8th story ユグノ・サンバルテルミと軽音部
放課後、俺は校内をユグと二人でふらついていた。目的は部活動見学。俺は既に、スサノオ先生からの強い推しで、勇者の適性者が実践技術を習得する“武術部”への入部を考えているが、他の部に興味がない訳ではないし、ユグに至っては、まだ何も考えていない模様。
「ユグ、お前どんな部活がやりてーんだ?運動系?文化系?」
俺の問い掛けに、しばらく考えるふりをするユグ。
「そぉだなぁ。俺、あれがやりてえ」
「あれ?」
「何つったっけ、あの歌うやつ」
「歌?合唱とかやりたいのか?」
「あー、じゃなくて、あのーあれ。ギターとかのやつ」
「軽音?」
「そうそう!それ!俺、歌いてーんだ!」
「歌うつったってお前、軽音ってどちらかというとロックなやつだぜ?田舎の民謡とかは歌わねーからな?お前、何歌えるんだよ」
「んーとな、Kissとかローリング・ストーンズとかはよく聴くし、XJAPANとかTHEE MICHELLEGUN ELEPHANTとかも聴くぞ」
わお。ロックじゃねえか。しかも、一昔前の物じゃんかよ。でも、歌はどうなんだ?上手いってイメージが全く沸かないんだけど、こいつ。
「取り合えず、見学行ってみるか?」
おうっ、とユグが威勢よく応える。俺は校内地図を取り出した。まだ教室配置は覚えていない。軽音部の部室は........音楽室の隣だ。
「こっちだ」
まだ馴れない校舎の中を、俺とユグは進んだ。
「.......失礼します」
軽音部の部室の扉をノックし、開ける。扉が防音性だったのか、部屋に入った途端、中から音が飛び出してきた。敢えて言わせてもらおう。うるさい、と。十何種類の音が、それぞれ全く違うリズムで交差する。どうやら、個人練習中だったようだ。
部室に入ってきた俺とユグを見て、音が止む。取り合えず、誰だ?こいつら、というその視線を止めてもらっていいでしょうか.......ええ、その疑問はごもっともなんですけどね....もう、高校に入学してから、そういう感じの視線ばっかり向けられてる気がするんですよ。主にユグのせいで。
部員は全部で十人ぐらいか。これって多いのか、少ないのか。部外者には分からない。
「どうした?入部希望?」
部長らしき人が尋ねてくる。でけー。185㎝ぐらいかな。スラッとした体型の男の人だ。
「あ、あの、体験入部みたいなのって.......できますか?」
おそるおそるユグが尋ねる。男は、それを聴くとニッコリ笑った。
「ああ、いいよ。何やってみたい?」
「えっと.....歌いたいんですけど....」
ユグのそれを聴いて、他の部員がざわめきだした。だが、目の前の男の方は、相変わらず笑みを崩さない。
「いいよ、ボーカルね?そっちの君は?」
質問の対象が俺に変わる。俺は首を横振りした。
「いえ、俺はそいつの連れなんで。邪魔になりそうなら、外で待ってますね」
迷惑になってもいけないので、部屋を出ていこうとする俺を、男が引き留めた。
「ああ君、大丈夫だよ。どうせならここに居な。この子の歌聴くの終わったら、俺らの歌も君達に聴かせてやるからさ」
そう言うと、男は俺とユグを軽音部メンバーの前に椅子を並べて座らせた。
「俺はロビン・ジャガー。この部の部長とボーカルをやってる」
男が名乗る。やはり、部長だったようだ。
「じゃあ、歌ってもらうか.....君、名前は?」
「あっと、ユグノ・サンバルテルミです」
「サンバルテルミ君、どうする?人前だと緊張するかな?」
「いえ、大丈夫っす。歌えます」
「うん。じゃあ、何歌う?」
次々と繰り出される質問。ユグ、ショートしたりしてねえよな。こいつの脳みそが、若干心配になる。
「じゃあ........THEE MICHELLEGUN ELEPHANTで、“世界の終わり”を」
「なかなか渋いね」
そう言いつつも、ロビン・ジャガーは顔に喜色を浮かべていた。
「いいよ、サンバルテルミ君。俺もその世代が好きだ」
ロビン・ジャガーは、部室の奥から四角い箱のような機械を抱えて持ってきた。
「俺が音程の確認によく使ってるカラオケだ。サンバルテルミ君、これを使って歌ってみてくれ」
ロビン・ジャガーがカラオケマシーンをスピーカーに繋げ、マイクを取り出す。それらが正常に機能することを確認すると、マイクをユグに手渡した。
「じゃあ、どうぞ」
俺と軽音部の部員達が見詰める中、イントロが流れる。
「悪いのは全部君だと思ってた くるっているのはあなたなんだって------」
ユグが歌い出す。俺は、驚愕に顎が外れそうになった。音楽に素人の俺が聴いても、それがかなり高いレベルなのは分かる。普段のユグの様子とのギャップが半端じゃない。思わず、ユグの歌声に聴き入ってしまう。
やがて、曲が終わる。ユグはマイクを下ろすと、たどたどしく一礼した。軽音部員達から拍手が上がる。
「いや、凄い。上手いね君。驚いた」
ロビン・ジャガーが絶賛する。どうも、とユグは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「本当に凄いよ、サンバルテルミ君。どう?軽音部に入らない?勿体ないよ、その才能を使わないのは」
おだてられるユグ。他の部員達も、何やら温かな目をしている。よかったじゃねえか、ユグ。
「ありがとう、サンバルテルミ君。それじゃあ、俺たちも一曲やるか。負けてらんねーぜ!一年生に!」
ロビン・ジャガーの言葉に、おおう!と四人の部員が叫んだ。
「凄かったぜ」
隣の椅子に腰掛けたユグに素直に感想を言う。ユグは照れた笑いを見せた。
しばらくして、ロビン・ジャガーと、先刻叫んだ四人の部員が、楽器を持って俺とユグの前に並ぶ。ボーカル、ベース、ギター、ドラム、キーボードの単純な構成だ。ロビン・ジャガーが、マイクスタンドを持ってきて立たせる。
メンバー全員がおそらく180㎝越えの高身長の性か、間近での圧迫感が凄い。それぞれが楽器の調整を終え、目配せする。全員の準備完了を確認すると、ロビン・ジャガーは前を向いた。一気に、空間の空気が変わる。
ドラムが、バチを頭上に掲げ、リズムを刻んだ。
「ワン・ツー・スリー・フォー」
四拍子バチ同士を叩いたところで、曲が始まる。ロビン・ジャガーを除く四人の演奏が、超の付くような重圧感を伴って響いてくる。まるて、腹の中で何かが暴れまわっているようだ。濡れたスポンジのような、ずっしりしていてしっとりしているような重み。だが、それでいて、ただ強くて重い音なわけではない。身体中を音が駆け巡り、心が揺さぶられる。
やがて、ボーカルのロビン・ジャガーが歌い始める。
こういうのを、正に一つになると言うのだろう。一つの音を奏でていると言うのだろう。俺にも、それがとても高校生の奏でる音楽ではないのが分かる。だが、演奏しているのは紛れもなく高校生だ。
ユグには悪いが、ロビン・ジャガーの歌も、ユグのような、上手いだけの歌ではない。上手くて、心に響いてくる歌い方だ。
いつの間にか、曲が終わっていた。俺とユグは、自然と立ち上がって拍手していた。
「決めた、俺、軽音部に入るよ」
ユグが俺に言う。そうだ、俺も“武術部”を見に行かなくては。でも、もうしばらくはこの余韻に浸っていよう。
次回更新は水曜日です。
ミッシェルの「世界の終わり」本当にいい曲ですよ。