救いの男:危険区域4
「さて、これからどうするかなんだが」
リキニウスは魔族の男を一瞥した後、ニケに告げた。
「私は彼を彼の仲間の所へ連れていく。だから、君は先に帰っていてくれ」
「嫌です」
しかしニケは、きっぱりとそれを拒否した。
「そう言われてもな...ここから先は危険だ。女性の君を連れていくわけには行かない」
「お年を召した貴方一人を置いていく方が不安です。それに、彼を連れていくって言ったって、彼はあんな状態ですから、自力で動けそうにありませんし。人手は必要です」
「しかしなぁ」
困ったものだ、とニケは頭を掻いた。
「大丈夫です。さぁ、行きましょう」
リキニウスの言い分も聞かずに、ニケは魔族のもとへと戻った。
「魔族さん、貴方を貴方の仲間の所へと連れていきます。大まかな位置を教えてください」
ニケは早くも魔族の男に仲間の居場所を尋ねていた。
「―――それはできない」
しかし、断る魔族。
「何故ですか?このままでは、貴方の命が危険です。早く仲間の所へ連れていって、手当てをしなくては」
「あんたらが俺の身を案じてくれていることには感謝している。とはいえ、ここは戦場だ。まし、あんたらを俺らの拠点にノコノコと連れて帰った後、あんたらが人類側の差し金だと気付いても取り返しがつかない。どんな形であれ、仲間を売っちまうような行為をするのだけは嫌なんだ」
「だからって、このままここで死ぬのも嫌でしょ。早く然るべき処置を受けるべきです。本当に死んでしまいますよ」
ニケがなおも食い下がる。リキニウスは、そんなニケの肩を掴んだ。
「ニケさん、彼がそうしたいと言っているんだ。何も、命を救うことだけがその人の“救い”じゃあない。やりたいようにやらせてあげるのもまた、一つの“救い”なんだよ」
「―――そうだ!なら、拠点の近くまで連れていってください」
しかしニケは、リキニウスを無視して魔族の男の説得を続けた。
「そこで狼煙を炊くなりして、仲間を呼び出しましょう。そうすれば、万事解決じゃないですか。貴方は、私達が貴方がたの懐に潜り込んで暴れるのを嫌がっているのでしょう?なら、私達が拠点に入らなければ、何の問題もありません」
「ニケさん―――いい加減に―」
「いいだろう」
リキニウスの言葉を、魔族は遮った。
「案内するよ、拠点の近くまで。だから頼む。済まないが俺を連れていってくれ」
ニケは顔を輝かせると、リキニウスに振り向いた。
「だそうです、リキニウスさん。行きましょう」
彼女の意思に悪意は一切ない。彼女はそれがよかれと思ってしているのだ。それが故に、その信念は時に厄介になる。
「ヤレヤレだ」
リキニウスは溜め息を吐いた。
魔族を肩に抱え、二人は魔族の拠点を目指した。大まかな方向を魔族の男に聞き出し、その方向に向かってひたすらに進んだ。魔族を一人抱えての進行のため、進みは芳しくない。やがて日が沈み始めた頃、遠くに微かな煙が揺らめいているのをニケが発見した。
「きっと、それが拠点だ」
魔族の男がそう言ったのを聞くと、二人は足を止めた。
「どうする?もう少し進むか?」
「そうですね。もう少しだけ進みましょう。それから狼煙を上げます」
ニケに頷くと、リキニウスは更に足を進めた。
十分ほど歩くと、やがてリキニウスにも煙が認知できるようになった。
「この辺でいいだろう」
二人は魔族の男を地面に座らせると、周辺の家の瓦礫から木材を集め、ニケのバックの中にあったライターで木材に火を点けた。
リキニウスは上着を脱ぐと、それで火を仰いだ。しばらくそれをニケと交代しながら火を大きくし、ある程度の大きさになったところで、ニケの水筒の水で服を濡らし、それを火の上に被せた。
数秒服を被せてからそれを外すと、溜まりこんだ煙が一気に上空へ昇った。それがまだ小さいことを確認すると、今度はもう数秒長く服を被せた後に煙を放出させた。その煙が十分な大きさであると分かると、それから何度も同じことを繰り返した。
三十分も経っただろうか。煙の立つ、魔族の拠点があるだろう方向から、何名かの魔族がこちらへ向かってくるのが見えた。
ニケはその魔族に向かって両腕を大きく振り、その存在を知らせた。
ニケが人間だということが分かると、魔族達は警戒の色を明らかに強めた。銃口をこちらに向け、周囲を警戒しながら、少しずつ距離を詰めてくる。
「肩を―――貸してくれ」
魔族の男が、リキニウスに言った。リキニウスはニケを呼ぶと魔族の男を立ち上がらせた。
魔族の兵士達が立ち止まる。その表情が、警戒のものから困惑のものへと変化した。
次回更新は土曜日です。