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Near Real  作者: 東田 悼侃
第三章 悪魔編
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救いの男:危険区域 2

自分の名前を呼ぶ声に、リキニウスは闇から覚醒した。


「リキニウスさん!大丈夫ですかっ!?」


「――ニケ―――さんか。これは一体―――」


声の主であるニケを隣の運転席に見付けたリキニウスは、その後に周囲の滋養今日を確認した。二人は依然、車の中にいた。しかし、重力は二人の頭上に働いており、頭に血が上っていた。更に、窓の外を見てみれば、世界の上下が逆転していた。どうやら、二人の乗る車は逆さまにひっくり返ったようだ。


「待っててください。今、助けます」


ニケはそうリキニウスに声をかけると、腰にかかっているシートベルトを外した。同時に、ニケの体が重力にならって車の天井部に落下する。肩口で受け身を取ったニケは、車のドアを開けて外へ出ると、リキニウスの乗る助手席のドアへと回り込んだ。ニケは助手席のドアを開けると、リキニウスにゆっくりとシートベルトを外すように言った。リキニウスは言われた通りにゆっくりとシートベルトを外す。リキニウスが急に落下しないよう、体を支えようとしたニケだったが、リキニウスの体は抵抗なく車の天井に打ち付けられた。


「おふ」


なんとか頭と首を守ったリキニウスは、ゆっくりとドアから這いずり出た。


「ごめんなさい。大丈夫ですか?」


ニケが心配そうにリキニウスを見る。


「ああ、大丈夫だ。それより、一体何があったんだ?」


腰をさすりながら立ち上がったリキニウスは、車の周囲の状況を眺めた。車の右手奥は草の生い茂った急な坂になっており、車の様子と同時に察すれば、どうやらこの坂を転がり落ちてきたようだった。


「私にも分かりません。この坂を落ちたんだろうということ以外は――」


ニケも実際を把握していないようだった。二人はひとまず、最後に覚えている記憶を互いに共有することにした。


「―――まとめると、兵士達に追い掛けられて、“危険区域”の奥までやって来て、遠くで何かが爆発したところまでは覚えている――と」


リキニウスが自分とニケの記憶を端的にまとめる。


「取り合えず、坂を上って周りを確認してみよう」


リキニウスはそう言うと、車の奥の坂を登りだした。後からニケも続く。坂の勾配は急なもので、年老いたリキニウスや女性であるニケの足には少しばかりきついものであった。距離はそこまででなかったために、何とか二人とも登りきれた、といった具合だ。


「これは―――」


坂を登りきった二人は、その先にある光景に絶句した。


「―――そうか。こんなに奥地まで来ていたのか」


リキニウスが呟く。二人の前には、崩壊した無数の民家が広がっていた。いくらか壁は崩れていても、まだ家として形を残しているものもあれば、もはや柱の跡があるばかりで、焼け落ちたかのようなものもある。


「これが―――戦争か」


まだマシなのは、死体らしきものが見当たらないことだろう。それでも二人は、五十年に及ぶ戦争の、あまりの凄惨さに、呆れもさながら、戦慄すら覚えた。


「早目にここを離れた方が身のためかもな」


リキニウスは足をとられないよう気を付けながら、車へと戻った。


「二人で立てられるかな―――いや、無理だな」


リキニウスはひっくり返った車を前に、溜め息を吐いた。


「ニケさん。車の中に何か大切なものがあれば、それを出してしまいましょう。ここを離れます」


「―――分かりました。トランクの方に、幾つか物を入れてあります。車がひっくり返った時の衝撃で壊れているものもあるかもしれませんが、確認させてください」


ニケモ車まで降りてくると、ひっくり返った車のトランクを開けた。上下逆さまに開くトランクは、状況に合わずなかなかシュールなものだった。


「よかった。漏れてない」


ニケはトランクの天井に転がった、一抱えある段ボール箱を取り出し、地面に置くと、中から液体の入った容器を数本取り出した。


「それは―――」


「ええ。“アクピス教”推奨の回復促進薬です。何かあっても対応できるように、いつも常備しているんですよ」


ニケは容器を大事そうに抱えると、今度は運転席の方へ回り、車内からバックを引っ張り出した。


「こんなものでしょう。ここに車を捨てていくのは正直残念ですが―――背に腹は変えられません。リキニウスさん、行きましょう」


たくましいものだな、とリキニウスはニケを眺めた。


「?どうかしましたか?もしかして、顔に何か付いてます?」


ニケが不思議そうに自分の顔をペタペタと触る。


「いえ、何でも。急ぎ、ここを離れましょう」


二人は再び坂を登ると、車のタイヤの跡を頼りに道を歩いた。しばらく行くと、タイヤの跡は廃墟と化した民家郡の方へと伸びていた。二人は一旦顔を見合わせると、そちらへと足を向けた。


「―――あれは」


民家の中を進んでいくうちに、ふとニケが足を止めた。崩れ落ちた瓦礫の中に、何かを見付けたようだ。


「リキニウスさん―――あれ、人じゃないですか?」


ニケが見付けた何かを指さす。リキニウスは示された方向に目を凝らしたりだが、特に何も捉えられない。


「どれだ?」


「あっちです。近付いてみましょう」


何となく、止めておいた方がいい気はしたが、怖いもの見たさに二人の足は前へと進んだ。


「あれは―――まだ生きてる!」


ニケはそれの生存を確認すると、カバンを抱えて小走りになった。リキニウスは必死にその後を付いていく。やがて、リキニウスにもそれが識別できるようになった時。


「待てッ!!」


リキニウスは走るニケの腕を掴んで止めた。


「あれは人じゃない――――魔族だ」

次回更新は土曜日です。

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