希望の男:一週間前
人類領域の友人と、帰境についての予定がまとまったとき、ヘロドトスは未だにラモンから許可をもらうことが出来ていなかった。
ルナとリキニウスが人類領域へ上陸するための段取りが決まった日の翌日、ヘロドトスは、もう何度目にもなるラモンの説得へと向かった。
「ヘロドトス、俺は許可する気はないぞ」
ヘロドトスの顔を見たラモンの第一声は否定の言葉だった。
「ラモン、君に黙っていたことがある」
ヘロドトスはラモンに、人類領域上陸のための段取りを密かに進行させていたことを伝えた。それを聞いたラモンは、溜め息を吐くとヘロドトスに背を向けた。
「俺は君を信用していたんだがな――――嘘、か」
「悪かったと思っているよ、ラモン。けれど、こうでもしなければ、君は許可してくれない」
「当たり前だ。本気で行って欲しくないと思ってるんだからな」
「ああ、君が私達の身を案じてくれているということは理解している。けれど、どうか認めてくれないか。リキニウスのためなら私達は何であろうと棄てられる。―――勿論、自分の命だろうと。私達は、それだけの覚悟で人類領域へ行くつもりなんだ」
「何でも棄てる、な」
ああ、とヘロドトスは頷いた。
「だったら、俺達魔族との繋がりを捨てて、勝手に三人でここを出ていけばいいじゃないか」
ラモンは、ヘロドトスを突き放すように言った。
「それは――――私が言ってるのはそういうことじゃない。魔族と人類の共存を目指すために最重要となるリキニウスを無事に人類領域まで送り届けるためなら、何でも犠牲にできる、と言っているんだ。目指しているものは君達と変わらない」
「――――好きにしろ」
ラモンはそう答えると、ヘロドトスの方を振り返ることもなく、家の奥へと引っ込んだ。ヘロドトスはラモンを追おうとしたが、家の手前で門番に遮られ、その日は仕方なく帰宅した。
それ以来、ラモンに会えることなく、ヘロドトス達三人が人類領域へと旅立つ日は着々と近付いていった。
出発の一週間前、ヘロドトスとルナが、リキニウスを連れてラモンの家を訪ねた時。
二人がラモンの家を訪れるのも、これで二十回に上ろう頃だった。
その日も、門番の対応は門前払いだった。仕方なく、二人が家に帰ろうとした時。
「いい。二人とも上がれ」
門の中に、ラモンが姿を現した。
「ああ、ラモン。話を聞いてくれないか」
「分かってる。聞くさ。だからまずは中に入れ。リキニウスの体に悪い」
門番が門を開く。二人はリキニウスを抱えて家の中へ入った。客間に通され、住み込みの召し使いがヘロドトス達に飲み物を渡す。
三人は眠るリキニウスを横目に、しばらく無言で向かい合っていた。
「どうしても、リキニウスを人類領域に連れていきたいの」
最初に口を開いたのはルナだった。
「何故だ?」
ラモンはルナに聞き返した。
「何故、命の危険を冒してまで、人類領域に行かせたいんだ?下手をすれば、リキニウスやお前は殺されるんだぞ」
「この子は、魔族と人類の共存を夢見る者達にとって、希望の光となる子よ。だというのに、その子が魔境の中だけで育ってきた、何て言われて、一部の――――特に人類の人達は、子のこの事を信用するかしら。本当に自分達の味方なのかって、疑わないかしら。私はこの子が人類領域に行くことに意味があると思ってる。この子が直接人類領域の地を踏むことで、人類側の共存主義者を説得するときにも、説得力が増す」
ルナの説明が終わると、ラモンはしばらく考えた後に口を開いた。
「こじつけ感が否めなくもないが――――ちょっと待ってろ」
ラモンは椅子から立ち上がると、二人を置いて部屋を出た。しばらくして帰ってきたラモンは、腕に木箱を抱えていた。
「これをお前達にやろう。もしもの時に、役に立つはずだ」
ラモンは二人の前にその木箱を置いた。
「これは?」
ヘロドトスの問いには答えずに、ラモンは木箱の蓋を開けた。
「海上で遭難したときのための無線機と、もしもの時の護身用の拳銃だ」
中には、ラモンの言うように、無線機一台と拳銃一丁が仕舞われていた。
「無線機の方は、周波数を固定してあるから、すぐに俺まで連絡が行く。拳銃も、人間のお前でも扱い易いよう、反動を軽減したり、色々と改良を加えた」
「ラモン―――――これは一体―――」
「認めるよ、お前達の人類領域行きを」
仕方がない、とラモンは付け加えながらそう言った。
「最悪の場合何かあれば、俺が駆け付けることもできる。そうならないのが一番なんだがな――――――何より、生きて帰ってこいよ。お前達」
「ラモン――――――ありがとう」
「礼は帰ってきてからでいい」
ヘロドトスはラモンに頷いた。
次回更新は土曜日です。