救いの男:危険区域
魔族からの攻撃の多い“危険区域”の手前で、軍の兵士にリキニウス達の乗る車は止められた。
「停まれ。ここから先は一般人は立ち入り禁止だ。通行許可証はあるのか?」
兵士が車の外から運転席のニケに尋ねた。
「ここに、四十代頃の男が来てはいないでしょうか?私の息子なのですが」
奥の助手席からリキニウスが尋ね返す。
「いや、俺は見ていないな。どんな男だ?」
リキニウスは、兵士にアリスタの乗る車の車種を伝えた。
「今、各ポイントに確認をしてみる。少し待っていろ」
兵士はそう言うと無線機を取り出し、誰かと会話を始めた。
「何だと?」
二言と話さないうちに、兵士の口調が変化した。
「誰かそっちに向かっているか?―――そうか」
兵士が険しい顔をして車内のリキニウス達を覗いた。
「おい、あんた達はとっとと帰れ。こっちには急用ができた」
「息子のことだけ終えてください」
「来ていなかったそうだよ。いいから、ここから早く離れろ」
「分かりました」
ニケが車をバックさせる。同時に窓を閉じようとした時、兵士の会話の続きが二人の耳に入った。
「いや、何でもない。そっちの奴の父親ってのが来たから追い払っただけだ。―――それで、本当にそいつは区域内に侵入したんだな?――ああ、分かった。すぐに行く」
兵士は無線を切ると、明後日の方向へ駆けていった。
「リキニウスさん。アリスタさんは、もしかして―――」
「どうやら、そのようですな。ニケさん、行けますかね?」
「私は問題ありませんが、大丈夫ですか?それで」
「兵士がどのような対応をするか分からない以上、彼等に見つからないうちにアリスタを回収するしかありません」
「分かりました。行きましょう」
ニケはバックを止めると、前方にアクセルを踏み込んだ。車が急発進する。誰にも咎められることなく、車は“危険区域”内に突入した。
「突入したはいいんですが――――アリスタさんはどこにいるんでしょうか」
「おそらくは、騒ぎの先頭に。まずは、先程の兵士の駆けていった方向へ進んでみるのが得策かと」
ニケは右にハンドルを切ると、道を駆けた。両脇に建つ建物はどれも無人のまま放置されており、この激動の時代にそぐわない静かすぎる光景には、違和感すら覚えられた。
「“危険区域”だというのに、建物が破壊されているわけではないんですね」
その違和感をニケが口にする。
「戦闘地帯は、このさらに奥なのでしょう。この辺は、その戦闘地帯に近付けないための、言わば余白のようなスペースでしょうね」
リキニウスが、自身の見解を示す。その考えはおおよそ正しかった。実際に魔族と人類間で頻繁に戦闘が行われているのは、この先十キロほど進んだ地点であり、現在リキニウス達の居る地点は、万が一戦火が広がったときの対策のための空間であった。
ニケがしばらく車を走らせると、前方に、急に大量の兵士が確認できるようになった。ニケが急ブレーキをかけて車を止めると、二人はそのまま車の中で息を潜めた。
「リキニウスさん、あの車は―――」
しばらく息を潜めて兵士達の様子を見ていると、何かを見つけたニケが前方を指した。その先には果たして、アリスタの所有する車が、兵士たちに包囲されてゆっくりと進んでいた。運転席には、諦めの目をしたアリスタが座っている。リキニウスは長い溜め息を吐いた。
「どうやら、杞憂だったようだな。さて、ニケさん。私達も見つからないうちに帰りましょうか」
リキニウスの言葉に頷いたニケは、エンジンをふかした。
「誰だ!」
その音に、アリスタを連行する兵士達が気付いた。
「ニケさん!急げ!」
リキニウスはニケを急かした。ニケも急いで車をバックさせる。
「逃がすな!追え!」
兵士達がリキニウスとニケへと標的を移す。スピードの出ないバックに、二人は焦った。
「よし、もう少しだ!来た道を戻ろう!」
ニケがハンドルを切ろうとする。しかし―――
「応援到着!新たな侵入者を発見した!挟むぞ!」
リキニウス達の戻ろうとする道から、兵士の応援が湧いて出てきた。
「マズイ!ニケさん!反対だ!」
ニケが慌ててハンドルを切り返す。
「ッ!この先に行くと、危険じゃありませんか!?」
「仕方がない。戦闘区域に突入する前に、どこかで折り返すんだ!」
リキニウスの言葉に、ニケは再度頷くと、兵士に追われながら危険区域の奥へと車を走らせた。
次回更新は水曜日です。