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Near Real  作者: 東田 悼侃
第三章 悪魔編
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救いの男:危険区域3

「―――そこに―――誰か居るのか?」


その魔族には意識があったようだ。立ち止まる二人に魔族語で話し掛ける。


「なあ――頼む――――助けてくれ。目が見えないんだよ」


魔族の言葉に、リキニウスは思わず足を一歩踏み出した。魔族と接触できるチャンスなど、普通の人生では一度としてない。もともと、普通の人生を歩んできたわけではなかったリキニウスだったが、やはり魔族の実物を見るのはこれが最初だった。リキニウスは、魔族に対して非常に興味を持っていた。そのきっかけは三十年前、血の繋がりはない育ての親が死亡し、その遺品を整理していたときに見付けた一通の手紙にあった。


それまで、リキニウスは育ての親に、本当の両親は不慮の事故で亡くなったと聞いていた。しかし、人類領域のどこを探しても、両親の墓も、事故の記録もなかった。まだ若かったリキニウスは、自分は本当の両親には捨てられたのだろうと考えていた。しかし、その手紙の内容は、そんな考えを逆転させるものであった。


その手紙は、リキニウスを産み落とした両親が、リキニウスと育ての親に向けて書いたものだった。内容を読み終えたリキニウスはショックを受け、しばらく自室に籠った。


三十年以上経った今となっては、その事実をある程度受け入れることは出来ていたが、それでもまだ、心のどこかにつっかえたものがあるような状態だった。


手紙には、自分の母親は魔族であり、自分は人類と魔族のハーフなのだと書かれていた。育ての親が“反アクピス教”的思想だったこともあり、あまり魔族に対して悪い偏見を持っていないリキニウスではあったが、それでも自分に魔族の血が流れているということは、そう簡単に受け入れられなかった。更に手紙には、魔族は学校で教えられるような種族ではなく、むしろ友好的であるとも書かれてあった。しかし、両親が自分をどうして手放したのか、二人はどうなったのか等については、手紙の中では一切触れられていなかった。


以来、魔族に対して一定の興味を抱いてきたリキニウスだっただけに、現状はまたとないチャンスと言えた。とはいえ―――


リキニウスはニケの表情を覗き見た。どこか悲しそうで、苦しそうな表情をしている。


彼女の夫は、戦場で魔族に殺されている。これまで、魔族に対しての恨みはおくびにも出してこなかった彼女であったが、やはり、魔族に対して良い印象を持っているようには思えない。


「ニケさん―――逃げるか?」


リキニウスがニケに尋ねたが、ニケは魔族から視線を外さないまま首を横に振った。


「―――ニケさん。もしも貴女が夫の仇を討とうと思っているのなら、それだけは止めなさい」


再びニケは首を横に振る。


「復讐とか――そんなつもりはありません」


「あんた達――」


二人の会話に、魔族が横から口を挟んだ。


「もしかして―――人間か?それだったらどうか―――見逃してくれ。頼む―――後生だ」


魔族が二人に懇願する。それを聞くとニケは、ゆっくりと魔族の方に歩みを進めた。


「待て!ニケさん!何をするつもりだ!」


「―――助けるんですよ」


ニケは呟いた。リキニウスがニケの後を追う。


魔族はひどい状態だった。両目を裂かれ、右手首から先を喪失している。見慣れない二人には、酷な光景だ。


「―――貴方に―――」


ニケが口を開く。


「家族はいますか?魔族さん」


片言の魔族語でニケは尋ねた。


「―――ああ、本土の方に。両親と妻、それに息子が二人居るよ。――だから頼む。見逃してくれ」


「ええ。そのつもりですよ。――治療が終わった後に」


ニケはそう言うと、バックの中から回復促進薬を取り出した。


「これを飲んでください。こんな怪我では、気休めにしかならないかもしれませんが。私達人類の使っている薬です」


「――毒じゃ―――ないよな」


魔族はニケの差し出した薬に警戒心を隠さなかった。


「瀕死の魔族あなた一人に毒を盛って殺害したところで、何の意味もないじゃないですか。信用してください」


「―――従う以外、生きる道もなさそうだしな。ただ、悪いが俺にはその薬がどこにあるか分からないんだ」


「口を開けてください」


魔族は少し躊躇った後、ゆっくりと口を開いた。ニケはその中に薬を流し込んだ。


「飲み込んで」


ニケが言うと、魔族は薬を飲み込んだ。


「効果があるかどうかは分かりませんけど、なにもしないよりはマシなはずですから」


「―――ニケさん、どうして彼を助けるんだ?」


その様子を見て、リキニウスが尋ねた。


「彼にも家族が居ますから―――その家族に、悲しい思いはさせたくないんですよ」


「けれども――こんなことを言っていいのかは分からないが――君の夫は魔族に殺されているんだぞ?普通、復讐相手を助けるか?恨みはしなかったのか?」


「恨んでいないと言えば嘘になります―――けど、だからって魔族を殺したら、あっちの家族から私達が恨まれます―――それでは駄目なんですよ。誰かを恨んで行動した結果、今度は自分が誰かから恨まれることになる。その負の連鎖が“戦争”なんですよ。――いえ、“戦争”の根本ではないかもしれない。もっと複雑なのかもしれない。けれど、“戦争”の中に、“恨み”の負の連鎖があることは確かです。そうして戦火は拡大していく。それでは駄目だと――ここに来るときに話したじゃないですか。“戦争”は無意味です。でも、恨みの負の連鎖が有る限り、“戦争”は続く。だから、どこかでその連鎖を止めなくてはならないんです。私一人がごく細いその一本を止めたところで、全体に大した影響はないかもしれない。けれど、私がこの連鎖を更に繋げてしまえば、全体の傷は更に大きく、深くなっていく。だから、仮に影響は少なくても、止めるべきなんです。こんなものは」


ニケは周囲の瓦礫を遠い目で見詰めながら一息にそう言った。


魔族もその言葉に何か思うことがあったのか。三人はしばらく音をたてなかった。

次回更新は水曜日です。

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