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Near Real  作者: 東田 悼侃
第三章 悪魔編
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22nd story 微睡みの中で

「シェル、聞こえてる?」


まどろみの中の俺に話しかける声がした。久しぶりに聞く声だ。俺は懐かしさすら覚えた。


「どうしたんだい、ハルさん」


声の主はハルさんだった。何故、このタイミングで、俺の夢にハルさんが出てくるのだろうか。その疑問は、ハルさんが次に発した言葉によって解消される。


「今、貴方の精神に直接話しかけているの。私の未熟な魔法でも、眠っている人の精神下になら入り込むことが出来る。精度は不確かだったから、貴方と繋がるかは不安だったけれど―――どうやら、うまくいったみたい」


そもそも、これは夢ではなかったと言うことだ。しかし、その疑問には納得がいったが、次の疑問が浮かび上がってくる。


「どうして、このタイミングで?」


俺が魔境に着いた、その日の夜にこうして彼女が俺に語りかけてくるのは、タイミングが良すぎる。彼女は、俺が魔境に行ったことは知らないはずなのに。


「私達は、すべて知っているわ。貴方が世間で“悪魔”と呼ばれることになった理由も、貴方が姿を消していたこれまでに、貴方の身に起こった出来事も、全部聞いた」


「聞いた?誰から?」


「ユグとサルゴン、それとヴェーダの人から」


「ちょっと待ってくれ。ユグやヴェーダの人は兎も角、どうしてサルゴンの名前が出てくるんだ?あいつが、どうして俺の情報を持っている?」


「ああ、貴方はまだ知らなかったわね。彼、サルゴンは今、アクピス教の軍隊に所属しているの。“悪魔”―――つまり貴方を討伐できるかもしれない、期待の新星の一人として」


そういえば前に、“覚醒した”と言っていたな。一般的に考えれば、あいつも十分強い部類に入るからな。いや、覚醒した今は、どちらかというと“強すぎる”部類なのか?


「だから、ヴェーダへの本部襲撃の事や、その狙いが貴方だったことも把握している。―――彼は、ヴェーダにスパイを送り込んだり、寝込みを襲おうとしたりしたアクピス教のやり方には反抗的だったけど」


やはりヴェーダには、アクピス教と内通している人物が居たようだ。


「そうか―――そしたら、近い将来、あいつとも殺り合わなきゃいけなくなるかもしれないな」


相反する思想を持つ組織に与する者同士である以上、それは必然のように思えた。


「ねえ、シェル。今からでも間に合うわ。人類領域に帰ってきて、アクピス教に従うってことを示すの。そうすれば、避けられるわ。来る悲劇からも。誰も幸せになれない未来からも」


「悪いが―――無理だ」


俺は即答した。どうして、とハルさんが息を詰まらせる。


「アクピス教に従うことは、俺には出来ない。間違っているのはあいつらなんだ。間違っていると分かっていて、どうしてそれに従える。俺の考えが子供なのは理解している。けれど俺は、自分の信念を貫きたいし、貫かなければならないんだ。今や俺は、ヴェーダの皆の思いを背負っている。もう、戻るには遅いんだ」


「でも、それで友達と殺し合うことになったら――――そんなの駄目だよ」


「分かってるさ。けれど、そうする他になんだ」


「でも―――」


「ハル、これ以上彼を困らせるな」


尚も食い下がろうとするハルさんを、別の声が制止した。部長だ。


「シェル、聞こえてるか?俺だ」


「お久しぶりです、部長」


ハルさんのこのテレパシーのような魔法は、他人の声も伝えられるらしかった。


「しばらくぶりだな。俺達も、お前の今置かれている状況は聞いている。それについて、俺はお前の考えを否定したりはしない。諭そうとも思わない。考え直せとも、戻ってこいとも言わない。お前は、お前の思うようにやればいい」


部長はしばらく間を置いて、再び話し始めた。


「俺は、お前の歩もうとする道が正しいとは思わない。けれど、アクピス教が正しいとも思っていないし、俺の考えが正しいとも思っていない。かといって、何が正しいのかも分からない。だけど、これだけは言える。きっと人は、魔族は、誰も正しくない。正しい者なんて、一人も居ない。だから争うし、だから葛藤もする。でも、それでいいんだ。それがあるから、俺達は人間であり、魔族は魔族であるんだから。誰も正しくないから、それぞれがそれぞれの思うように生きればいいんだ。だから、お前は自分の正しいと思った道を信じればいい。その道は決して正しくはないけれど、決して間違ってはいない。お前からすれば、その道が正しいんだから。ただし、その道の先にある光景がどんなものであろうと、お前はそれを受け入れなくては駄目だ。その覚悟が出来ない限り、自分の正しいと思う道を歩もうなんて、甘い考えは持つな。覚悟が出来た者にのみ、道は開かれるんだ」


俺はしばらく思案して、答えた。


「覚悟は、出来ています。例え将来、部長と殺し合うことになるとしても、俺はこの道を進みます」


フ、と部長は笑った。


「それでいい。俺はお前を応援しているよ。心の底から」


それじゃあ、と部長が言う。俺は慌ててそれを制止した。


「ちょっと待って下さい」


「どうした?」


「いえ―――皆に。武術部の皆と、ユグと、両親と、―――それと、まだ無事なようなら、ヴェーダのみなさんにも、伝えておいて下さい」


「なんと伝えれば?」


俺は一度深呼吸をしてから、その言葉を言った。


「“ごめんなさい”と。そして、“ありがとう”と」


「分かった。伝えておこう。それじゃあ、元気でな、シェル」


徐々に、部長の声は小さくなっていった。


俺は再び、まどろみの深みに落ちた。

次回更新は土曜日です。

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