15th story 駅前騒動3
「おや、君は」
ヒデ・ヤマトは、俺の顔を見て眉を潜めた。
「どこかで会ったことがあるような気がするぞ――――そうだ。魔族討伐隊だ。君の名前は確か――シェル・クライマン」
俺はあえて何も反応せずに、ヒデ・ヤマトの様子を伺った。
「―――肯定の無言、かな?しかし一体、君がどうして“アクピス教”を否定する?魔族討伐隊に参加して、魔族を見てきたはずじゃないか」
俺はなおも無言を貫いた。
「現実を見てきて、何で虚偽の妄想へ逃げる?魔族は悪だ。それを何故受け入れられない」
「現実って―――」
初めて俺は口を開く。
「“アクピス教”の語る魔族の、どこが現実なんですか?虚偽の妄想に逃げているのは、そっちの方なんじゃないですか?魔族が狂暴な種族?まさか。彼等は本来、温厚な種族です」
ヒデ・ヤマトは溜め息を吐いた。
「君は将来の見込める優秀な人材だったからね。もったいないよ、本当。―――でも、俺には仕事をこなす義務があるからね。―――君を捕らえなくてはならない」
ヒデ・ヤマトはそう言うと、腰に下げていた警棒のようなものを抜いた。俺は瞬時に後ろを振り返り、なりふり構わず大通りへと全力疾走した。その距離は十メートル。ぎりぎり、ヒデ・ヤマトに捕まらずに逃げられる距離だ。
大通りに出た直後、俺は左に跳んだ。ヒデ・ヤマトの突き出した棒をぎりぎりでかわす。俺は体勢を立て直すと、ヒデ・ヤマトと再び対峙した。
「驚いた。君には、恥というものがないのか」
「無謀と勇気を履き違えるほど愚かじゃない。自然の中で生き抜くためには、逃げるという行為は弱者にとっては最重要だ」
「でも、もう逃げられないんじゃないのかな?」
「さあ」
俺は首をすくめた。
「それはどうかな」
次に、ヒデ・ヤマトの真横を車が通過するタイミングで、対面の歩道に跳び移る。一瞬、車に進路を遮られたヒデ・ヤマトは反応に遅れた。俺は再びヒデ・ヤマトに背を向けると、歩道を歩く人混みの中に紛れ込んだ。
「もしもし、リウィウスさん。俺です。シェルです」
その隙に、俺は“ヴェーダ”の代表者、リウィウスさんに電話を掛けた。
「ああ、シェルか。どうした?」
「今、“アクピス教”のヒデ・ヤマトに追われています。何とかして彼を撒くんで、駅前に車を寄越してください」
「ヒデ・ヤマト!?一体、何をしたんだい」
「説明は後でします。今は迎えをお願いします」
「分かった。すぐに向かわせる」
「こっちの準備ができたら、俺の方からまた連絡します。その時に、停車位置を教えてください」
俺はそうとだけ伝えると電話を切った。
「どこに逃げるんだい。シェル・クライマン」
ヒデ・ヤマトは既に目前に迫っていた。
「くそ!」
俺は人混みを掻き分けて町中を進んだ。人混みの中を選んだのは失敗だったかもしれない。俺の移動も遅くなる。
「そろそろ諦めたらどうだい」
後方でヒデ・ヤマトが言う。俺は何も答えずに逃走を続けた。
そうこうとしているうちに、俺は駅前に戻ってきていた。人の通りが一段と多くなる。しかし、ヒデ・ヤマトを撒くことは未だに未完遂だった。
人混みを見ているうちに、俺は思い付く。これならいけるかもしれない。俺は駅前の広場で立ち止まると、ヒデ・ヤマトが姿を見せるのを待った。
「やっと諦めたかい」
人通りの中から、ヒデ・ヤマトが悠々と歩いてくる。俺はそれを見てほくそ笑むと叫んだ。
「おーい!みんな!ここに人類最強の男、ヒデ・ヤマトがいるぞー!!」
「おいおい、君は何を――」
ヒデ・ヤマトが苦笑しかける。その瞬間、まず十人近い女性が彼に飛び付いた。
「まさか、その人達を押し退けるわけにも行かないだろ?人類最強ともあろう男が、女性を邪険に扱うわけがない。一人ひとり、丁寧に対応するはずだ」
やがて、その騒ぎに気付いた別の通行人がヒデ・ヤマトに群がっていき、その輪はどんどんと大きくなる。
ヒデ・ヤマトの姿が人で見えなくなると、俺はリウィウスさんに電話で迎えの車の停車場所を尋ねた。ここからかなり近い。
俺は駅前を背に歩き出した。不敵な笑みを浮かべて――――
――――――あれ?何だろう。何だか、ものすごく俺が悪者のように感じるぞ。
次回更新は土曜日です。