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Near Real  作者: 東田 悼侃
第三章 悪魔編
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希望の男:NEXT

ヘロドトスとルナが挙式したのは、結局それから二年後だった。それまでの間、ヘロドトスは人類に関する様々な情報を魔族語でまとめた本の作成に取り掛かっていた。ラモンの費用によって完成、出版されたそれは、魔境中で反響を呼んだ。


元々魔族は温厚な種族であった。人類との抗争も、自分達の身の安全を守るだけの防衛戦を常に展開し、極力殺生は避けるようにしていた。そして、ラモンがヘロドトスに言ったように、魔族は密かに人類との共存を望んでいた。


そんな彼らにとって、人類の歴史や文化を知れるその本は刺激的だった。


そんな訳で、執筆に取りかかりっきりで暇のなかったヘロドトスは、ルナとの結婚式を挙げようにも、思うように時間がとれず、結局執筆を終えた二年後まで式が延びてしまったのだった。ヘロドトスはその間、何度かルナに式を挙げようかと尋ねたのだが、そのたびにルナは、本に集中してくれ、と式の延期を認めた。互いが互いを思いやった結果でもあった。二人の式は、“オリンポス”の中心であるラモンの家の一角の大聖堂で挙げられた。魔族たちにとって念願だった、人類との繋がりの誕生の瞬間を拝もうと、沢山の魔族が詰めかけた。


式の日、街中はお祭り騒ぎだった。


式が終了した後、ヘロドトスはルナを連れて、これまで居候をしていたタレス・ヘブラの家に寄った。タレスは二人の―――主にヘロドトスの―――晴れ姿に感極まった様子で、終始鼻をすすっていた。ヘロドトスはタレスに二年と半年の間世話になった礼をし、抱擁を交わした。


タレスの家を出ると、二人は新居へと向かった。妹の門出に、とラモンが豪華な家を建てようとしたが、ヘロドトスとルナはそれを断り、普通の一軒家を建てた。


二人は新しい家で、新しい生活を始めた。一年後には、二人の間に魔族と人類の混血の子が産まれ、二人は幸せの絶頂であった。


ヘロドトスが魔境にやって来てから三年も経ったある日、ヘロドトスはふと、人類に向けた魔族の文化についての本を遺そうと考えた。ヘロドトスはラモンにその許可をとると、早速執筆に入った。


「あなたの故郷が見てみたい」


ルナがそんなことを言い出したのは、執筆開始とほぼ同時期だった。


魔族は人類との共存を望んでいる。しかし人類は魔族を憎悪の対象としていた。


人類領域へお前が行くのは危険だ。ヘロドトスはそれを許さなかった。


それが危険であることは、ルナも理解していた。けれども、ルナは人間と魔族の間に産まれた自分の息子に、どうしても人類領域を見て欲しいとも感じていた。それは実は、とても重要なことでもあった。


人類と魔族の共存は、互いの意識の相違からして難しいものであった。そして、それを実現させるためには、人類と魔族、それぞれの考えに触れた人物が必要だった。そういった意味では、ヘロドトスは両方の思想に触れた人物ではあったが、やはり人類の思想に触れていた時期の方が圧倒的に長いため、偏った考えを持っているとも言えた。


ルナは兄であり魔王であるラモンに、その事を直接頼みに行った。しかし、ラモンもこればかりは許可できなかった。


流石に危険が過ぎた。もしもルナや希望である子供に何かがあったら、と考えると、ラモンが許可できるはずもなかった。


「―――――ルナは、人類領域に行きたいそうだな」


週に一回の茶会の席で、ラモンがそれを話題にした。


「まさか、行くことを許可した訳じゃないだろうね?」


ヘロドトスがラモンに尋ねる。


「しないさ。危険すぎる。お前や息子のリキニウスは兎も角、ルナは純粋な魔族だ。人間に見つかれば、殺されるか捕まる」


「そうなんだよな」


それからしばらく、二人は無言になった。二人とも口にはしなかったが、ルナやリキニウスを人類領域へ行かせてやりたいという気持ちがないわけではなかった。


「なあ、ヘロドトス。人類領域で、魔族が生きれると思うか?」


口を開いたのはラモンだった。


「何だい。それが無理だってさっき言ったのは、君じゃないか」


「そうじゃない。俺が聞きたいのは、仮にルナが人類に受け入れられたとして、の話さ」


「―――と言うと?」


「人類領域は、魔族が生きれる環境なのか?」


「どういうことだ?何が聞きたい」


「俺達魔族の肌が紫色な理由は、君なら知っているよな?」


「ああ、知っている。天然の魔宝石から放出される魔力の影響だ」


「そう、その通りだ。そして、魔境は大気中における魔力の濃度が非常に濃い。これが魔族の力の源であり、それでいて生命維持にも繋がっている」


「―――そうが」


ヘロドトスは相槌を打った。


「魔境と比べると、人類領域の魔力の濃度は低い。もし仮に、魔族が魔力に依存した体質になっていたとしたら、魔族が人類領域で生きることは恐らく不可能―――」


「そう」


ラモンが紅茶を飲む。


「その懸念は、リキニウスにも通るんだ。もし、その体質が遺伝するとしたら、リキニウスを魔境から出すのも危険かもしれない」


「――――何にせよ」


ヘロドトスはカップを受け皿に置くと、溜め息を吐いた。


「帰るのは難しそうだな」

次回更新は土曜日です。

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