13rd story 駅前騒動
駅前の広場の一角に、人だかりができているのをユグが発見した。何かのイベントだろうか。結構な人数が集まっている。
「何やってんだろうな、あれ。ちょっと覗いて来ようぜ」
ユグは興味津々な様子で、その人だかりへと足早に歩いていって。本当に、こいつは何にも成長していないな。俺は何だかちょっぴり嬉しくなり、駆け足気味にユグの後を追った。
「全然、―――前が見えねえな」
人だかりの一番後ろで、奥にあるものを見ようとピョンピョンとユグが跳ねる。しかし、前方に何があるかは全く見えていないようだ。
「身長があと一メートルあれば見えそうなものなんだけどな」
大真面目にユグがそう言う。こいつの場合、冗談ではなく本気でそう思っている事が多い。つまり馬鹿なのだ。
「ユグ、肩車しようか?」
俺はそうユグに提案した。
「肩車?俺、七十キロあるぜ?」
「それぐらい余裕さ。ユグ、俺を誰だと思ってる?」
言った後に恥ずかしくなるような台詞を吐いてみる。
「そうだな。シェルは特別だもんな」
からかってるかのような言葉だが、こいつには、そういう邪念はないんだよなぁ。だからやりにくいと言うか―――
「じゃあ、肩車頼むぜ」
「嫌だよ。冗談に決まってるじゃんか」
「嘘だろ?」
寧ろ何故冗談だと思わなかった。どうして男子高校生が男子高校生を肩車しなきゃならないんだ。誰得な絵だよ。
「つまんねーの。ブーイングもんだぜ」
「どんだけ期待してたんだよ」
「地球三個分くらい」
「―――どうやら俺は、とてつもなく大きなものを背負わされていたらしい...」
「もう一個ぐらい足しとく?」
「そろそろ圧死するぞ、俺」
「期待で?気体で?」
「どういうこっちゃ」
「地球四個分の期待で圧死するの?それとも地球四個分の気体で圧死するの?」
「上手くないぞ―――――上手くないからな、ユグ」
そもそも、そんなの文字にしなきゃ伝わらねーよ。
「大丈夫だ。俺らの会話は全部文字だから」
「知ってるか?メタ発言って、読者は冷めるらしいぜ?」
「なるほど。それは今後の作品に是非生かしたいな。メモメモ...」
「何?お前、作家目指してるの?」
「たった今からそういう設定だ」
「イタい!イタいよ、ユグ!」
ついに、こいつにも中二病が来たのかもしれない。
「そんなことよりもシェル、何か始まるっぽいぞ」
ユグが人だかりの前方を指差した。俺がそちらへ目をやると、確かに、前の方で何か動きがあったようだ。人々の視線が、一斉に前方へと注がれている。人々はざわめきながら、その何かが始まるのを待った。
「何が始まるんだ?」
ユグが首をかしげる。そこへ、スピーカーか何かの機械を通したような雑音が流れた。
「あー。後ろの皆さん、大丈夫ですかね。聞こえていますか?」
拡声された声が響く。
「本日もいい天気ですね。これもきっと、ピシウス様が、私共の講演を応援しておられるという証拠なのでしょう」
中年くらいの男性の声はそう言った。どうやら、“アクピス教”の関係者の講演のようだ。
「二ヶ月ほど前にこの人類領域へ凱旋した、新暦初の“魔族討伐隊”が、これまでに類を見ないような、とてつもない成果を挙げられたのも、ひとえにピシウス様のお力添えがあったからでしょう。ピシウス様はとても寛大で、包容力のある神様です。本来であれば、下賎な私共がそのお名前を口にするのも許されないような存在。しかし、ピシウス様は私共にそれらをお許ししたのです。ピシウスさまは、素晴らしい聖者でおられるのです」
何だ。布教活動か。
「ユグ、行こうぜ」
こんなものは、聞いているだけでも耳に毒だ。俺はユグの手を引いてそこを離れようとした。しかし、ユグはそこから動かなかった。
「....ユグ?」
「何か面白そうだしさ、もう少し聞いてこうぜ?」
「参ったな―――お前“アクピス教”信者なのか?」
「そうじゃないけど。俺、田舎の出だからさ、こういうのも珍しいんだよ」
「...ユグ、やめとけ。こんな下らない宗教に毒されでもしたらどうなる。こいつらの言うことの大半はでっち上げだ。聞くだけ損さ」
「――え―――でも」
「そもそも、“ピシウス様は寛容”とか言ってる癖して、魔族の事は許してないじゃないか。そんな神様、果たして神様なんて言えるのか?インチキだよ、こんなの。本当にピシウスとかいうのが居たとしたら、相当腹黒いぜ」
とまで言ったところで、俺は自分の失態に気づく。
「おい小僧。ピシウス様が何だって?」
マイクから通る声の口調が変わった。俺に、目前の人だかりの全ての視線がぶつけられた。
次回更新は土曜日です。