19th story 夢
「僕達ヴェーダの中じゃ、君の戦闘力が一番高い。単純な戦闘力も勿論だけれど、アクピス教の魔族討伐隊に一年間所属し、更に一度、本物の戦場を体験してきていると言うアドバンテージも大きい。つまり、君が一番アクピス教の刺客から逃れられる可能性が高いのさ。そして、生きて魔境に辿り着く可能性も、君が一番高い」
「魔境に?」
俺は聞き返した。
「君がヴェーダに入隊したときから、既に計画は進行していた。本来であれば、今週のどこかでそれを発表する予定だったんだが、こんな事態になってしまったからね。計画はほとんどがパーだ」
「計画?何のことですか?」
「魔境へ行くのさ。そのための船の手配もすんでいる。あとは同行者の選定と準備だけだったのさ。けれど、この様子じゃあ、そんな大がかりなことは無理そうだ」
いつの間にそんな計画が進んでいたのか。仕事の早い人だ。
「それについては、本当はいくつか懸念があったんだよ。そもそも、アクピス教に気付かれずに人類領域を脱出できるのか、とか、我々は魔族に受け入れられるのか、とか。けれど、魔族の血を継ぐ君なら、きっと彼等も受け入れてくれるだろう」
「でも、 脱出はどうやって―――」
「僕達が肉の壁になる。そうやって時間を稼いでいるうちに、君は魔境へ向かう。これが一番の手段なんだ。他の方法で、誰かが魔境に辿り着く可能性は低い。実際、この方法だって確実じゃない―――けれど、これ以外に僕達の夢を実現する方法は、もうない」
「―――全部、俺の責任です」
リウィウスさんに頭を下げる。こうなったのは、俺の責任だ。ここまでリウィウスさんを追い詰め、決断を迫ってしまったのは、俺の責任だ。
「俺が二週間前、駅前であんな騒ぎを起こしていなければ、―――いえ、ヴェーダに加わっていなければ、こんなことにはなっていなかったはずです」
いや、もっとそれ以前の話なのかもしれない。俺が魔境で先祖の書いた本なんて見つけなければ。俺が魔族討伐隊に参加していなければ―――俺が勇者でなければ―――俺が魔族の血を継いでいなければ―――俺が居なければ
「そんなことはないさ」
しかしリウィウスさんは、それを否定した。
「君が居なければ、僕達の夢はただの夢に終わっていた。社会不適合者の幻想にすぎなかった。僕達の―――魔俗との共存という夢は、君のお陰で、かなり現実味を帯びた。子供が無邪気に願う将来の夢だとか、人が欲望のままに求める不老不死のような、実現には程遠いような夢とは違って、手を伸ばせば、自分達の力で掴むこともできる夢になった。現実から遠く離れたものではなくて、現実のすぐそばにあるものに変わったんだ。そう分からせてくれただけでも感謝さ。君のヴェーダへの加入は、決してマイナス要因なんかじゃない。僕達の夢に希望を与えてくれた光なんだよ」
「無理になだめようとしてくれなくていいです。俺が悪いのは事実なんですから」
「そうじゃあないさ。本当に君は僕達の救いになった。けれども、そうだな―――君がどうしても、僕達に対して罪悪感を抱いているというのなら、その罪滅ぼし――とは言わないけれど、せめて僕の頼みを聞いてくれないか」
「なんでも受け入れます。皆さんには迷惑をかけましたから」
リウィウスさんは一呼吸置いた後に言った。
「僕達の夢を、君が実現させるんだ。実現するまでは、君は生き続けろ」
「そんなのはッ!」
そんなのは――無理だ。俺は言葉を飲み込んだ。
「なんでも受け入れるんじゃなかったのかい?」
「だって―――そんなことを望んじゃいないメンバーだって、中には居るんじゃないんですか?そんな夢のために、自分の命を捨ててまで俺を逃がすなんて、馬鹿らしいって、割りに合わないって考えている人も居るんじゃないんですか?」
「もしかしたら、中にはそういう人も居るかもしれないね。けれど、大半の人はそうではないと僕は思うよ。そもそも、そんな生半可な気持ちの人が、ヴェーダに入っているわけがない。アクピス教にそむかうって行為が、どれだけ危険なことかぐらい、みんな承知のはずだ。とっくに命なんて諦めている人だって居るさ」
それでも俺には、皆を捨てて魔境に向かうなんてできるはずがなかった。
例え何が起ころうと、俺は最期までアクピス教の仕向けてくる追っ手と戦い抜いてやる。そう決めた。
お待たせしました。
次回更新は水曜日です。