってしまえば、当然のことではある。
「しばらくは、君はこのイスキリの家に世話になってもらう」
「彼もそれには異論がないようだから、安心して任せられるしね」
「イスキリ、彼に挨拶を」
タレスに言われ、イスキリ・ヘブラが顔をあげて俺を見る。わーお。ダンディーなお顔立ちで。
「初めまして、シェル・クライマン。これからどうぞよろしく」
彼は丁寧に俺に頭を下げた。
「あ、いえ。こちらこそ、よろしくお願いします」
俺も慌てて彼に頭を下げた。
「さて、それじゃあ挨拶も済んだし、早々に引っ越しだ」
「何か、生活に必要なものがあれば、この先いくらでも僕達に言ってくれ」
「全て取り揃えてあげるよ」
「兵器以外はね」
二人に流されるがまま、俺は早々に、イスキリ・ヘブラの家へと向かったのだった。
「―――あの」
彼の家へと向かう車内で、運転をする彼に俺は尋ねた。
「どうして俺の事を引き受けたんですか?俺が魔族にとって敵だった場合、こんな役割、真っ先に犠牲になるというのに」
彼は、一度俺に視線を向けると、前方に目を戻してから言った。
「親父が世話をしていた“人類”ていうのに、興味があっただけさ。それ以上の理由はない」
「そうですか―――」
俺には今一納得できなかったが、食い下がることはしなかった。
「まあ、特に危険は感じていないよ」
しばらくして、イスキリ・ヘブラが口を開く。
「俺の親父が世話したっていう人類の子孫なんだろ?お前は。だったら、俺は親父と、親父が世話したっていう人類と、そいつの子孫であるお前を信じる事ぐらいできる」
その言葉にどこか、俺は引っ掛かるものを感じたから、そうですか、と煮えきらない答えを返した。
「そう心配するな。人生、流れに身を任せておけば、意外となんとかなるものさ」
「結構、大雑把ですね」
「いいんだよ。面倒なことは面倒事が好きな奴にやらせておけば」
「そんなもんですかね」
「少なくとも、俺はそう思っている」
そこで会話は一度途切れた。それから二分も経っただろうか。イスキリさんが口を開く。
「そういえば、言い忘れていたな―――シェル・クライマン、魔境へようこそ」
彼は俺に、ニッと笑って見せた。それにつられて、俺も微笑む。
今日から、俺と魔族の共存が始まる。
唐突なようですが、第三章“悪魔編”はこれで完結です。次回からは、いよいよ最終章が始まります。
最終章では、魔族と人類の関係に一つの決着がつく物語です。
人類を捨て、魔族との共存を目指すシェルに、明るい未来はあるのか。
最終章がどれくらいの長さになるのかは分かりませんが、長くても短くても、もうしばらくの間、東田悼侃の“Near Real”をお楽しみ頂けたらと思います。
次回更新は土曜日です。